第48話:膨らむ疑惑

「アルマ!」


 馬車の後を追ってきたルークは洞窟前の空き地に1人佇んでいたアルマの元に駆け寄った。


「大丈夫!?怪我は?」


「ルーク!」


 アルマがルークにすがりつく。


「怖かった……!無理やり誘拐されて大人しくしないと切り刻むって……!」


 2人の周囲にはぼろ布のようになった男たちが累々と転がっていた。


「ば……化け物かこの女……20人の元魔法騎士が手も足も出ねえなんて……」


 もはや人の顔をとどめていない男が息も絶え絶えに呟いている。


 ルークは比較的傷の少ない偽従者の前にしゃがみ込んだ。


「これは誰の差し金ですか」


「し、知らねえよ」


「そうですか」


 ズタボロになり恐怖におびえながらも強がる偽従者にルークがにこりと微笑む。


 しかしその眼は全く笑っていない。


 ルークは偽従者の額に左人差し指を当てた

 

「話したくないならそれでもいいですよ。あなたの頭に直接聞くことにしますから」


 左腕から湧き出た魔素が偽従者の顔にまとわりつく。


 魔素は這いずるように耳や鼻孔、眼の中へと入っていこうとしている。


「ひいいいいいいっ!!!」


 従者がひきつったような悲鳴を上げる。


「あらかじめ忠告しておくと凄く苦しいので素直に話した方が良いと思いますよ」


「は、話す!知ってることは何でも話すから止めてくれえええええっ!!!」





    ◆





「結局、あまり大したことはわからなかったね」


 ルークの隣に座ったアルマがため息をついた。


 誘拐犯たちも依頼主が誰なのかは知らないらしい。


 受け渡しはおろか連絡すら何重にも手続きが踏まれ、少しでも齟齬があればその時点で依頼はなかったことになる決まりになっているのだとか。


 この時点でナレッジの街に連絡が行っていなければ連絡係は地下に潜り、二度と接触は無理だと男は言っていた。


 大きく伸びをしながらアルマが再びため息をつく。


「ひょっとしたら誘拐犯たちの黒幕まで辿り着けるかも、なんて思ったけどやっぱりルークみたいに上手くはいかない……ル、ルーク!?」


 いきなり抱きしめられてアルマが上ずった声をあげる。


 あたふたとするアルマに構わずルークは抱きしめ続けた。


「良かった……アルマが無事で本当に良かった」


「ルーク……」


 絞り出すような声にアルマの動きが止まる。


「あのまま二度とアルマに会えなくなるんじゃないかと、酷い目にあわされるんじゃないかと思うと気が気じゃなかった……」


「心配かけてごめんなさい。私もルークの役に立ちたくて……」


「いいんだ」


 ルークは目尻に浮かんだ涙を拭いながらアルマに笑顔を向けた。


「アルマが無事でいてくれて良かった。本当に今はそれだけだよ」


「ルーク……」


 見つめ合う2人の顔が少しづつ近づいていく。


 うるんだアルマの眼が静かに閉じられた。



「アルマ!ルーク!2人とも無事か!」


 そこへ衛士隊を連れたウィフレッド卿が飛び込んできた。


 磁石の同極同士のように離れあうルークとアルマ。


「な、なんだ!この惨状は!戦争でもあったのか!?」


「こいつはひでえ、魔獣にでも襲われたのかよ?」


「オークでもここまでむごいことはしねえぞ」


 ウィルフレッド卿と衛士隊は見るも無残な姿で横たわる誘拐犯たちを見て絶句している。


「そういえば、あれはアルマが?」


「……知らない」


 ルークに聞かれたアルマがそっぽを向く。


「でもあの男もアルマにやられたって」


「知らない。きっと新・展鎧装輪てんがいそうりんが勝手にやったんだと思う」




「と、とにかく2人とも無事でよかった。怪我はないんだな?」


 ウィルフレッド卿が安堵のため息をもらす。


「しかし、誰の差し金なのだ……?フローラ殿の従者のふりをするなど大それた真似を……」


「これは……本物の貴族馬車ノーブルカーゴですね」


 アルマを連れだした馬車を眺めながらルークが呟く。


「馬鹿な!?だとしたら貴族がこんな真似をしたと言うのか!」


「どうやらそのようです。しかもこれは……グリード叔父さんの所有物のようです」


 ルークが歯噛みをしながら続けた。


「なんだと!?それは本当なのか!?」


「馬車内の残留物を解析しました。9割9分ナレッジ領を走っていた馬車で間違いありません。服も貴族の従者が身につける本物でした。おそらくこれも……」


 ルークは拳を馬車に叩きつけた。


「僕を恨んでいるのなら何故僕だけを標的にしない!アルマに手を出すなんて!」


「……落ち着くんだ、ルーク」


 ウィルフレッド卿がルーク肩に手を置いた。


「まだグリード卿が直接手を出したと決まったわけではない。ここにいる者たちは何と言っているのだ?」


「……馬車も従者の服も依頼者が用意した物で出所は知らないそうです。おそらく嘘は言っていないでしょう」


「そうか……ならば直接聞くしかないか」


「聞くとは?」


「決まっているだろう、グリード卿本人にさ」


 ウィルフレッド卿はウインクをすると走竜に跨った。


「こういうのは早い方が良い!すぐにナレッジ領に向かうぞ!」





    ◆





「だ、旦那様!大変です!パンパート辺境伯がお越しです!」


「なにい!?」


 部屋に飛び込んできた執事の言葉にグリードは眼を剥いた。


「至急話したいことがあると仰っています。取り次げないようであれば王宮に報告するとも!し、しかも……ル、ルーク様を名乗る若者も一緒です!」


「なんだと!」


 グリードの顔を汗が伝う。


 いったい何の話なのだ?まさかあれか?それともあれなのか?


 思い当たることが多すぎて何のことを言っているのか予想できない。


 しかもルークまでいるだと?


 グリードの臓腑が鉛を呑み込んだように重くなった。


「と、とりあえず応接室に通すのだ!追って儂も向かうと伝えておけ!」


 グリードは苛々と書斎を歩き回った。


 クソ、ルークと再会してからというもの、碌な目に遭わない。


 しかも今回はランパート辺境伯まで来ているとなると逃げだすわけにもいかない。


「クソクソ!あのクソガキ!何をしに来やがったんだ!」



 悪態をつきながら遂に意を決したグリードはドアをけ破るように開けると部屋を飛び出した。


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