第40話:因縁の再会

「はあああああああっ!?」


 グリードの悲鳴のような甲高い叫び声がパーティー会場に響きわたった。


 参加者が何事かと振り返る。


「ルーク?馬鹿な!あり得ない!お前は死んだはずじゃ……」


 真っ青な顔でグリードが後ずさる。


「おかげさまでこうして生きています。ちょっと外見は変わってしまいましたけどね」


「馬鹿な!そんなわけない!貴様は谷に落ちて死んだはずだ!」


 口角泡を飛ばしながらグリードが叫ぶ。


 そう、ルークはあの日死んだはずなのだ。


 ルークの始末を依頼した暗殺請負人はルークの左手を持って現れた。


 ― 事故に見せかけるためにルークは谷底に落とした、これがその証拠だ、と ―


 ルークの死体を確認できなかったのは気がかりだったが、その後は全てグリードの思惑通りに運んでいった。


 葬式を済ませ、偽造したルークの爵位譲渡宣言書を半ば強引にねじ込んでナレッジ領の爵位を受け継ぎ、遂に念願の伯爵となったのだ。


 これから先は順風満帆、ゆくゆくは地方の田舎領主から国政へと打って出るつもりだった。


 グリードはその夢が目の前で音を立てて崩れて行くのを幻視していた。



「で……でたらめだ……」


 絞り出すようにグリードが呻く。


「貴様は何者だ!ルークであるわけがない!貴様、さては儂を謀って爵位を簒奪するつもりなのだな!そんなことはさせんぞ!」


 人は己の尺度で他者を測る、グリードにとって他の者は全て自分と同じように謀略を持っていると信じ切っていた。


「別にそんなつもりはありませんよ」


 ルークが苦笑する。


「正直言うと叔父さんが爵位を僕から奪ったこともあの日僕を襲った黒幕が誰なのかも今となってはどうでもいいんです。と言うか僕は爵位や領主と言ったものに興味がないのでどうぞ構わずに続けてください」


「嘘をつくな!」


 グリードが吠える。


 その眼は血走り、すでにまともな思考をできる状態にない。


「だったらなぜ今更儂の前に現れた!何か魂胆があるに決まっているだろう!警護班は何をやっているのだ!さっさとこの痴れ者を連行しろ!」


「落ち着きなさい、グリード卿」


 グリードが声に振り返るとそこにはウィルフレッド卿が立っていた。


「ウ、ウィルフレッド卿ぉ……?」


「我が従者がどうかしたのかね」


「じゅ……従者?ルー……この男が?……あぁっ!」


 そこでようやくルークがアルマの従者であることを思い出したグリードの顔面が蒼白になった。


 小領主であるナレッジ伯爵であるグリードとランパート辺境伯であるウィルフレッド卿では家格が違うどころの話ではない


 グリードは公衆の面前でランパート辺境伯の所有物をなじり倒したのだ。


「いかにも。ついでに言うと私は彼の後見人でもある」


「こ……後見人ですとぉ!?」


 グリードの顔から脂汗が吹き出した。


「貴公とルークの間の経緯は私も聞いている。それでもなお貴公を慮って故郷に帰らずにいるルークの心意気に感服して後見人を買ってでたのだよ。つまり今の彼は私の身内のようなものだ、何かあるのならまず私を通してもらいたいのだが」


「そ……それは……その……」


 しどろもどろになるグリードをウィルフレッド卿が鋭く見据える。


「そう言えば貴公は今さっき彼のことをペテン師呼ばわりしていたようだが、それはつまり私が騙されるような男だと、そう言いたいということかね?」


「い、いえ……その、そのようなことは決して……そ、その……そ、そうだ!ちょっと急用を思い出したのでこれで失礼します!」


 そう言うとグリードは人混みを突き飛ばすように走り去っていった。


「まったく、とんだ騒ぎになったな」


「ありがとうございます」


 頭を下げるルークにウィルフレッド卿がルークに笑いかける。


「礼には及ばんよ。君にしてもらったことに比べればこの程度は児戯のようなものだからな。しかし再会したら拳の1つでも食らわしてやるのかと思っていたが、ずいぶんと落ち着いていたようじゃないか」


「僕も自分でそうすると思ってたんですけどね」


 ルークが苦笑する。


「あの人の顔を見たらなんだかそんな気持ちが消えてしまいました。どうやら僕にとって彼は既に過去の人になっていたようです」


「ふむ、君も成長したということか。しかし受けた恩讐を返すのも男子の矜持というもの。奴に鼻血を出させる程度なら私が幾らでも取り繕ってやるから遠慮はいらんのだぞ?」


「それこそ遠慮させてください。アルマやウィルフレッド卿の前で無粋な真似はできませんから」


「言うじゃないか!」


 ウィルフレッド卿がルークの背中を叩いた。


「それでは気持ちを切り替えてパーティーを楽しむとしようではないか!」





    ◆





「ゲイル王子殿下、そろそろお出でになりませんと」


「わかっている」


 ゲイルは苛々と答えた。


 クソ、どうにも髪がまとまらない。


 何度も髪を整えてはその度にぐしゃぐしゃとかき乱す。


 元々こんなパーティー乗り気ではなかったのだ。


 誘拐犯どもを逮捕したのはいいものの、結局あれから捜査は遅々として進んでいない。


 尋問しても買い付けに来る奴に売っていただけの一点張りで背後にいる者は全く掴めていない。


 本来ならばパーティーどころではないのだが尚書官たちが先走って段取りを進めていたのだ。


「クソ、それもこれも衛兵共が先走って余計なことをしたからだ」


 1人悪態をつくゲイルの頭の中にルークの顔が浮かび上がる。


(奴の言う通りもっと慎重に捜査をしていれば何かが違っていたのか……)



「ふざけるなっ!」


 ゲイルは雲のように頭を覆う疑念を振り払うように拳を鏡に叩きつけた。


「捜査が進まないのはあいつらが現場をめちゃくちゃにしたせいだ!あいつらのせいに決まっている!」


 苛立たしくそう吐き捨てると荒々しく踵を返す。


「おい、何をしている!さっさと会場に案内しろ!こんな下らぬ茶番はとっとと終わらせるぞ!」


 ゲイルは慌てる従者を引き連れ、大股でパーティー会場へと向かっていった。


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