第16話:ルークの実力

「よ、アルマちゃん!今日も巡回ご苦労様!」


「シシリーちゃん、新しい生地が入ったから後で寄っとくれよ!あんたの見立てが必要なんだよ!」


 街を巡回するアルマとシシリーに町の人々が声をかけてくる。


 この一月、衛兵隊に対する街の評価は著しく上がっていた。


 逮捕率が先月比で倍になったのだからそれも無理はない。


 スリや空き巣、暴行といった突発的な犯罪はおろか恐喝や違法売買といった証明の難しい犯罪まで摘発されていき、街の空気はこの一月で見違えるように明るくなっていた。


「いや~、どうもどうも」


「……」


 シシリーはご機嫌に挨拶をかわしているがアルマの表情は微妙だ。


「お、アルマちゃん、今日もごっついねえ!」


 それもそのはずで、アルマは街には似つかわしくないくらい巨大な鎧で身を包んでいるからだ。


「うう……恥ずかしい……」


「も~、いい加減慣れなよ。そっちの方が調子出るんでしょ?」


「それはそうなんだけどお……」


 呆れ顔のシシリーにアルマが口を尖らせる。


 しかしシシリーの言うことは本当だった。


 固有魔法のおかげで鎧が重厚であればあるほど身体の調子が良いのだ。


 今も鎧の重さを一切感じないどころか夏の陽気だというのに汗一つかいていない。


 しかもフルフェイスの兜だというのにまったく視界が遮られているという感覚がない。


 というか普段よりも感覚が鋭くなっているくらいだ。



「やっぱり私の固有魔法は重装戦士なのかなあ……」


 諦めきれないように呟く。


「アルマ、シシリー、ちょっと来てくれないか。怪しい建物を見つけたんだ」


 後ろを影のようについてきていたルークが2人に耳打ちしてきた。


 薄いグレーのケープを頭から被ったその姿はふっと気を抜くと雑踏の中に溶けてしまいそうなくらい存在感が薄い。



「「了解」」


 2人はルークの指示で裏通りへと入っていく。


 この辺りはシフトの変更で2人が新たに受け持つことになった区域だ。


「それにしても凄いよね、誰も気にしてないんだもん。あれもルークが作った魔道具なんでしょ?」


 シシリーが感心したようにアルマに耳打ちした。


 ルークが被っているケープには認識阻害の魔法式が編みこまれている。



「うん、なんでも師匠がこういう魔道具を作るのが得意で見様見真似で覚えたんだって」


 答えながらアルマは内心舌を巻いていた。


 こんな魔道具はアルマも見るのは初めてだった。


 ただでさえ使い手の少ない認識阻害の魔法を組み込んだ魔道具なんて聞いたこともない。


 おそらく然るべきところに持っていけばそれだけで一生食べていけるくらいの評価を得るだろう。


 そう言えばトリナル・トリプルズに絡まれた時もルークは突然その場に湧き出したように見えたっけ、とアルマは思い出していた。


「アルマ、あんたの王子様は逃がしちゃ駄目だよ。うちから見ても超優良物件だよ、あれは」


「もう、そんなんじゃないってば!……でもそのつもりだけど」


 2人は軽口を叩き合いながら裏路地を走り抜けていった。



 ルークが案内したのは裏通りを更に何度も曲がりながら入り込んでいったところにある小さな建物だった。


 知らない人なら一瞥することなく通り過ぎてしまうくらい周囲に溶け込んでいる。


「なんでこんな所に?」


「実を言うと僕は今まで摘発した現場でその場にいなかった者の痕跡を保存しているんだ。で、さっきその痕跡の主と思われる男が通りを歩いているのを見かけたんだ」


「そ、そんなことまでわかるの?」


 アルマが驚いたように眼を見張る。


「足跡にはその人の癖が出るからね。それに残留物でもその男が今までの現場に通っていたことは間違いないだろうね」


「こわ~。ルークには隠し事しないようにしよ」


 シシリーは肩をすくめると塀越しに建物の様子を窺った。


 ドアの前では2人の男が椅子とテーブルを出してボードゲームに興じている。


 一見すると平和な光景だが近くの壁には不釣り合いなほどにでかい剣が立てかけられ、いつでも手にすることができるようになっている。


 それにドアにはこれまた似つかわしくない半鐘がぶら下がっていた。


 おそらく内部にすぐに連絡を送れるようにするためだろう。


「確かに怪しいと言えば怪しいけど……」


「しっ、誰かが来た!」


 ルークが2人の肩を掴んで塀の陰に身を引かせる。


 そこに木箱を積んだ荷車を引いた男がやってきた。


 入り口の男たちと二言三言言葉を交わすと重そうに木箱を持ち上げて建物の中に運び込んでいく。


「何あれ?」


「……あれは、中に人が入ってた」


 アルマの問いにルークが苦々しく答える。


「ほんとに!?」


「ああ、僕は生き物の発する熱を感知することができる。あの木箱に入っていたのは女性だ」


「じゃあ!?」


「おそらく商品にするためだろう。他にもあの入り口近くには引きずられたような女性の足跡がいくつも残っている。あの建物の中には他にも何人か監禁されていると思う」


「早く助けないと!」


「ちょっと待って」


 飛び出そうとするアルマをルークが押さえる。


「助けたいのは山々だけど足跡から察するにあの中に潜んでいるのは10人を下らない。かといって加勢を呼ぶと相手に警戒されてしまう可能性が高い。まずは慎重に検討しないと」


 ルークはそう言うと建物を指差した。


「あのタイプの建物は構造上入って右奥に台所があって、そこに貯蔵庫用の地下室が作られていることが多いんだ。おそらく女性たちはそこに監禁されていると思う。入ってすぐが応接スペースで、多分そこに一番人が集まっているだろうね。2階は寝室だからボスや上役が住んでると思う」


「はえ~そんなこともわかるんだ」


 シシリーが感心したように呟く。


「解析から導き出した推測だけどね。ほら、奥の壁に煙突が見えるよね、あそこが台所になっているはずだよ」


 ルークが指差した右手の壁には確かに煙突が突き出している。


「台所のスペースはそんなに広くないからおそらく見張りがいたとしても1人か2人だと思う。人質にとられないように2人はまず台所に向かってくれないか。アルマは入り口で他の人間が入ってこないように牽制してほしい。残りは僕が何とかしよう」


「わかった、でもルーク1人で大丈夫?」


 頷きつつも心配そうにアルマが尋ねる。


「大丈夫、この位の試練は師匠の下で何度もやってきたから。とは言え気がかりもあると言えばあるからなるべく早めに片づけたいけど」


 ルークはちらりと2階を見た。


 建物全体を囲むように魔法陣が張られている。


 建物付近で魔法を使えばすぐにばれるはずだ。


 おそらくその発動元は2階、そこに魔導士がいるのは間違いない。


 今までルークが認識阻害の魔法を使わずに隠れていたのもそのためだった。


「この襲撃は時間が勝負になると思う。僕が合図したらすぐに中に入ってくれ」


 ルークの言葉に2人が緊張したように頷く。


「行くよ……爆風榴弾ウィンドグレネード!」


 ルークの左腕から放たれた圧縮された大気の塊が建物を穿つ。


 凄まじい轟音と共に建物の右手に大穴が開いた。


「今だ!」


 ルークの合図と共に3人は穴の中に飛び込んだ。



「ひいぃっ!!」


「な、なんだあっ!?」


 建物の中はルークの読み通り1階正面が広間になっており、そこにいた数名の男たちは突然の襲撃に身を固まらせていた。


 そしてその隙を逃すルークではない。


雷撃散射サンダーボルト!」


 左手から放たれた電撃が男たちに襲い掛かり、瞬く間に昏倒させる。


「今のうちに!」


 ルークの言葉と共にシシリーとアルマが右奥にあるドアに殺到した。


 その直後に台所の中から1人の男が投げ出され、入り口にアルマが立ちふさがる。


「なんだこいつらは!」


「ふざけんじゃねえっ!」


 雷撃を受けなかった男たちが次々に剣を取って周りを取り囲んだ。


「耐魔防具か、やっぱり簡単にはいかないみたいだね」


 ルークは苦笑まじりに半身になって左手を前に出す。


「素手だと?馬鹿にしてんのか!」


 男が剣を振りかぶって飛び込んできた。


「右に体重が振れ過ぎてる。懐に入れば反撃されることはない」


 ルークは一歩前に踏み込んでその腹に掌底を叩き込む。


「はぐ」


 肺の空気を全て吐き出して男は気絶した。


「てめえっ!」


 別の男が剣を腰溜めにして体ごと突っ込んでくる。


「利き足は左、踏み込みが強すぎて旋回できない」


 素早く反転して剣をかわし、前を通り抜けていく男の後頭部に拳を打ち下ろす。


「ぐぶっ」


 男は顎から床に激突してピクリとも動かなくなった。


「すご……」


 次々と男たちを倒していくルークをアルマとシシリーは呆然と見守っていた。



「!?」


 あらかた倒し終わった時、不意にルークが左手を上にかざした。




 その直後、無数の火炎弾ファイアボールが降り注いできた。


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