第46話:ルークとウィルフレッド卿

 ルークとウィルフレッド卿はダンジョン15層で焚火を囲んでいた。


 魔獣の心配のないダンジョンは野営をするのに格好の場所だからだ。


「それでルーク……君はアルマのことをどう思っているのかね」


 突然の質問にルークは飲んでいたスープを吹き出した。


「な、何を突然?」


「何をもかにをもないであろう。父親ならば娘のことを心配するのは当然だ」


 ウィルフレッド卿がくべた薪が焚火の中で音を立てて爆ぜる。


「で、どうなのだね?」


「……アルマは……僕の一番大事な友だちです」


「そういうことを聞いているのではないのだがな」


 ウィルフレッド卿が苦笑を浮かべる。


「聡明な君のことだ、アルマの気持ちにはとっくに気付いているのだろう?」


 ルークに返す言葉はなかった。


 確かにアルマの気持ちはうすうす気付いていた。


 今までそれを確かにしてこなかったのは確認するのが怖いという気持ちもある。


 そしてそれ以上に一歩踏み出すのを躊躇わせる事情がルークにはあった。


「アルマは……きっと僕のことを好いてくれているのだと思います」


「きっとどころの話ではないと思うのだがね。それとも他に誰か好きな人がいるのかね?もしそうだとしても君の気持ちを尊重するが、それならそのことをアルマに……」


「そんなことはありません!」


 自分でも驚くくらい大きな声でルークは否定した。


「アルマは世界一魅力的な人です!彼女以上の人はいないと断言します!」


 ルークはその時はっきりとわかった。


「僕は……僕はアルマのことが好き、です。そうです、確かに僕はアルマのことが好きです!」


 言葉にするほどに自分の気持ちがはっきりしていく。


 アルマのことが好きだということ、それは紛れもない事実だった。


「確かに僕はアルマのことが好きです……が、彼女の気持ちに答える資格があるかどうか……」


 それでも同じ位誤魔化すことはできない気持ちもある。


「僕は……やりたいことがあるんです」


「それは一体なんなのだね?」


「僕の目標は根源魔法を再現することです。でもそれはアルマやウィルフレッド卿に迷惑をかけてしまうことになるかもしれない……」


 根源魔法はアロガス王国の魔法学会では最異端とされている学説だ。


 セントアロガス魔法委員会の中枢には根源魔法の研究を禁忌とせよと考えている者もいる。


 いずれ研究を進めていけば国の中枢に睨まれる可能性だってある、それがルークの懸念だった。


 そしてルークの目標はもう1つある。


 それをウィルフレッド卿に打ち明けるのは今でも躊躇いがある。


 それでも話すのは今しかないとルークは感じていた。


「もう1つ……今までウィルフレッド卿には話していませんでしたが……僕は命を狙われてから再びセントアロガスに来るまで、とある師匠の下で修業をしていたんです。その師匠というのは……魔神イリスです」


「……からかっているわけではないのだね?」


 信じられないという口ぶりだったがルークの言葉を否定する響きはない。


「はい、イリスはアロガス王国の地図にない場所に封印されています。僕は運よくそこに流れ着いて救われたんです。そして5年間彼女のもとで修業をしてきました。僕の義手と義眼も彼女に作ってもらったものです」


 ルークは手袋を脱いでウィルフレッド卿に見せた。


「ふーむ……君の魔法をこの目で見た身としては確かに言下に否定することは出来ぬな。むしろその言葉で納得がいったとすら言える」


 顎髭をさすりながらウィルフレッド卿が唸る。


「そして僕のもう1つの目標というのはイリスを開放することなんです」


「なにっ!」


 これには流石のウィルフレッド卿も驚いたように目を見開いた。


「イリスと言えば歴史書にも名を残す最強最悪の魔神ではないか。ルーク、君はそんな魔神を野に放とうというのか」


 返す言葉もなかった。


 イリスの恐ろしさは学園でも散々学んできた。


 たった1柱で旧帝国と闘い、彼女を封印するために旧帝国は戦力の大半を注ぎ込み、結果滅びることになったということも。


 それでも……それでも尚ルークはウィルフレッド卿を説得するかのように話を続けた。


「彼女が恐ろしい魔人として語り継がれているのは知っています。でも……僕が実際に出会い過ごしてきたイリスはとてもそんな風には見えない。僕には彼女は邪悪な魔神だとは思えないんです。だから……まず本当に彼女が人類にとって災いとなる魔神なのか見極めようと思います。そして……そして……」


 話ながらルークの脳裏にイリスの姿が浮かび上がっていた。


 記憶の中のイリスはいつも陽気に笑っている。


 それでもルークは知っていた。


 夜になるといつも1人で月を見ていたことを。


 きっとルークと出会う前もずっとそうしてきたはずだ。


 同時に山に向かう中でアルマに打ち明けた時のことも蘇ってきた。


(違う、僕がイリスを開放したいのは彼女が無害な魔神だからとかそういう理由じゃないはずだ。僕が何でイリスを開放したいのか……それは……)


「いえ……違いますね。僕がイリスを開放したいのは……僕がそうしたいからです。僕はイリスのことが好きなんです。だから彼女に僕の住む世界を見てもらいたいんです」


「ほう……」


 ウィルフレッド卿が低い声で言葉を漏らす。


「つまり君はこう言いたいのか。アルマのことは好きだが、その魔神イリスのことも手放せないと、そういうことなのだね?」


 ルークは無言で頷いた。


 事情がどうであれアルマとイリスを天秤にかけられないという自分の気持ちは事実だ。

 それがアルマの父親を前にしてならばなおさら否定することはできない。


「ふっ、それもよかろう」


 ウィルフレッド卿の顔がふっとほころんだ。


「君はまだ若い、そういうこともあるだろう。それに君が遊びでそんなことを言っているわけではないのはよく分かっているつもりだよ」


「すいません……」


「いいのだよ。そういえば2人で金貨を取りに行ったのはひょっとしてそのイリスに会いに行ったのかね?」


「はい」


「そうか……あの日以来アルマが少し変わったように見えたが……そういうことだったのか。てっきり私は2人が……いや、なんでもない。しかしルークよ」


 ウィルフレッド卿がルークに向き直る。


「つまり君は異端の研究をするうえに魔神イリスを開放するつもりでいるからアルマや私に迷惑がかかるかもしれない、そう思っているのだね?」


 ルークの無言を肯定と受け取ったウィルフレッド卿は更に話を続けた。


「その気持ちはわかる。正直いうと私も今はまだどう受け止めていいかわからないくらいだ。それほどに君の話は途方もなさすぎる。しかし逆に問わせてもらおう、それを告げてアルマの君に対する態度が変わると思うかね?すんなり君を諦めるとでも?」


「それは……」


「以前君はアルマと私がよく似ていると言ったね。ならば娘に変わって断言しよう。娘はその程度で翻意するような玉ではないよ」


「それは……確かにそうかもしれません」


「そうであろう?誰に似たのやらあれは一度言いだしたことは決して変えぬからな。あれは母親譲りだな、うん」


 ウィルフレッド卿が深く頷く。


「ルーク、先に生きるものとして助言をさせてもらおう。何よりも大事なのは自分の気持ちだ。自分が何をしたいかをしっかり見定めることだ。そうすればおのずと道は開けるだろう」


「……わかりました」


「なに、人生は長いのだ、ゆっくり考えるといい。それも青春だ。大いに悩め、若者よ!」


 ウィルフレッド卿は大きく破顔するとやにわにルークの肩を掴んだ。


「……それはそれとして、愛する我が娘を悲しませるようなことをすればどうなるか、それはわかったているね?」


「は、はい……肝に銘じておきます」


「よろしい、我が娘のことくれぐれもよろしく頼んだぞ」


 冷や汗を流して首肯するルークを見て満足そうに頷くウィルフレッド卿だった。


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