第26話:ダンジョン最奥部

 ダンジョン攻略隊改め裏冒険者討伐隊はひたすらダンジョンを下へ下へと降りていく。


 ダンジョンの中にはところどころで裏冒険者たちが残したであろう魔石や素材が積まれていた。


 おそらく帰路で回収する予定なのだろう。


 足跡は10層を越えて更に下っており、遂には14層まで到達していた。


 そして今、その足跡は最奥部の15層へ至る道の奥へと消えていた。


「ウィルフレッド様、これは危険ですぜ。もしダンジョンボスに遭遇したらこの戦力じゃ太刀打ちできねえですよ」


 歴戦の古強者ふるつわものであるタイロンが冷や汗を浮かべている。




 魔素が一番濃く溜まるダンジョン最奥部には強力に変化した魔獣が居座ることがある。


 ダンジョン内食物連鎖の頂点に立つその魔獣はダンジョンボスと呼ばれ、時には数百人規模の大討伐レイドを行わなければ討伐できないこともあった。


「どうやら30分程前に入っていったみたいですね」


 足跡を見ながらルークが呟く。


「ううむ、おそらく魔獣狩りに時間をかけているだろうし急げば追いつけるか……」



「うぎゃああーーーーー!!!」



 ウィルフレッド卿が眉をひそめて悩んでいるその時、ダンジョンの奥から悲鳴が響き渡ってきた。



「クソ、間に合わなかったか!?皆の者、いくぞ!」


 ウィルフレッド卿の号令一下、討伐隊は15層へと駆け下りていった。



「ルーク、何がおかしいの?」


 隊の後ろで走りながらアルマが不思議そうに尋ねる。


 その横でルークは口元に笑みを浮かべていた。


「いや、裏冒険者と言えども危険に晒されていれば助けに行くのはやっぱりアルマの父親だなって。アルマがこの隊を率いていたとしてもきっと同じことをしていただろうなと思ってさ」


 ルークの言葉にきょとんとしていたアルマだったが、やがて得意そうに笑みを返した。


「それが私のお父様だもの!」





    ◆




 第15層の最奥部は巨大なドームのような空間になっている。


 そしてその中にはいた。


 身体は山羊で毒蛇の尾を持つ巨大な魔獣、キマイラだ。


 長く伸びた山羊の首が後ろに反り返り、その途中から巨大な獅子の頭が生えている。


 体高は3メートル、体長に至っては毒蛇を尾まで含めると10メートルはあるだろう。


 獅子の巨大な顎が人間を頭から咥えている。



 ゴリッと鈍い音がしたと思うとキマイラが咥えていた人間が地面に落ちてきた。


 肩から上が奇麗になくなっている。


「ひいいっ!」


 キマイラの周囲には数名の男女が棒立ちになって悲鳴を上げていた。


 あれが裏冒険者たちなのだろう。


 10名はいたはずだが今ではその半数近くが骸となっている。


「こ、こんなのがいるなんて聞いてねえぞ!」


「た、助けてくれぇっ!」



 既に戦意を喪失しているがキマイラがそれを聞き入れるはずもない。


 ゴアッ!


 咆哮と共にキマイラの口から巨大な火炎弾が撃ちだされる。



「ぎゃああっ!」


 裏冒険者の1人が火だるまになって地面に崩れ落ちた。


「ひいいいいいっ!」


 残った冒険者は既に逃げる気力もなく地面にへたり込んでいる。


 そこに向かってキマイラの尻尾である毒蛇が襲い掛かる。


「うわあああああっ!」


爆榴グレネード!」


 毒牙が裏冒険者に突き立てられようとしたその時、ルークの魔法が獅子の顔面に直撃した。


 唸り声を上げながらキマイラがたたらを踏む。


「早くこっちへ!」


 ルークの声に裏冒険者たちがほうほうの体で駆け寄ってくる。



「あ、あんたたちは……?」


「味方ではないですが放っておくわけにもいかないので助けに来ました。危険ですから下がっていてください」


 ルークはそれだけ言うと素早くキマイラに振り返った。


 キマイラは苛ついたように唸り声を上げながら体を揺すっている。


 さきほどルークの魔法が直撃した部分には傷1つ付いていない。



「しかし参ったね。爆榴グレネードでも全くダメージを与えられないなんて、凄い魔法耐久力だよ」


「ルーク、大丈夫か!」


「大丈夫です!この隙に退散しましょう!」



 ルークの声にキマイラの動きが突然止まった。


 その全身から目視できるほどの魔素が溢れ出てくる。


「こいつは不味いぞ!さっさとずらかるんだ!」


「ゴオオオアアアアッ!!」


 タイロンが叫んだのとキマイラの咆哮がドーム全体を包み込んだのはほぼ同時だった。


 ダンジョンを揺るがすほどのその雄叫びにその場にいた全員の動きが一瞬止まる。



「クソ、やられた!領域封鎖ロックダウンだ!!」


 タイロンが何もない空間に拳を叩きつけた。


 いや、魔力の力場によって一帯の空間が封鎖されているのだ。


 ゆらり、とキマイラがこちらを向く。


 獅子の眼がこちらを見ている。


 それは獲物を見つけた肉食獣の目だった。



「もう駄目だあっ!俺たちはみんなここで食われちまうんだあああっ!」


「うるせえっ!元はと言えばてめえらが勝手に忍び込んで荒らしまわったんじゃねえか!」


 頭を抱えてしゃがみ込む裏冒険者をタイロンが一喝する。


 しかしその顔には恐れと焦りで玉のような冷や汗が浮かんでいる。


「とは言えこいつは最悪の展開ですぜ。ダンジョンボスの持つ固有魔法、領域封鎖ロックダウンがかけられちまった。俺たちはもうこの場から逃げられねえ」


「いや、まだ方法はあるはずです」


 ルークが前に出た。



「発動者であるキマイラを倒せばこの場に展開されている魔法も解けます」


「無茶だ!あいつがここの主になって50年、何度も討伐しようとしてその度に失敗してるって話ですぜ!」


「その通りだ。祖父はあのキマイラに殺され、父が何度も挑戦したが討ち果たすことができなかったのだ」


 ウィルフレッド卿がタイロンの後を継いだ。


 2人の言い分はもっともだった。


 ルークもイリスの元で修業をしていた時に何度かダンジョンボスと戦ったことがある。


 どれも通常の魔獣とは比較にならないほどの強敵で、戦うたびに死にそうな目に遭っていた。


 おそらく今回のキマイラもその例に漏れず、凄まじい強さだろう。


 それでもルークに引くつもりはなかった。


 ちらりと目線を移すと心配そうにこちらを見るアルマが見える。


 兜で表情は見えないが態度でわかる。


 アルマだけはなんとしてでも守るつもりだった。


 そしてそのためにはあのキマイラを倒さなくてはいけない。


「大丈夫です」


 ルークが2人に頷いた。


「僕があのキマイラをなんとかしてきます。御2人は防衛に徹していてください」


 そう言うなりルークは2人の返事を待たずに飛び出した。


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