第20話:【ゲイル王子殿下率いるセントアロガス守備隊、極悪誘拐団を摘発す!】

 翌日のセントアロガス新聞には一面にでかでかとセントアロガス守備隊が大量誘拐犯を摘発したと紹介する記事が載っていた。


 攫われていた女性は12名、いずれもセントアロガス市内で行方不明になっていた者たちばかりだという。


 そして紙面には実際に彼女たちを救いだしたルークとアルマ、シシリーの名前は一文字も載っていなかった。


「まあわかっていたことだけどね」


 街中で配られていた新聞を読みながらルークが苦笑を漏らす。



「ルーク!!」


 そこへアルマとシシリーがやってきた。


 2人とも浮かない顔をしている。


「おはよう、その顔を見るに2人ともこの新聞を見たのかな?」


「そうじゃないの!」


 暗い顔でアルマが首を振る。


「私たち、1カ月の休職命令がでたの」





    ◆





 その朝、いつも通り出勤した2人だったが、突然レベッカに呼び出されてその場で1カ月の休職を言い渡されたのだという。



「すまない、これは衛兵隊よりも遥か上からのお達しなんだ」


 レベッカはそう言って申し訳なさそうに頭を下げた。


「なんでも捜査の妨害があったと某所から苦情が入ったらしい。だいたい想像は付くと思うが、私としても休職扱いにするのが精一杯だった。力になれなくてすまない」


 2人にとって寝耳に水の出来事だったが、平謝りに謝るレベッカを前に抗議することもできず、突然休暇を取ることになったのだった。



「ぜぇったいにセントアロガス守備隊絡みだよね。あいつらうちらの手柄を横取りするだけじゃすまなかったんだよ」


 シシリーはそう言って苛立たしくパンケーキにかぶりついた。


 3人は銀星亭のレストランでテーブルを囲み、ルークに事の次第を説明しているところだ。


「まあ休職扱いだから休んでいる間もある程度の給金が出るのはありがたいけどさあ。なんなの?うちらなにか悪いことした?」


「まあまあ、まだどこから来た苦情なのかはわかってないんだから」


 アルマが苦笑しながらシシリーをなだめる。


「でも……納得は出来ないよね。ここまであからさまだと私たちのしたことってなんだったのって……」


「これは釘を刺されたのかもしれないね」


 ルークが呟いた。


「昨日の件に関して余計なことはふれ回るなと暗に言ってきたのか、あるいは勝手に動き回るなという警告なのかもしれない」


「どっちにしろさあ、結局うちらってどれだけ命をかけても所詮は大きな力に振り回されるだけの存在なんだよねえ。なんかそう思うと空しくなっちゃうよ」


 重い空気がテーブルに立ち込める。


「そ、それよりも2人はこれからどうするつもりなの?1カ月間休みになったのなら何かやりたいことなんかあるんじゃ?」


 陰鬱な雰囲気を振り払うようにルークが口を開いた。


「うーん、うちは実家に帰ろうかな。最近ずっと帰ってなかったし、彼氏も今は出張中で街にいないんだよね」


「私も一旦実家に帰るつもり。お父様からも顔を見せに帰ってこいと前から言われていたし」


「そうか、2人とも家に帰るんだね。じゃあしばらくは寂しくなるかな」



 ぽつりと漏らしたルークの言葉にアルマはハッとした。


 ルークは後見人である叔父に追い出され、命まで狙われている。


 帰りたくても帰る場所がないのだ。



「そうだなあ……じゃあ僕も一旦師匠のところに……」


「ルーク!」


 気付けばアルマは叫んでいた。



「わ、私と一緒にうちに来ない?」



「アルマの家?つまりバスティール家に?僕が?」


 アルマの言葉にルークが目を瞬いた。


「おやおやおやおやあ?」


 シシリーが面白そうに目を細める。


「そ、そう!うちに!」


 言っちゃったあ~!と思いながらもアルマは必死に言葉を紡ぐ。


「だって……ルークは……じゃなくて私は……じゃなくて、ええと、そう!今は夏でしょ?バスティール家は山奥にあるから避暑にぴったりなのよ!セントアロガスは暑いし、折角だからルークも涼みにどうかと思って!今なら泊る所も食事もあるし……それに温泉!ランパート領は名湯地で有名なんだから!それから……それから……」


 もはや自分が何を言っているのかもよくわかっていない。


「そうだね」


 そんなアルマを見てルークが微笑む。


「せっかくアルマが誘ってくれたんだし、ご招待に預かろうかな」


「ほんとに!?」


 ルークの返事にアルマの瞳が輝いた。


「うん、それにアルマの生まれた場所も見てみたいしね」


「嬉しい……!山ばかりだけど緑豊かなところだからきっとのんびりできると思う!」


「そうなんだ~、だったらうちもあやかりにいこうかな~。ここ最近激務で骨休めしたいと思ってたし」


「シシリーは実家に帰るんじゃなかった?」


「もう~冗談だってば」


 シシリーはそう言って笑うとアルマに耳打ちした。


「いよいよお父様に紹介するわけだ?」


「もう、そんなんじゃないってば!」


 2人のやり取りにルークは微笑みながら窓の外を眺めた。


 穏やかな朝の空気が往来を包んでいる。


「こうしてまた旅行ができるようになるなんて、山にいたころは夢にも思わなかったな」




    ◆





 それから1週間後、ルークとアルマは長距離竜車に揺られながらバスティール領へと着いた。


「ごめんなさい、本当だったらバスティール家の専用竜車に乗っていきたいんだけどお父様をびっくりさせたくて」


「構わないよ。こういう旅の方が気取らなくて性に合ってるしね」


 微笑むルークだったがアルマはそれでも惜しそうにブツブツと呟いていた。


「うぅ……本当ならルークと2人きりの旅行になってたのに……でもルークと一緒に行くとお父様に知られたら絶対に断られるし……」


「何か言った?」


「ううん、なんでも!」


 竜車の終着駅があるバスティール領都はセントアルマという。


 アルマの父親が一人娘の誕生を記念して街の名を変えたのだ。


「うぅ……毎度ながらここに来るのは恥ずかしい……」


 顔を赤らめながらアルマが竜車から降りる。


「そう?良い名前だと思うけどね。それにこの街はなんだか懐かしい感じがするよ。前に来たことがあるような……」


「もう、ルークったら、からかわないで!」


 2人はそこから請負竜車に乗り込んでバスティール家の屋敷へと向かった。


 屋敷はセントアルマ郊外の山を背にした場所に建っている。


「ア、アルマお嬢様?す、少しお待ちくださいませ。いまご主人様をお呼びしてきます!」


 応対にやってきたメイドが驚いた顔でアルマの父親を呼びに行く。


 まもなくしてガチャガチャと金属音が近づいてきた。


「アルマ!我が愛しの娘よ!帰ってくるならそう言ってくれれば迎えに行ったもの……」


 両手を上げながら応接間に飛び込んできたアルマの父親にしてランパート辺境伯ウィルフレッド・バスティールは、アルマの横に座っていたルークを見て……その場で気絶した。


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