第41話:二度目の邂逅

 楽器隊が勇壮な曲を奏でるとパーティー会場がにわかに緊張に包まれた。


「ゲイル王子のお出ましだ」


 囁くような呟きが会場に広がっていく。


 全員が注目する中、奥の扉が開かれた。


「諸君!今日は俺のためによくぞ集まってくれた!」


 ゲイル王子の声が響き渡る。


「知ってのとおり我がセントアロガス守備隊はこの街を恐怖に染めていた誘拐組織の大規模摘発に成功した!俺がセントアロガス守備隊を組織したのはまさにこのためだ!この街を、いやこの国を卑劣な犯罪者共から守る、そのために我が隊は存在する。今日のパーティーは我が国に巣くう害虫を1匹排除したことに対して喜ぶためではない、我が隊がいる限りこの国に悪党どもの潜む場所はないと宣言するためだ!みなも大いに騒ぎ楽しみ、セントアロガス守備隊の力を知らしめてくれ!」


 拍手と歓声が会場を埋め尽くす。


「ゲイル王子殿下、おめでとうございます!」


「流石はゲイル王子殿下、殿下がおられればアロガス王国も安泰ですな!」


「然り然り、王国100年の安寧は約束されたも同然ですぞ」


「我ら貴族一同ゲイル王子殿下に止むことない忠誠を再び誓うとここでお約束しましょう」



 ゲイル王子に群がった貴族、有力者が口々に賛辞と感嘆の言葉を並べ立てている。


 それはゲイル王子にとって当然のことだった。


 王子として生まれ、更に天才魔法騎士として生まれた時から美辞麗句だけを浴びてきたのだ、今更改めて述べられたところでなんの感慨もない。


 だがそれ故にゲイルは自分の元へ寄ってこない者には敏感だった。


 そして今、その視線が会場の壁に立つルークとアルマを捉えた。


 特徴的なルークの髪を見た瞬間、ゲイルは己の血が湧きたつのを実感した。


 ただでさえ自分に寄ってこない者を疎ましく思うゲイル王子であり、更にそれがこの祝賀パーティーにとって都合の悪い2人とあっては心穏やかでいられるわけがない。


 ゲイルは隣に控えていた従者に耳打ちをした。


「おい、あの壁にいる者共、何故奴らがここにいるのだ」


「は、あれは……ランパート辺境伯のご息女、アルマ・バスティール様でございます」


「そんなことはわかっている!何故あの者がこの場にいるのだ」


「も、申し訳ございません!しかしながら……ランパート辺境伯は我が国にとっても重鎮でありお呼びしないわけには……」


(尚書官どもめ、勝手な真似を!)


 ゲイルは舌打ちをすると壁の2人を睨みつけた。


 自らが出席者を精査していればランパート辺境伯とその娘を呼ぶことなどなかっただろう。


 しかし元々乗り気ではなかったパーティーだったので全て任せっぱなしにしていたのだ。


 とは言えそれがバスティール家だけならばまだゲイルも我慢できた。


(何故あの男がこの場にいるのだ)


 不思議と初めて会った時からルークとか言う白髪の男が気に入らなかった。


 元々ルークという名前は嫌いなのだが、一目見るなりゲイルの中の本能がこの男は危険だと告げていた。


 100年に1人の天才と言われているゲイルの強さは伊達ではない。


 この国で敵う者はいないという自負はその強さに裏打ちされたものだ。


 皮肉にもゲイルは本物の強さを持っているがゆえに無意識のうちにルークの力を認め、それがストレスとなって現れていた。


 それ故にゲイルには壁の花に徹している2人を無視することができなかった。


「チッ」


 知らず知らずのうちに再び舌打ちをするとゲイルは2人へ、いやルークに向かって足を進めた。




「それにしても凄い自信だね。流石はこの国の王子だ」


 そんなゲイルの心情など知る由もないルークは暢気にパーティーの花となっているゲイルを眺めていた。


「もう、ルークったら。よくそんなに気楽でいられるわね」


 アルマは身を隠すようにルークの背に回っている。


「どう考えても私たちは場違いだと思うの。やっぱり来ない方が良かったんじゃ……」


「大丈夫だよ。あの王子のことだからもう忘れてるんじゃないかな……」


 ルークが気配に気付いて振り返ると目の前にそのゲイル王子が立っていた。


「これはこれはゲイル王子殿下。本日は御招きに預かり光栄に存じます」


「民間人の貴様が何故ここにいる」


 ゲイルはルークの後ろにいるアルマに挨拶をすることもなくいきなりルークに話しかけた。


「……私はアルマお嬢様の従者としてついてきております」


「こ……こんばんは。ゲイル王子。本日はお日柄もよくお招きいただきありがとうございます」


 アルマがおずおずと挨拶をする。


「チッ」


 ゲイルが三度目の舌打ちをした。


 怒りを抑えようと試みてはいるが、ルークの顔を見るたびに進まない捜査のことが頭にちらついて離れない。


 自然とその言葉はつっけんどんなものになっていた。


「別に俺が招いたわけではない、尚書官どもが勝手に貴様らを招いたのだ。ランパート辺境伯の家族である以上無下にするわけにもいかんが、せいぜい大人しくしていることだ」


「お言葉のままに」


 あくまで落ち着き払ったルークの態度が更にゲイルの神経を逆なでにする。



「ちょっと待て」


 アルマを連れて離れようとしていたルークをゲイルが引き留めた。


「貴様、確かルークとか言ったな。あの誘拐犯共は貴様が制圧したというのは本当なのか」


「……」


「正直に答えろ。俺に嘘は許さん」


「……そうです」


 逆らうだけ面倒なことになることを悟ったルークは軽いため息と共に答えた。


「……あの魔導士も貴様がやったのか」


「はい」


 ギリ……とゲイルが歯ぎしりをする。


 あの魔導士 ― 名はゾムダックという ― は全国指名手配となっていた一級犯罪魔導士だ。


 そんじょそこらの魔法騎士だったら捕まえるどころか無事で済むことすら危ういだろう


 それを怪我一つせずに無力化したと言うのか……


「ふん」


 ゲイル王子は鼻でせせら笑った。


「貴様があの数を1人で片づけただと?信じられんな」


「……正直に答えろと言ってきたのは王子殿下ですので」


「口では何とでも言える」


 しかしゲイルも引き下がらなかった。


 ルークに対して不敵な笑みを見せる。


「本当に貴様がそれだけの実力を持っているのか見せてもらおうか」


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