第18話:横槍

「アルマにシシリーじゃないか!?これはどういうことなんだ?」


 外にいたのは10名ほどの衛兵だった。


 先頭に立っていた長身痩躯で褐色の肌、短髪の女性が驚いたように歩み寄ってきた。


 それがアルマとシシリーの直属の上司、レベッカ・バートレットだということはルークも知っていた。


「攫われていた女性を発見して保護する際に闘争となりました。抵抗してきた者は全員拘束してあります」


「本当か!?」


 アルマの報告にレベッカの眼が丸くなる。


 そこへシシリーが攫われていた女性たちを連れてきた。


「こちらが保護した女性たちです。ざっと調べた限りでは特に怪我などはないようですがかなり弱っているので治療をした方がいいと思います」


 助けられた女性たちを見てレベッカの目が丸くなった。


「これは……みな行方不明になったと言われている人たちばかりじゃないか!こんな所に監禁されていたのか……!これは……爆発事件だと思っていたがとんでもないことになったな」


 レベッカの頬を汗が伝う。



「それで、こちらの男は何者なのだ?」


 不意にレベッカがルークの方を見た。


「彼はルークといいます。以前話した民間の協力者というのが彼です」


「ああ、この前言っていた者か」


 レベッカの視線が興味深そうな光を宿す。


 どうやらルークのことは話が通っているらしい。


「私はレベッカ・バートレット。アルマとシシリーは私の部下だ。協力に感謝する」


「ルークといいます。お会いできて光栄です」


 レベッカの差し出した右手を握りながらルークが微笑む。


「しかしこれはとんでもないことになったな。狐の巣穴をつついたら狼が出てきたか」


「ざっと調べてみましたが目ぼしいものは見つかりませんでした。おそらく組織間の繋がりを見えなくするためにかなり手の込んだことをしているようですね」


「ふむ、確かにこれだけの規模の犯罪を単独で行うとは考えにくいな。攫われた女性たちにしても身代金の要求があったという話はない。ということは人身売買が目的か。だとすると組織的犯罪の線が濃厚になるか……」


 レベッカが拳を叩いた。


「よし、これは慎重に進めるぞ!まずは手がかりを徹底的に集めるんだ!連中の痕跡を可能な限り洗い出せ!」


「それでしたら僕にも協力させてください。すでにいくつか手掛かりを―」


「そこまでだ!」


 その時突然背後から声が響いた。





 振り向くとそこには別の騎馬隊が整列していた。


 全員真っ黒に金の縁取りをした鎧を身にまとい、明らかに衛兵隊とは違う存在感を放っている。


「たった今からこの場は我々が担当することになった。今すぐこの場から立ち去るのだ」

 先頭にいた男が冷たく言い放つ。


「馬鹿な!これは我々に通報があったのだ!それに街のことは衛兵隊の領分ではないのか!」


 レベッカが吠える。


「今は事情が違う。これは貴様ら衛兵などに扱える案件ではない」


「ならば正式な手続きを踏んでからにしてもらおう。それまでは私も譲る気はない」


 馬から降りた男がレベッカと対峙する。


 2人の間には火花が出そうな緊張感が走っていた。


「あれは一体?」


「あれは……セントアロガス守備隊……」


 耳打ちで尋ねるルークに険しい顔でアルマが答える。


「セントアロガスのみならずアロガス王国全土の犯罪を取り締まる王家直属の特任部隊。完全な自立組織でその捜査権はあらゆる組織に優先される。何故ならその隊長は……」


 その時、セントアロガス守備隊の隊列がいきなり割れた。


「!」


 割れた奥から熱気のような迫力が押し寄せてきた。


 思わず一歩後ずさってしまいそうになる、まるで猛獣を思わせる気配だ。


 その気配に気付いたレベッカと、彼女と睨み合っていた男がばね仕掛けのようにひざまずく。




 そこに1人の男がいた。




 セントアロガス護国隊と同じ鎧を身にまとっているが、只の兵士でないことは見なくてもわかる。


 男は周囲に控える兵士を一瞥することなく真っすぐ歩いてきた。


 自分がこの場の主であることを確信している歩みだ。



「ルーク!」


 足元から聞こえる声に目を移すとアルマとシシリーもひざまずいていた。


 ルークも慌ててそれに倣う。


「あの人は?」


 小声でアルマに尋ねる。


「あの方は……」


 地面を見つめ、冷や汗を流しながらアルマが答えた。


「セントアロガス守備隊隊長であり、アロガス王国第一王子でもある……ゲイル・アロガス王子殿下」



「あの人が?」


 ルークは息を呑んだ。


 名前はそれこそ何度も聞いたことがあるし学園にいた時に遠巻きに目にしたことはあるが、これほど間近で見るのは初めてだった。


 風になびく豊かな金髪、太い眉毛の下には輝くコバルトブルーの瞳が新星のように輝いている。


 がっしりした顎の上で引き締められた口と太い顎はそこから下の身体も鍛え上げられていることを如実に語っている。


 ただのお飾りとしての王子ではない、ルークは即座に悟った。


 歩み寄ってきたゲイル王子がレベッカを見据える。


「そこの。今、正式な手続きと言ったな。この俺がこの場にいる、それでは不服か」


「滅相もありません!」


 地に伏したままレベッカが答える。


「ならばね。捜査の邪魔だ」


 ゲイルが冷たく言い放つ。


 一切の妥協を許さぬ声だった。


「……は」


 レベッカが短く答えて立ち上がる。


 その言葉の端には微かな憤りが籠っていたが、それをあからさまにするほど浅慮でもなかった。


 そうするにはあまりにも彼我の地位に差がありすぎた。


「行くぞ」


 レベッカの言葉を合図に衛兵隊が粛々と動き出す。


 ルークたちも後に続いた。


「待て」


 その時ゲイルの声が響いた。


 氷河を思わせるコバルトブルーの眼がルークに向けられている。


「何故ここに民間人がいる」


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