第39話:祝賀パーティー

「オーケー、ルークもう入ってきていいよ」


「ちょ、ちょっとシシリー、まだ心の準備が……!」


 アルマの声が終わらないうちにルークの目の前で扉が開いた。


「お待たせ、じゃあそろそろ行こう……」


 そこでルークの言葉が止まる。


 目の前にドレスで着飾ったアルマが立っていた。


 落ち着いた紺のドレスでところどころに刺繍された金糸がアクセントとなっている。


 アルマの長く艶やかな髪は奇麗に整えられ、金と宝石の髪留めでまとめられている。


「ど、どうかな……変じゃない?」


「……」


 はにかみながらアルマが尋ねてもルークは呆然と見つめるばかりだ。


「ルーク、聞いてる?」


「あ、ああ、ごめん。思わず見とれちゃって」


 その言葉にアルマの顔が真っ赤になる。


「も、もう、お世辞なんていいってば」


「嘘じゃないよ、凄く奇麗だ。今夜のパーティーで一番奇麗なのはアルマで間違いないよ」


「そ、そうかな……」


「絶対にそうだよ。他の人に見せたくないくらいだ。みんな僕のようにアルマに釘付けになってしまうに決まってるから」


「ルーク……」



 ルークとアルマはお互いに頬を染めて見つめ合う。



「おーい、お二人さん、そろそろいいかな」


 シシリーが呆れながら声をかけた。


「ご、ごめん、シシリー」


「ま、いいけどさ。どうよ私のコーディネートは?見違えたでしょ?」


「ああ、本当に素晴らしいよ。シシリーは衛兵を退役したらこっちを職にできるんじゃないか?」


「まあそれも考えてはみたんだけどね~。やっぱり私は商売の方が好きだからね~」


「そういえば今夜のパーティーはシシリーは出席しないんだっけ?」


「そりゃまあ私のような下々の者には招待状なんか来ませんって」


 シシリーはそう言うとルークの肩を叩いた。


「そんじゃ、お姫様のエスコートは頼んだから」


「ああ、任せてよ」





    ◆





 パーティーはセントアロガス王城のホールで行われていた。


 着飾った貴族や有力者が集い、歓談に花を咲かせている。


 アルマとルークが会場に到着すると驚きと感嘆の声が波のように広がっていった。


「あれを見ろよ、凄い美女だぞ」


「あれは……ランパート辺境伯のご息女、アルマ様じゃないかしら。パーティーに来るなんて珍しい」


「まさかランパート辺境伯の一人娘があんな美人だったなんて……君、声をかけてきてはどうだ?」


「いや、あんなに美しくては恐れ多くてかえって近づけないな」



 みな驚きと賛美、嫉妬の目線がアルマに降り注いでいる。


「うぅ……恥ずかしい」


「大丈夫、よく似合っているよ」


 ルークは緊張するアルマの腕を取って会場の中を進んでいく。


「これはこれはアルマ殿、お美しくなられましたな」


「前にあった時はまだこんなに小さかったのに見違えましたぞ」


「アルマ様、そのドレスはどこでお買いになられたのですか?是非教えてくださいな」


 各地の有力貴族、貴族の娘がアルマに群がり、あっという間に人だかりができる。


 その中をかき分けるように小太りの中年男が進んできた。



「アルマ殿ではないか!久しぶりですなあ!」



 その顔を見た瞬間、ルークの顔が微かに強張った。


 人を押しのけるように前に出てきた男、それはルークの叔父で現ナレッジ領主でもあるグリード・サーベリーその人だったからだ。


「私のことを覚えておいでですかな?お隣のナレッジ領を治めているグリード・サーベリーですよ」


 グリードが締まりのない笑みを浮かべながらアルマへと近づいてくる。


 従者の恰好をしたルークの方など見ようともしていない。


 その様子を見ていたルークは不思議と自分の心が揺れていないことに気付いた。


 再びグリードに会った時に自分はどうなってしまうのか、それはルークの心の中でしこりのように存在していた疑問だった。


 その顔面に拳を叩きつけることを夢想した夜は数えきれないほどある。


 しかし実際に相対してみるとそんな気持ちは欠片も出てこなかった。


 あったのはただ ― ああ、この人は変わらずにやっているのだな ― という事実のみを受け入れた感情だ。


 同時にルークはグリードに対する件は自分の中で既に終わったことなのだと悟った。


 一方でグリードの方はというと、ルークの存在など気づきもせずにアルマに話しかけている。



「いやあお美しくなられた。甥のルークの葬儀に参列していただいたのに何のお礼もせずに申し訳なかった。どうですかな?これからゆっくり話など……」


「グリード卿、申し訳ありませんがアルマお嬢様にお手を触れないでいただけますか」


 アルマの手を取ろうとしたところでルークがその前に立ちはだかった。


 グリードは一瞬怒りに顔を歪めたが、無理やり笑顔を浮かべながらアルマへ話を続けた。


「アルマ殿、どうやらこの従者への教育が足りないようですな。従者は主人を映す鏡とも申します。このままでは貴方の名に響くことにもなりかねませんぞ。よければ私がその辺の心得などを手ほどきいたしましょう」



 ルークがため息をつく。


「貴方の方こそ相変わらずのようですね。淑女レディの手を取るのはその人が手を出した時というのが作法のはずです」


「おい貴様!さっきからなんなのだ!アルマ殿の従者とは言え貴族である私への無礼は許さんぞ!」


 遂にグリードが切れた。


 額に血管を浮かべながらルークに詰め寄る。


「大体なんだその髪は!若いくせに白髪なぞに染めおって!浮ついた奴が……」


 怒りを露わにしたグリードの口調が急に変わった。


「貴族の……従者なんかに……」


 次第にその口調がおぼつかなくなり、顔に恐怖と驚愕の表情が浮かんでいく。


「ま……まさか……貴様、いやお前は……」


 ルークは微笑むとグリードの前でお辞儀をした。


「お久しぶりです、グリード叔父さん。5年ぶりですね」


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