第21話:ウィルフレッド・バスティール

「そ、そうか……君があのルーク・サーベリー君か、話はかねがね娘から聞いているよ」


 意識を取り戻したウィルフレッド卿はソファに腰を下ろすと汗をぬぐいながらルークに笑いかけた。


 ウィルフレッド卿は灰色の髪を綺麗に撫でつけ、口ひげを蓄えたがっしりした体格の紳士だ。


 何故か戦にでも赴くかのように全身を鎧に包んでいる。


 ルークは立ち上がるとウィルフレッド卿の前に片膝をついた。


「初めまして。お目にかかれて光栄です、ランパート公。僕はアルマさんの友人のルークと申します。以前はルーク・サーベリーと名乗っていましたが、今はただのルークです。以後お見知りおきを」


「うむ、君には前から会いたいと思っていたのだよ。しかし驚いたぞ、私はてっきり娘が伴侶を紹介しに帰ってきたのかと……」


「もう、お父様ったら。早とちりしすぎです」


 アルマが頬を膨らませる。


「でもいずれはそうするつもりだけど……」


「ん?何か言ったかい?」


「いいえなんでも」


 不思議そうに尋ねる父親にアルマはにこやかに笑顔を向ける。


 そこへルークが耳打ちしてきた。


「君の家系って気絶しやすいとか?君もこの前会った時に気絶してたよね?血筋なのかな」


「そんなことないと思うけど……」


「オホン」


 ルークとアルマの会話にウィルフレッド卿が咳払いと共に入ってきた。


「それで……ルーク君、君はしばらく我が家に滞在するというわけだね?」


「どうかルークとお呼びください。はい、少しの間ご厄介させていただきます。事前に何の連絡もなく申し訳ありませんでした」


 ルークがウィルフレッド卿に頭を下げる。


「いいんだいいんだ、これは娘がしたことだから君に責任はないよ。娘の友人は私の友人も同じ、もちろん歓迎するからゆっくりしていってくれたまえ。それに君の御父上、エリック卿とは旧知の間柄だったのだよ。お互い子供ができてからは疎遠になってしまったが、それでも便りを欠かすことはなかった。君にも一度会っているのだよ。まだ幼かったから覚えていないかもしれないがね」


 ウィルフレッド卿の言葉にルークの記憶の奥底にあった映像が浮かび上がってきた。


 それはルークの一番幼い記憶だった。


 父親と一緒にどこか遠くに住む人に会いに行き、2人が話をしている間にそこにいた女の子と遊んでいたような思い出が朧げにある。


「いえ、微かにですが覚えています。確かアルマさんも一緒でしたよね?」


「おお!覚えていたのか!まだ3歳くらいだったはずだがよく覚えているものだね」


 ウィルフレッド卿が感心したように息をついた。


「あの女の子がアルマだったんだね」


「……言われてみれば……そんなこともあったような……あれが……ルークだったの?私、学園であったのが初めてだと思ってたのに」


「僕もランパート公に言われるまですっかり忘れていたよ」


「ハッハッハッ、2人ともまだ小さい頃だったからな。アルマなど君と別れる時に大泣きして大変だったのだよ」


「そ、そんなこと……お父様、子供の頃の話でからかわないでください!」


 アルマの顔が真っ赤に染まる。


「ともかく君のことは歓迎するよ。申し訳ないが私は仕事があるため大したもてなしもできないが、ゆっくりしていってくれ」


 ウィルフレッド卿はそう言うと鎧の音を立てながら立ち上がった。


「それは……ひょっとしてそのいでたちと何か関係があるのですか?」


「お父様、まさか……!」


 アルマの顔色が変わる。


「うむ……実は近々ダンジョン攻略をしようと思っていてな。今は部下共々その準備をしていたのだよ」


「そんな……危険すぎます!」


 アルマが叫んだ。


「もうダンジョンには行かないと、約束したではありませんか!」


「仕方ないのだよ、我が娘よ」


 ウィルフレッド卿がため息をつく。


「心配をかけまいと黙っていたが2年前の旱魃かんばつから資金繰りに行き詰っていてな。領民を守るために借金をせざるを得なかったのだ。その債務の期日が迫ってきているのだよ」


「そんな……」


 ウィルフレッド卿は絶句するアルマの頭に優しく手を置いた。


「なに、少しダンジョンに潜って魔石を回収すれば問題なく返済できるだろう。だから心配はいらないよ」



 この世界では地質の関係で地下に空間ができやすくなっており、そこに溜まった魔素を求めて魔物が入り込むことがある。


 地下に溜まった重い魔素を吸収した魔物は魔獣へと変化し、時折地上に現れては人々を襲い、苦しめていた。


 魔獣が巣くう地下空間を人々はダンジョンと呼び、領内にできたダンジョンから魔獣を排除するのは領主の重要な仕事でもあった。


 そしてそれを実行するために生まれたのが魔法騎士である。


 貴族がこぞって魔法騎士になりたがるのも元はと言えば魔獣狩りが貴族の仕事だからだ。


 危険な仕事ではあるが魔獣はダンジョン内の魔素を体内に結晶としてため込むことがあり、その結晶は魔石として高額で取引されている。


 ダンジョンから獲得できる魔石は領主にとって貴重な収入源ともなっていた。


「久しくダンジョンに潜っていなかったから魔石もふんだんに獲れるだろう。そうすれば借金などすぐに返せるはずさ」


「でも……お父様はこの前の遠征で大怪我をしたではないですか!それでもうダンジョンには潜らないと……」


 アルマが必死な顔で食い下がる。


「しかたがないのだ」


 しかしウィルフレッド卿は頑として聞き入れなかった。


「これだけは我が命を賭けてでもやらねばならんのだよ」


「ランパート公」


 ルークが前に進み出た。


「どうしても行かなくてはいけないのでしたら、僕も同行させてもらえませんか?」



「君を!?それは駄目だ!できないよ。我が領地のダンジョンは危険な魔獣が無数に巣くっているのだ。そんなところに娘の友人を行かせられるものか」


「ご安心ください。こう見えて僕も魔獣討伐の経験はいくらか積んでいます。公のお役に立つことをお約束します」


「しかし……」


 尚も渋るウィルフレッド卿にルークは更に言葉を続けた。


「とは言え信用できないと思うのも無理ないことです。よろしければ私の実力を測っていただけませんか?それで私がダンジョンに連れていく価値があるかどうか判断してください」


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