第11話:ルークの提案

「……わかった、元々アルマには全てを話そうと思っていたんだ。でもその前に」


 真剣なアルマの瞳にルークは頷くと軽く左手を振り上げた。


 その手から放たれた魔法の光が2人の周囲を包み込む。


「認識阻害魔法と風魔法を組み合わせた一種の結界だよ。これで僕らの会話は外には漏れないし、周囲の人々はこちらに意識を向けることもなくなったから何を話しても大丈夫だよ」


 アルマは驚きに言葉を失った。


 認識阻害魔法は魔法の中でもかなり希少でアロガス王国でも使える者は五指に満たないと聞いている。


 しかも先ほどルークは風魔法を組み合わせたと言っていた。


 複数の魔法を組み合わせる複合魔法となるともはやその魔法式だけで一生食べていけることができるくらいの偉業だ。


 それをルークは何でもないと言うようにあっさりと実行してのけたのだ。


「これがルークの固有魔法なの?」


 アルマの言葉にルークが目を輝して話し始めた。


「少し違うね。僕の固有魔法は《解析》なんだ。今の魔法はその解析の力を使って古代の魔法を再現したものなんだよ。今の魔法理論だと地水火風光闇の6属性の魔法は互いに拮抗しあっていて組み合わせることはできないと言われているよね。でも昔の魔導士は複数の属性を組み合わせた複合魔法を使いこなしていたと言われてる。だから僕は今の魔法を解析して古代魔法を再現できないか研究してるんだ。完全に拮抗しあう属性同士は無理だけど幾つか複合できる属性もあるみたいで……ごめん、こんな話聞いても面白くないよね」


 猛烈な勢いで話していたルークだったが、唖然としたアルマを見て申し訳なさそうに顔を赤らめる。


 それを見てアルマが微笑んだ。


「ううん、そんなことない。それよりもルークが変わってなくて安心した。凄い魔法を使えるようになってもルークはルークなんだね」


 学園時代もルークとアルマはこうして魔法談議に花を咲かせることが度々あり、時には休日をそれだけで過ごすこともあった。


 そしてアルマにとってそれは学園時代のかけがえのない思い出となっていた。


 その言葉に安堵のため息をついたルークは真面目な表情に戻り、改めてアルマを見つめた。


「今からする話は2人だけの秘密にしてもらいたいんだ。シシリーにも、アルマの御父上にも内緒にしてもらいたい。約束してもらえるかな?」


 アルマが固唾を呑んで頷く。


 うかつに口外してはいけないことは今しがたルークが見せた魔法だけでも十分すぎるほど理解できた。


 そんなアルマにルークは微笑みを浮かべると話を始めた。



「これは僕が屋敷に戻ったところから始まるんだ……」





    ◆





「信じられない……」


 アルマが大きく息を吐いた。


「ルークにそんなことが……」


 ルークに聞かされた話はアルマの想像を超えていた。


 山の中で殺し屋に襲われ、封印された魔神に救われて弟子になって魔法を身につけ帰ってきたというのだからそれも無理はない。


 ルーク自身から聞かされなければ到底信じられなかっただろう。


 しかし目の前にいるルーク本人を見ているとそれが事実だったのだと信じざるを得なくなる。


 何よりもルークの変化がそれを物語っていた。


「それじゃあその髪も……」


「うん、師匠に助けられた時にはもうこうなってたんだ。斬られたのと川に落ちたショックで白髪になってしまったんだと思う」


 かきあげた髪の奥から顔の左側に走る刀傷と赤い光彩を持った義眼が姿を現す。


「酷い……」


 それを見たアルマが口元に手を当てて絶句する。


「あ、でも悪いことばかりでもないんだよ。この傷のおかげで魔法が使えるようになったんだから。今ではむしろ感謝してるくらいなんだ。この義眼のおかげで今まで以上にえるようになったし義手だってほらこの通り、本物の腕同様に使えるんだ」


 ルークは長手袋を外して義手を露わにした。


 真っ黒な骨格が銀色に光る半透明の物質で包まれている。


「これは皇帝竜ガルヴァの角で作った骨格にアダマンスライムを付着させて作ってあるんだ。僕の魔力で動かすから普通の腕と同じように使えるんだよ」


 握ったり開いたりするその動きは普通の手と全く変わらない。


 同時に魔法を使った義体技術というのは前代未聞でもあった。


「本当に凄い魔法技術……ルークのお師匠様、イリスという魔神は本当に人知を超えた魔法を使えるのね」


 ルークの話はまるで空想の物語のようにアルマの理解を超えていて、そう返すのが精一杯だ。


「うん、本当にお世話になったよ。師匠には魔法の使い方はおろかその歴史や法則、何から何まで一から教わったんだ。師匠がいなければ今の僕はいなかっただろうな。……って、アルマ?どうしたの?」


 気付けばアルマはテーブルに突っ伏しいた。


 重い空気がアルマの周りを覆っている。


「ルークは凄いな……死にそうな目に遭ったのに凄い魔法を身につけてくるんだもん。それに引き換え私ときたら……」


 今にも潰れそうな声でぶつぶつと呟いている。


「そ、そのことなんだけど、次はアルマの話を聞かせてくれないかな?僕は後宮親衛隊にいるものだとばかり思ってたんだけど、なんで衛兵隊に?」


 雲行きが怪しくなってきたのを感じたルークは慌てて話題を変えたが、逆にそれがアルマをさらに落ち込まることになってしまった。


「……実を言うと固有魔法が使えなくなってしまって、後宮親衛隊に入る話はなくなってしまったの」


 顔をテーブルに押し付けたままぼそぼそと呟く。


「アルマが?そんな馬鹿な!」


「一応普通の魔法は使えるんだけど、何故か固有魔法だけが上手く発動できなくて」


 アルマは顔を上げるとテーブルからナイフを取り上げた。


「剣戟強化!」


 顕示宣言コーリングと共に手にしたナイフが淡い光に包まれ……すぐに消えてしまう。


 そのナイフを目の前にあった鉄皿に振り下ろす。


 カチンという音と共にナイフは鉄皿に阻まれた。


 アルマの固有魔法は自らの攻撃力を数倍にも高める付与魔法のはずだった。


 ルークの知っているアルマの固有魔法であれば分厚い樫のテーブルごと鉄皿を両断していただろう。



「ね?今の私には固有魔法が全く使えないの。それで後宮親衛隊への推薦はなくなってしまって。ついでに王子様との縁談も破棄。それはむしろありがたかったんだけど、立派な魔法騎士になるという約束が……って、ルーク?」


 話の途中でアルマが驚きの声を上げた。


 ルークが突然その手を掴んできたからだ。


 驚くアルマに構わずルークは掴んだその手を凝視し続けた。


 髪に隠れた左の義眼が紅い光を放っている。


「……うん、大体わかった」


 しばらくしてルークが頷いた。


「大丈夫、アルマの固有魔法は消えたわけじゃないよ。また使えるようになると思う」


「本当?」


 アルマが驚きに眼を見張った。


「保証するよ。実は僕も固有魔法を使えるようになったんだ。僕の固有魔法は”解析”、その名の通りあらゆるものを解析することができる。その力でアルマの体内魔法式を調べさせてもらったんだけどしっかり存在していたよ。おそらく身体の成長によって発動条件が変わったんだと思う」


「成長で?そんなことがあり得るの!?」


「うん、というか珍しいことじゃないんだ。”枯渇”もそうだけど十代で突然魔法が使えなくなる現象は身体の急な成長が理由であることが多いんだ」


「そんなことが……」


 アルマが驚くの無理はなかった。


 そんなことは学園の魔法理論学でも習わなかったからだ。


「正しい手順を踏めばアルマの固有魔法は必ず復活するよ。そのためにはもうしばらくアルマを解析する必要があるんだけど……そうだ、しばらく僕にアルマの仕事を手伝わせてもらえないかな?」


「そ、それは……構わないと思うけど……でも何故?」


「うん、学園だと固有魔法は鑑定魔法で選定しているよね。でもそれだと鑑定で出やすい魔法しかわからないんだ。体内魔法式というのは元々複数存在していてその中でも特に発現しやすいものが固有魔法となるんだけど、学園のやり方だと鑑定でわかったものを集中的に鍛えるから本当にその人に合った固有魔法であるとは限らないんだ。そしてそういう風に固定された固有魔法は成長時に使えなくなってしまうこともあるんだよ」


 だから、とルークは続けた。


「しばらくアルマのことを観察させてくれないかな?その中で解析していけば本当にアルマに合った魔法が何なのかわかるようになると思う。どうだろう?」


「そ、それは……凄く、嬉しい!ルークが側にいてくれるだけでも十分なくらい!」


 アルマが上気した顔で答える。


「あ、でも衛兵はチームやコンビで動いてるんだっけ?僕がいると邪魔になるかな?」


「それは大丈夫だと思う。私のコンビはシシリーだから話せばわかってくれると思う。それに調査する時に民間に協力を仰ぐことはよくあるから」


「それは良かった。じゃあひとまず僕は民間の協力者ということでアルマをサポートするよ」


 ルークが軽く手を振ると周囲に張られていた結界が消え去る。


「それじゃこの件はここまでということにして、これからどうしようか?僕としてはセントアロガスは久しぶりだから案内してもらえると嬉しいんだけど」


「も、もちろん!」


 アルマが勢いよく立ち上がる。


「衛兵をしているからこの街のことは任せて!ルークに見せたかったとっておきの場所がたくさんあるの!」


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