第25話:ダンジョン攻略

「ここがしろぎぬのダンジョンの入り口だ」


 ウィルフレッド卿が指差した先の岸壁に亀裂のような入り口が広がっている。


「ここは我がランパート領で一番広大なダンジョンで15層まである。潜んでいる魔獣も凶悪強力なものばかりだから各自注意して任務にあたるように」


 ウィルフレッド卿がルークに振り返った。


「ルーク、君はアルマの護衛に専念してもらう。何かあれば最優先で娘を守ってくれ、頼んだぞ」


「わかりました」


 こうしてダンジョン攻略隊はしろぎぬのダンジョンへと入っていった。


 今回の攻略隊の人数は20名、衛士隊の中でも強者ばかりが選ばれており、ルークとアルマはその最後衛で殿はタイロンが務めている。


 何度も攻略を繰り返してきたダンジョンなだけに壁に転々と付けられた魔動松明が真っ白い岩壁を照らしていた。


「ここがしろぎぬのダンジョン……入るのは初めてだけどこんな風になってるのね」


 アルマが興味深そうにキョロキョロとあたりを見渡す。


「ランパート領にあるダンジョンはわかってるだけで20あります。ここはその中で一番大きくて採れる魔石の量と質が高いから辺境伯直轄ダンジョンになってるんで」


 説明をしながらタイロンがアルマの方を向いた。


「……それにしてもアルマお嬢様、何度見ても凄い恰好ですな」


 今のアルマは大の男でも1時間も歩けばへたばってしまいそうなフルプレートアーマーを着込み、全身が隠れそうなくらい巨大な盾を担いでいる。


 この格好のまましろぎぬのダンジョンまでやってきたのだ。


「言わないで」


 アルマが頭を振ると兜の先端に付けられた装飾用の房がふるふると揺れる。


「よくそれで疲れないものですな」


「それがアルマの固有魔法なんですよ。このダンジョン攻略ではアルマの防御力がかなり活躍すると思いますよ」


 ルークが補足する。


「確かにこの鎧は並みの魔獣では太刀打ちできないでしょうなあ。まるで鎧を着こんだ巨人ゴリアテのようですよ」


「うう……嬉しくない」


 アルマはぶつぶつとこぼしながらダンジョンを見渡した。


「学園で実習に使ったダンジョンとは全然違うのね」


「学園のダンジョンは天然ダンジョンに手を加えて中の魔素や魔獣を人為的に管理している、言ってみれば人工ダンジョンだからね。ここもある程度は人の手が入っているけど堆積している魔素は自然のものだし、魔獣の強さも人工ダンジョンとは比べ物にならないはずだよ」


「ルークさん、お詳しいですな」


 タイロンが驚いたように眼を見張った。


「魔獣の強さは取り込んだ魔素の濃さや量で変わってくるんでさ。このダンジョンは層が深い分魔獣も強くなっちまう。だから攻略隊が大規模になっちまうんですよ。ま、今回はルークさんがいるから百人力ですがね」


「さん付けは結構ですよ。そちらの方が年上なんだしもっとざっくばらんでいいですから」


 ルークが苦笑する。


「何を言ってるんですか。魔法騎士は年齢よりも実力が全てなんですぜ。ルークさんはこの中で間違いなく最強なんですから、むしろそちらの方こそ敬語なんて必要ないくらいで」




 その時、突然隊列が止まった。


「何か見つかったみたいだね」


 前方を見透かすと巨大な影が見える。


 それは人の背丈よりもでかい巨大なカエルだった。


「あれは……ジャイアントトードですな。あれならウィルフレッド様と前衛隊だけで充分でしょう」


 タイロンの言葉と同時にウィルフレッド卿が剣を振り上げた。


軍勢強化フォースゲイン!」


ウィルフレッド卿が顕示宣言コーリングを合図に衛士たちがジャイアントトードに襲い掛かる。


「あれがウィルフレッド様の固有魔法、軍勢強化フォースゲインですよ。全隊の攻撃力防御力を一時的に増大させる強化魔法です」


 確かに衛士たちの攻撃力は凄まじく、熊ほどもあるジャイアントトードが瞬く間に倒されてしまった。


 ジャイアントトードは体内から魔素をまき散らして消え去り、後には巨大な皮だけが残った。


「魔獣って魔石を残して消えるだけじゃないのね」


 アルマがその様子を見て不思議そうに首をかしげる。


「魔獣は倒されると魔素が強く結びついた部分が残るんだよ。魔石として結晶化することが多いんだけど中にはこういう風に体組織と結びつく場合があるんだ」


「本当によく知っていますな。ジャイアントトードの皮は魔法耐性が高いので防具用の素材に珍重されているんですよ」


 タイロンが感服したように補足する。


「中には魔石よりも高く取引されるものもあるくらいで。ただしそういう魔獣は通常よりも強くなってしまうんですがね」



 ジャイアントトードを倒した攻略隊は再びダンジョンを奥へ奥へと潜っていった。



「……変だな」


 ルークが訝し気にそう呟いたのは第8層を越えて休息をとっている時だった。


「ダンジョンの深さと魔素の濃さに比べて魔獣の質と数が少なすぎる。本来ならこんなものじゃないはずなんだけど」


「ルークも気づいていたか」


 ウィルフレッド卿が感心したように頷く。


「確かにここまで予定した半分も狩れていない。しかもどれも中低レベルの魔獣ばかりだ」


 ここに来るまでに遭遇した魔獣の数はおよそ20、どれもルークたちが手を出すことなく前衛だけで狩っていた。


 ウィルフレッド卿率いる攻略隊が優秀だということもあるが、それを差し引いても手応えがなさすぎる。


「もしやとは思っていたが……ここしばらくダンジョンに来ていなかったことが返って悪手になってしまったか」


「ルーク、どういうこと?」


 不思議そうな顔をするアルマにルークが説明した。


「ウィルフレッド卿はしばらくダンジョンに入ってなかったと言っていたよね。にもかかわらずここにくるまで強力な魔獣には遭遇していない、ということは……裏冒険者が来ていたんだと思う」


「おそらく、な」


 ウィルフレッド卿が重々しく頷いた。


 貴重な魔石や素材が採れるダンジョンはほとんどが領主や地主の所有地となっており、勝手に入ることは許されていない。


 そのために冒険者が魔獣を狩る時は本来であればギルドを経由した依頼を受けて行ううことになっている。


 しかし中にはギルドの依頼も地主の許可も得ずに勝手にダンジョンに入って魔獣を密猟する冒険者が存在していた。


 彼らは裏冒険者と呼ばれ、時に他の冒険者の収獲物を暴力で奪い取るなど山賊まがいの犯罪をすることもあって世間からは疎まれ、恐れられているのだ。



「そういった輩が我が領地に入ったという話はここしばらく耳にしていなかったから油断していた」


 ウィルフレッド卿が悔しそうに歯噛みをする。



「……どうやらその連中はまだ出て行っていないようですよ」


「どういうことだね?」


 周囲を見渡しながら呟くルークにウィルフレッド卿は怪訝な顔をした。


「このダンジョン内には僕たちのものではない新しい足跡があります。その足跡は奥へと入っていってまだ帰ってきていません。他に出口がないのであればまだこのダンジョンにいると思いますよ」


「そんなことが分かるのか!?」


「はい、これが僕の固有魔法なんです。実際に見てもらった方が分かりやすいと思います」


 ルークはそう言うと左手を地面につけた。


痕跡顕現レベレーション。対象は指定の足跡、観測距離は視界まで。視覚による確認を可能とすること」


 その言葉と同時にダンジョンに残された足跡が発光する。


「足跡の数は10、全くためらいなく進んでいる様子を見るにかなり手慣れているようですね」


「なんと!こんな固有魔法は初めて見たぞ!」



「ルークはこの魔法でセントアロガスの犯罪者を捕まえまくってるんだから」


 驚きに眼を見張るウィルフレッド卿にアルマが胸を張る。



「この足跡は昨日のものです。おそらくダンジョン内で野営をしながら狩っているのでしょう。今は相手に悟られないように追跡を短距離にしていますがもっと伸ばすことも可能ですよ」


「ううむ……この足跡をつけていけば追いつくことができるというわけか……」


 ウィルフレッド卿はしばらく唸っていたが、やがて意を決したように立ち上がった。


「よし、今からこの遠征の目的を変更する!攻略対象は……このダンジョン内に侵入した裏冒険者共だ!」


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