第29話:金貸し

 大成功のうちにダンジョン攻略を済ませた討伐隊は踊り歌いながらウィルフレッド卿の屋敷へと戻ってきた。


 みんなが上機嫌になるのも無理はない、強敵であるキマイラを倒してその血を手に入れるだけでなく、ダンジョンを荒らしていた裏冒険者を捕まえて彼らが狩っていた魔石や素材も手に入れたのだ。


 多少の怪我人は出たものの、これ以上ないほどの成功と言えた。


「よーし、今日は祝勝会だ!みなにも報酬をたっぷり弾むからな!」


 ウィルフレッド卿ですら帰る途中から酒をきこしめしているほどだ。


「もう、お父様ったら」


 最後尾を歩いていたアルマが鎧姿のまま呆れたようにため息をつく。


「ごめんね、アルマ。今回は替えの服を持ってきてなくて」


「言わないで」


 隣を歩いていたルークに向かって首を振る。


「鎧を着てはいるんだけど、なんかスカスカしてて……凄く落ち着かないんだから。恥ずかしくてどうにかなっちゃいそう」


「本当にごめん」


「冗談だってば」


 手を合わせて謝るルークにアルマが笑いかける。


「ルークに展鎧装輪てんがいそうりんをもらっていてよかった。これで私も少しはルークの役に立てたかな?」


「もちろんだよ。キマイラを倒せたのもアルマがいてくれたからだよ。おかげでウィルフレッド卿の手助けをすることもできたしね」


 笑みを返すルークを見てアルマが小声でつぶやく。


「これでお父様もルークのことを認めてくれるかしら?」


「何か言った?」


「な、なんでもっ…それよりも捕まえた裏冒険者たちはどうするんだろう?」


 捉えた裏冒険者4名は魔法を封じたうえで厳重に拘束して衛士たちが連行している。


「おそらく裁判にかけることになるだろうね。ダンジョン荒らしは重罪だから監獄送りは免れないと思う。それよりも……」


 ルークは顎をつまみながら呟くように続けた。


「彼らがなんでここまで大規模にやっていたのかが気になるね。あの量は明らかに個人でどうこうできるものじゃない。裏に大きな金主がいると考えた方が腑に落ちる……」


「いよう!ルークさん!何をそんなに難しい顔してるんで!」


 ルークが考え込んでいると突然タイロンが肩を組んできた。


 頭の先まで真っ赤になって完全に酔っぱらっている。


「今日の祝勝会の主役はルークさんですからね!もっと盛り上がっていきましょうや!」

 言うなりルークを肩に担ぎあげた。


 衛士の中から口笛と歓声が上がる。


「ちょ、ちょっと!」



「そうとも!今日の殊勲者はここにいるルークだ!」


 ウィルフレッド卿まで騒ぎに乗ってきた。


「「「「ルーク!ルーク!ルーク!」」」」


 一斉にルークコールが沸き起こる


「勘弁してくださいよ」


 苦笑するルークを見越しに討伐隊は帰路につくのだった。





    ◆






「だ、旦那様。大変でございます!」


 屋敷へと着いたウィルフレッド卿だったが、そこで待っていたのは困り顔をした執事の姿だった。


「何があったのだ?」


「そ、それが……」


 訝しむウィルフレッド卿の後ろでがちゃりと応接間の扉が開く音がした。




「ようやくのお帰りですか。お待ちしておりましたよ」




 そこにいたのは小太りで頭の禿げあがった中年男性だった。


「アヴァリス卿……」


 その顔を見てウィルフレッド卿が苦虫を噛み潰したような顔になる。


 ルークもその顔には覚えがあった。


 アヴァリス・トリナル、宮廷貴族にしてトリナル・トリプルズのトミーとトムソンの父親だ。



「おもてなしもできずに申し訳ない。生憎と仕事で屋敷を離れていたものでな」


 一瞬顔をしかめたウィルフレッド卿だったが、すぐに表情を切り替えて穏やかな顔でアヴァリス卿を迎え入れた。


「それで、今日はどういった御用ですかな?」


「どういった御用とはウィルフレッド卿もお人が悪い」


 アヴァリスがいやらしい笑みを浮かべる。


「本日は卿にお貸ししたものの催促に参ったのですよ。金貨5万枚、今すぐ返してもらえますかな」





 ― ここで話はルークとアルマがトリナル・トリプルズと決闘をした直後へと戻る ―





「クソ!あいつらどんな手を使いやがったんだ!ふざけるな!」


 ルークに吹き飛ばされて気を失っていたトミーは意識を取り戻すなり真っ赤になって怒り狂った。


「そうとも!あいつらにあんなことができるものか!何か良からぬものを使ったに違いないさ!」


 トムソンがトミーを焚きつける。


「あいつらは卑怯な手を使って僕らを陥れたんだ!そうだ、そうに決まっている!これが勝負であるものか!この決闘は無効だ!」



 2人は罠を仕掛けていた自分たちのことを棚に上げて罵詈雑言を吐き続けた。



「トミー、もう止めないか?連中には関わらない方がいいよ」


「何を言ってるんだ!こんなことで引き下がれるわけがないだろ」


「そうだぞ、トーマス。何を怖気づいているんだ?こんな卑怯な目に遭って引き下がってはトリナル家の名折れだぞ」


 トーマスがなだめようとしても全く聞き入れようとしない。


「でも……」


「いいか、トーマス。これはもはや我々だけの問題じゃあないんだ」


 尚もためらうトーマスの肩に手を置いてトミーが語りかける。


「我々トリナル家は宮廷貴族、と言えば聞こえがいいが所詮は世襲権を持たない一代限りの貴族だ。むろん我々は父の仕事を継ぐからその時に伯爵位も授与されることになる。だがそれだけでは足りないのだよ」


 トリナル家のように宮廷で管理職に就く者にも貴族位が与えられてはいたが、ランパート辺境伯のような領地を持つ貴族と違って世襲権はない。


 とはいえ職務が実質的に世襲となっているためにその決まりも有名無実化してしまっているのだが……


「宮廷貴族など何か問題を起こせばすぐに貴族位を剥奪されるか弱い存在だ。宮廷貴族にとって領地を持った世襲貴族になることは悲願なのだよ。だからランパート辺境伯のような田舎貴族の娘相手に色目を使わざるを得ないんだ。バスティール家の者を嫁に迎え入れればその資産は我々のものになる。これはもはやトリナル家の問題なのだよ」


 トミーはそう言うと何かを思い出したようにほくそ笑んだ。


「そうとも、これはもうトリナル家全体で取り組むべき問題だ。だとすると父上にもご足労願った方がいいだろうな」


「トミー、奥の手を使うんだな?」


 トミーは何かを察したトムソンに頷いた。


「父上はランパート辺境伯に大金を貸してる。そっち方面から圧力をかけてやるとしよう。田舎のガキどもに都会の大人の戦い方を教えてやるのさ。連中の泣き顔が今から楽しみだよ」


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