第15話:果たし合い
「逃げずによく来たな」
指定があったセントアロガス郊外にある北の森に行くと既にトリナル・トリプルズが待ち構えていた。
ここは普段兵士が訓練に使っている場所でもあるため、森の中の空き地には練習用の木剣や防具、木偶人形などが散らばっている。
「あんなことを書かれては来ないわけにもいかないでしょう。なんなんですか、あれは」
「しらばっくれる気か。貴様は卑怯にも我々を眠らせてバスティール嬢を
ルークの問いにトミーが白々しく鼻を鳴らす。
「何を言ってるんですか!ルークは私を攫ったりしていません!むしろあなた方から助けてくれたのです!」
アルマが怒気も露わに抗議したがトミーは取り付く島もない。
「バスティール嬢、それが騙されているというのだ。この男は卑怯にも死んだ男になりすまし、あなたを洗脳しているのだよ。将来の夫としては妻になる女が哀れにも騙されていくのを見過ごすわけにはいかないだろう?」
「なにを……」
詰め寄ろうとするアルマをルークが制した。
「それで、あなた方は何が望みなのですか?僕に非があるのであれば然るべき場所へ報告すればいいだけなのにここへ呼び出したのは何故なんです?」
「我々としてもことを大っぴらにはしたくないのだよ。妻になる者が騙されたとあってはトリナル家にとっても聞こえが悪い。それに……」
トミーが手にした木剣の切っ先をルークに向ける。
「それに受けた屈辱はその身で晴らすのが騎士の矜持だ。故に貴様にはここで決闘を申し込む!」
「……断っても聞かないのでしょうが、そちらの条件はなんなんです?」
「知れたこと!我々が勝てば二度とバスティール嬢に近づくな!そしてこの街からも出て行って二度と目の前に現れるな!」
「ルールは?戦うのは僕とあなたでいいんですか?」
「2対2でいこうじゃないか。バスティール嬢も関係があるのだからな。こちらからは私とトムソンが出る。ルールは2人とも戦闘不能になるか戦意を失った時点で決着ということにしようじゃないか」
トミーが余裕の表情で笑みを浮かべる。。
「我々は高貴なる貴族、この決闘だって公正にやらせてもらうさ。後で不正があったとごねられては堪らないからな」
ルークは頷くとアルマに振り向いた。
「わかりました。アルマ、君はどうする?嫌だったら僕だけでもいいんだけど」
「まさか!ルークにだけ危険な目に遭わせるなんて絶対に嫌!それに彼らには私もいい加減我慢の限界が来てるの」
アルマはそう言うとトミーをキッと睨みつけた。
「私たちが勝ったら金輪際関わらないで。あとルークに無礼な口を聞いたことを謝罪してもらうから」
「良いだろう。それでは審判はトーマスにやってもらうとしよう。それから決闘はこの空き地から外には出ないことにしよう、逃げ回られたんじゃいつまでも決着がつかないからな」
トミーはあくまで自信たっぷりだ。
「なに、決闘といっても命まで賭けろとは言わないさ。武器は模擬戦で使う木剣で良いだろう。幸いここは稽古場だ、君たちも好きな武器を手にするといい」
「それじゃあ、お言葉に甘えて」
ルークは転がっていた巨大な盾を拾い上げるとアルマに手渡した。
「やっぱりそうなの?」
アルマが顔をしかめる。
「アルマにはそれが一番だよ。他の武器はいらないくらいさ」
「貴様は良いのか?後で文句を言わないように好きな武器を使っていいんだぞ」
トミーの言葉にルークが肩をすくめる。
「遠慮しておきます。武器は苦手でして」
トミーの顔に血管が浮き上がった。
「気取りやがって!少しは魔法が使えるようになって調子に乗っているようだがそれが間違いだったと後悔させてやる!トーマス、合図だ!」
トミーの号令を合図にトーマスが腕を振り上げ、決闘が始まった。
◆
ゆっくりと前に出るルークにトミーがほくそ笑む。
実のところルークはトミーの企みを見抜いていた。
決闘を行う空き地一体に魔法陣が展開されている。
その効果は……魔力と魔法効果の減衰、魔法陣の範囲内にいる者全てほぼ魔法を使うことができなくなる、よしんば使えたとしてもその効果は数十分の一に落ちてしまうだろう。
更に体力減衰と運動能力低下の効果も付与されている。
おそらく審判をしているトーマスが密かに魔法陣に魔力を供給しているはずだ。
余裕の表情を見るにトミーとトムソンは魔法陣の効果を遮断するようあらかじめ自らに魔法を付与しているか護符を持っているのは間違いない。
それでもルークは彼らの行為を諫めたり抗議するつもりはなかった。
何故ならそんなことをする必要もなかったから。
魔法陣は隠ぺいを優先するために効果が半減してしまっているし、そもそもこの程度の魔法陣ではルークの魔力と体力に引っかき傷を与えることもできない。
「ルーク」
一歩足を踏み入れてアルマも異変に気付いたらしく、ルークの方を不安げに見つめている。
おそらく手にした盾が急に重くなるのを感じたのだろう。
「大丈夫、アルマなら平気だよ。僕を信じて」
ルークの言葉にアルマは緊張した面持ちで頷き、改めて前にいる2人を睨みつけた。
「どうした?さっきまでの威勢はどうしたんだ?動かないんじゃ決闘にならないぞ?」
対するトミーとトムソンは勝利を確信しているのか余裕の表情だ。
「来ないならこっちからいかせてもらおうか……炎操!」
トムソンの
「馬鹿な奴らだ。僕らに逆らうからこんなことに……いぃ!?」
トムソンの嘲りは炎が晴れたと共に驚愕の表情へと変わった。
そこにいたアルマとルークには火傷どころか焦げ跡1つ付いていなかったからだ。
「馬鹿な!木製の盾が炎に耐えるだと!」
「君たちの魔法じゃアルマの《重装戦士》で強化された盾に傷一つ付けることはできないよ」
驚くトムソンにルークが肩をすくめる。
「ハァッ!」
気合一閃、体ごと突っ込んでいったアルマのシールドバッシュがトムソンを吹き飛ばす。
トムソンは体を回転させながら立ち木に激突し、ピクリとも動かなくなった。
真横でそれを見ていたトミーとトーマスは言葉すら失っている。
「し……死んじゃった……?」
攻撃した当のアルマすら青い顔だ。
「大丈夫だと思うよ。1カ月はベッドから起き上がれないだろうけど」
「こんなに威力が出るなんて思わなかった……この盾に何か仕掛けがしてあったとか?」
「それが《重装戦士》の力だよ。防御力を高めるだけじゃなく防御に関するあらゆる事象を強化するんだ。だから盾による攻撃も強力になるんだよ」
「な、何故だ!何故そんな魔法が使える!!何故そんなに動ける!!」
トミーが絶叫した。
「不思議ですか」
ルークがトミーに振り返る。
「ひいっ!」
それを見たトミーの顔が恐怖にひきつった。
「魔法効果減衰、体力・運動能力減衰の魔法陣を展開していたのに全然効果がない、そう思っているのでは?」
「だ、誰がそんなことを!来るな!こっちに来るなあっ!」
トミーがやみくもに魔法を連発するがルークにはかすりもしていない。
いや、トミーの放った魔法はルークに届く前に逸らされていた。
「理由は2つあります、1つはアルマの固有魔法は自らの身体に付与するものであること。あなた方の魔法陣は形となって現れた魔法を減衰するものだから効果がないんです。そしてもう1つは……」
ルークが手をかざした。
その手の前に巨大な風の渦が発生する。
トミーが使う固有魔法、激風と同じ風魔法だがその規模は桁違いだ。
「ひいいぃっ!」
「この程度の魔法陣ではそもそも僕らにはほとんど効果がないんです」
言葉と同時に魔法が放たれ、トミーもトムソンと同じ木に吹き飛ばされて重なり合うように昏倒した。
「さて……」
トミーの気絶を確かめたルークがトーマスに振り返った。
「ひっ!」
トーマスの顔が引きつる。
「対戦相手が戦意を喪失するか戦闘不能になれば終了なんですよね?これで決着だと思うんですが、まだ続けますか?」
「い……いや、いい……僕らの負けだ」
トーマスがか細い声で呟く。
「そうですか、それじゃ今後アルマには関わらないという約束は守ってください」
「わ……わかった、その約束は守ろう。彼らにも言っておく」
「それは良かった」
ルークはそう言うとアルマに微笑んだ。
「それじゃアルマ、帰ろうか」
2人はトリナル・トリプルズを森に残し、振り返ることなく去っていった。
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