第19話:ゲイルとルーク

 獅子のような鋭い瞳がルークをめ付ける。


「答えろ。何故ここに民間人がいるのだ」


「この者は我々の協力者であります。名はルークといい、この者のおかげで攫われていた者たちを救い出すことができたとのことです」


 レベッカが答える。


「ふん、民間人に助けられたのか。衛兵隊のレベルも落ちたものだ」


 ゲイルが鼻で笑い飛ばす。


 しかしそれを咎める者は誰もいない。


 いる訳もなかった。


 いずれこの国を全て手中に収めることになる男に異を唱えることなどできるはずもない。


 あからさまな侮蔑の言葉を投げられたレベッカですらただその言葉を受け入れるしかなかった。



「おい、そこの」


 ゲイルの尊大な口がルークに向けられた。


「なんだその長手袋は。今すぐ脱げ」


「この手袋、ですか?」


「それ以外に何がある。さっさと脱げ。それとも脱げぬ理由でもあるのか」


 ゲイルの口調には微かな苛立ちが漂っている。


 どうやらかなり短気な性格らしい。


「いえ……別にそのようなことは」


 ルークがゆっくりと左手の長手袋を脱いだ。


「子供の頃の傷跡を見られたくないので普段は隠しているのです」


 そこにあったのはごくごく普通の人の手だった。


 手の平から肘の裏側にかけて大きな火傷の跡が走っている。


「ふん、男のくせに傷跡を隠すなど女々しい奴め」


 ゲイルは面白くなさそうに鼻を鳴らすと興味を失ったようにルークから視線を外した。


「ルーク、その腕は?」


「偽装魔法だよ。こういう時のために普通の腕に見せかける魔法式を組み込んであるんだ」


 小声で尋ねるアルマにルークが囁き返す。


「びっくりした。本物の腕に戻ったのかと思っちゃった」


 アルマが安堵したようにため息をつく。




「待て……そこにいるのは、まさかランパート公の娘か?」


 その時、ゲイルの眼がルークの隣にいるアルマに注がれた。


「は、はい……」


 アルマが目を伏せたまま小さく答える。


 その肩が小さく震えていた。


 アルマが緊張するのも無理はなかった。


 かつて一度だけ面通しをしたことはあるが、その時は婚約者候補という立場であってお互い社交向けの態度を取っていた。


 しかし今は違う。


 自分は婚約破棄された身であり、言うなれば王子は己を拒絶した張本人ということになる。


 そんな相手に対してどんな態度を取っていいのか分かるわけもなかった。



「辺境伯の娘ともあろう者が何故衛兵隊などにいるのだ」


「……!」


 王子の無遠慮な言葉にアルマの肩が跳ねる。


 その言葉はアルマが己の婚約者候補だったことなど覚える価値もない些事と見なしていることを語っていた。


 おそらくアルマが後宮親衛隊に入れなかったことも、家の事情で衛兵になったことも知らないのだろう。


 いや、よしんば聞いたことがあったとしても次の瞬間には忘れていたに違いない。


 ゲイル王子にとってアルマはその程度の存在だったのだ。


 返す言葉を失い立ち尽くすアルマにゲイル王子が更に言葉を投げつける。


「かつては名門と謳われたバスティール家も碌な血を残せなかったようだな。いずれ辺境を任せることもできなくなるやもしれぬな」


「……!」


 握りしめられたアルマの拳が真っ白になっている。


「殿下」


 その時、ルークがついと前に出て跪いた。


「なんだ」


「殿下はここで何が行われていたのかご存じでしょうか」


「そんなことか」


 ゲイル王子が鼻を鳴らす。


「爆発があったと聞いて来たのだ。この辺は治安が悪い。大方どこぞの不逞魔導士が暴走でも起こしたのだろう。貴様ら衛兵隊が不甲斐ないからこうして我々が出張ってやったのだ」


「恐れながら申し上げます。ここでは組織的な人身売買とそれを目的としていた誘拐が行われていたようです」


「なにっ!?」


 ゲイル王子の眉が跳ね上がる。


 ルークは頭を下げたまま淡々と話を続けた。


かどわかされていた女性数名を保護しました。おそらくこれはただの単独犯ではないと思われます。組織的な繋がりを辿るために慎重な捜査を行うべきかと意見具申いたします」





「……それで?」


 しかしゲイル王子の返事は冷ややかだった。


「だから貴様ら衛兵隊に任せろとでも言いたいのか?くだらん!組織的な犯行?慎重な捜査?それを決めるのは貴様らではない!身の程を知れ!」


「……」


 王子の怒号にルークは無言で頭を下げ続けた。


 そんなルークを見てゲイル王子がうんざりしたように手を振る。


「もうよい。さっさと消えろ。貴様らがいるだけで捜査の邪魔だ。いいか、貴様らはたまたま我らよりも早くこの現場に居合わせただけだ。自分たちだから解決できたなどと思うなよ。吹聴するような真似は夢にも思わぬことだ」


「は」


 ルークは短く答えて立ち上がり、アルマたちと共に足早に去っていった。





    ◆






「ふん、民間人如きが俺に意見だと、こんな場でなければ鞭打ちに処していたところだ」


 ルークたちが去っていくのを見ながらゲイルが吐き捨てる。


「しかしあの男、ただの民間人とは思えぬな……何者だ?」


 王子を前にして一分いちぶも動じずに意見できる者など宮廷にもいない。


 それがゲイルには面白くなかった。


 それにあの眼、全てを見通すようなルークの眼がゲイルを特に毛羽立たせた。



「ルークか……くだらん名前だ」


 再びゲイルが吐き捨てる。


 まあいい、あんな男など己にとっては足下の小石と同じだ。


 踏みつけた時は存在に気付くが次の一歩の時にはもう忘れる、その程度のものだろう。

「何をぐずぐずしている!さっさと女を保護して男たちを連行しろ!徹底的に絞り上げるぞ!」


 そう叫んだゲイルの頭の中は既に先ほどのルークという男も、その男が口にした助言もきれいさっぱり消え失せていた。





    ◆





「よく頑張ったね」


 アルマの手を引きながらルークが微笑む。


 ルークの隣を歩くアルマの瞳からはらはらと涙が流れ落ちていた。


「私……魔法が使えなくなって良かった……後宮親衛隊に入れなくて、王子の婚約者にならなくて良かった……本当に……良かった」


 そう言うとアルマはぐいと目を擦った。


 赤く腫れた目でルークに微笑む。


「それにルークがいてくれて本当に嬉しい……ありがとう、ルーク。さっきは私から話を逸らすためにわざと王子に話しかけたんでしょ?凄く嬉しかった……」


「それは僕も同じだよ。アルマがあの男の婚約者にならなくて良かったと心から思ってる」


「ルーク……」


 アルマがうるんだ瞳でルークを見つめる。


「おーい」


 横で歩いていたシシリーが話しかけてきた。


「ひやぁっ!シ、シシリー、いたの?」


 アルマが悲鳴を上げる。


「いたのって……さっきからずっといたっての!盛り上がってるところ悪いんだけど、そういうのは2人きりの時にしてよね」


「ももも、盛り上がってなんか……」


「それよりもこれからどうなんのかな。うちらはもうこの件からお役御免?」


「おそらくそうなるだろうな」


 隣を歩いていたレベッカがそれに答える。


「セントアロガス守備隊が出張ってきたとなるとこの件はもはや手出しできないだろう。折角の手柄だというのに、お前たちには本当にすまない。私にもっと力があれば……」


 そう言って悔しそうに歯噛みする。


「いえそんな、レベッカ隊長のせいじゃないですよ」


「そうそう、うちらは単に運が悪かっただけというか。それに王子様には勝てないですって」


「……お前たち……ありがとう、そう言ってもらえると少しは気が楽になるよ。それにしても……」


 レベッカはホッとしたようにため息をつくといたずらっぽくアルマに笑いかけた。


「まさかお前とそのルークがそんな仲だったとはな。通りでここ最近調子が良かったわけだ」


「そそそ、そんなんじゃないですってば、私とルークは!」


 真っ赤な顔でアルマが叫ぶ。


「照れるな照れるな、それでお前の成績が上がるなら願ったりだ。で、どこまでいったんだ?詳しく聞こうじゃないか」


「もう、隊長ってば!からかわないでください!」


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