第12話:ルークの魔法
「美味い!やっぱりこの街の屋台料理は最高だね!」
セントアロガスの名物屋台料理、香辛料をたっぷり効かせたソーセージを頬張ったルークが歓喜の叫び声をあげる。
「この5年間、このソーセージを何度夢見たことか……」
その眼には涙すら浮かんでいる。
「そ……そんなに酷い食事事情だったの……?」
「あ、いや、食べるものはあったんだけど結局捕まえた動物とか川魚、山菜に限られちゃってさ。調味料も限られてるからこういう手の込んだ料理はなかなか食べられなくってさ。師匠にも持っていってあげたいな」
ジト目で見てくるアルマにルークが不思議そうな顔で尋ねる。
「……そのお師匠様とルークって、本当に師弟関係なだけなの?なんだか話を聞いていると……」
「泥棒ー!」
その時突然鋭い叫び声が響き渡った。
その声を聞くや否やアルマが一目散に走り出す。
ルークもすぐにその後を追った。
「私はアルマ・バスティール、衛兵だ!一体何があった!」
「引ったくりだよ!あの男があたしの財布を奪っていったんだ!一月分の生活費が入ってるんだ!衛兵さん、どうか取り戻しておくれよ!」
道路にしゃがみ込んでいた年配の女性がアルマにすがりつく。
振り向くと裏路地に入っていく影が見えた。
「あっちだ!」
しかし2人が裏路地に入った時には既に影も形も見えなかった。
「見失った……この辺は入り組んでいるし怪しい商売をしてる人間が多くて衛兵にも非協力的だから追いかけるのは……ちょっと無理かも」
アルマが悔しそうに歯噛みする。
「いや、それは大丈夫だよ」
ルークはしゃがみ込むと地面に左手を当てた。
ルークの左目には路地を抜けていく足跡がはっきり見えていた。
「
その言葉と同時に路地に発光する足跡が現れる。
「これは……?」
「僕の固有魔法、解析の力だよ。たった今この路地にできた足跡を表示させたんだ。対象を固定、顕現を時間と共に延伸」
光る足跡が続いて現れていく。
それは路地を通り抜け、小さなドアへと続いていた。
足跡はドアから更に別のドアを通り、細い路地を何度も曲がりながら続いていく。
しかし決して途切れることはない。
「凄い魔法ね!こんな力があれば衛兵の仕事なんかなくなっちゃいそう!」
「ありがとう!アルマの力になれて僕も嬉しいよ」
2人はルークが露わにした足跡を追って路地をひた走り、やがて小さな飲み屋に座る小男の前に辿り着いた。
「なんだよ、じろじろ見やがって。てめえら俺になんか用なのかよ?」
突然目の前に現れた2人に小男が警戒心を露わにする。
「おばさんから奪ったものを返してもらおう」
その言葉にギョッとして飛び上がったが時すでに遅く、あっという間にアルマに取り押さえられた。
「これか」
「何しやがるんだ!そいつは俺の財布だぞ!てめえら
懐から財布を抜き取られた小男が顔を真っ赤にして叫ぶ。
「あなたの財布?だったらそれを確かめてみましょうか」
ルークは財布の中身をテーブルの上にあけると手をかざした。
「
ルークの言葉と共に財布と貨幣に残っていた小男の指紋が光を放つ。
財布の外側には男の指紋がべったりと付いているが貨幣には全くと言っていいくらい付いていない。
「おかしいですね。あなたの持ち物であるというなら貨幣にもあなたの指紋が付いているはずですが」
「ふ、ふざけんじゃねえ!こんなのでまかせだ!インチキだ!てめえら2人で俺を嵌めようとしてやがるんだ!」
「言い分は後でゆっくりと聞いてやる。まずは付いてきてもらおうか」
小男は往生際悪く叫び続けながらアルマに連行されていった。
◆
結局小男は勤務中の衛兵に引き渡され、財布は無事に女性の元へと戻った。
「ありがとうございます!間違いなく私の財布です!これがなければ食い詰めてしまうところでした!本当にありがとうございます!」
「いいんですよ。これも職務ですから」
目に涙を浮かべながらお礼を言う女性にアルマが笑顔で答える。
女性は何度も頭を下げながら帰っていった。
「お疲れ様」
ひと段落したところでルークが冷たいジュースの入ったカップをアルマに手渡す。
「ごめんなさい。ルークまで付き合わせちゃって」
アルマは申し訳なさそうにカップを受け取るとジュースをすすった。
生姜と紫蘇を使ったセントアロガスの夏の定番だ。
「せっかくルークと過ごす休日なのに私ったら……」
甘酸っぱいジュースが捕り物で高揚した気持ちを静めるとともに折角の2人の時間を無駄にしてしまったという後悔を生んでいく。
「いいんだ。おばさんも喜んでいたし。それに……」
そこまで言ってルークはおかしそうにクツクツと笑った。
「アルマはやっぱりアルマだね。昔から困ってる人を見過ごせなかったけど、今も変わっていなくて安心したよ」
「もう、それじゃ私がまるで成長してないみたいじゃない。こう見えてもちょっとは変わったんだから」
アルマが頬を染めながら胸を反らす。
「でも驚いた。ルークの固有魔法って凄いんだね。その魔法があればどんな事件もあっという間に解決しちゃいそう」
「しまった、そう言えば気をつけるのを忘れてた。アルマ、悪いんだけど僕の固有魔法のことは秘密にしてくれないかな?今はまだあまり知られたくないんだ」
「わかった。誰にも言わない。ルークの魔法が普通じゃないのは私にもわかるから」
アルマが強く頷く。
「良かった。そうしてもらえると助かるよ……でもアルマは怖くない?今まで魔法すら使えなかった僕がいきなりこんなことができるようになっていて不気味だと思ったりしない?」
「?別にそんなこと思わないけど?だってルークはルークじゃない。今だって私のことを手助けしてくれたし、優しいところは全然変わってないよ。それに……さっきのは……かっこよかったかも……」
「ありがとう。アルマにそう言ってもらえると凄く嬉しいよ」
頬を染めながら呟くアルマにルークが微笑む。
「ともあれ僕の魔法はアルマの仕事の役に立てることがこれで少しは証明できたと思う。改めて明日からよろしく頼むよ」
「こちらこそ!それよりもまたルークと一緒にいられる方が嬉しい!」
「あ、でもその前に上司の許可を取らなきゃいけないのかな?」
「大丈夫!何が何でも許可してもらうから!あ、でもルークは死亡したことになっているんだっけ……ルークの今の身分はどうなっているの?」
「ああ、それなら今は冒険者を名乗っているんだ。登録証もあるよ」
ルークは懐から一枚の金属プレートを取り出した。
その登録証の氏名欄にサーベリー姓はなく、ただルークとのみ刻まれている。
「山を下りた時からサーベリーの名は捨てたんだ。今はただのルークだよ。その方が色々都合のいいことも多いしね」
魔獣狩りやダンジョン攻略など危険な依頼をこなす冒険者は職業柄荒っぽい気質のものが集まりやすく、脛に傷持つ者も少なくない。
それ故に登録する際に保護者だの後見人だのが必要などという面倒ごとも少なく、過去を捨てたルークにとってぴったりな職業だった。
「そうだったんだ」
アルマが感心したように登録証を眺める。
「それがあれば大丈夫かな?」
「うん、これで充分だと思う。衛兵隊は冒険者と協力することもあるから」
アルマの言葉にルークは安堵の息を漏らすと手を差し出した。
「良かった。じゃあ散歩の続きをしようか。まだまだ時間はあるしね」
「うん」
はにかみながらアルマがその手を掴む。
2人は手を取り合って再び雑踏の中へと入っていった。
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