第10話:銀星亭にて
銀星亭のドアに取り付けられたベルが軽やかな音を立てる。
「……ルーク、待った?」
1階にあるレストランに座っていたルークの元にアルマがやってきた。
「ううん、ちょうど朝食をとっていたところ……」
振り向いたルークの言葉が止まる。
「ど……どうしたの?」
「あ、ごめん。アルマがあんまりにも素敵だったからつい見とれちゃって」
ルークの言葉にアルマの顔が火を噴きそうなくらい赤くなる。
今日のアルマはシンプルな白いシャツに薄水色のスカート、白いサンダルといういでたちだ。
シャツとサンダルはアルマの私物だがスカートは1着も持っていなかったからシシリーの知り合いという服屋に無理やり頼み込んで来る前に買ってきたのだった。
すっきりした装いが長身のアルマによく似合い、レストランにいた宿泊客も目を奪われていた。
「あ、ありがとう。こ……これはシシリーに選んでもらったの」
なんとか声を絞り出して横にいるシシリーを手で指し示す。
「こ、こちらがそのシシリー、私の友達なの」
「シシリー・ウィンザー言います。ルークさんの話はかねがねアルマから聞いてます。お会いできて光栄です」
シシリーがルークに向かって深々とお辞儀をする。
「こ、こちらこそ。ルーク・サーベリーと言います。もっとも今は事情があってただのルークですけど」
ルークは慌てて立ち上がるとシシリーのお辞儀をした。
「……2人も何か頼む?アルマがお勧めしてくれただけあってここのお店は食べ物も美味しかったよ」
「そ、そう?実はここはシシリーに教えてもらったの。宿屋なんだけど主人が有名レストランのシェフ長だったから料理が評判でよく食事に来てるの」
アルマが嬉しそうにはにかむ。
「ルークさん」
不意にシシリーが話しかけてきた。
「は、はい?」
その迫力に若干驚きながらルークが答える。
「まだるっこしい話は抜きでいかせてもらうけど、実を言うとうちはあなたが本物のルークであると信じてるわけじゃないんです。そもそもうちはあなたが死んだとアルマに聞かされてます」
「確かにそう思われても仕方ないですね」
ルークが苦笑する。
「なのであなたが本物のルークなのか幾つか質問をさせてもらいます。いいですか?」
「もちろん」
「では最初の質問です。本物のルークならきっと知ってるはずです……」
言葉を続けるシシリーに隣で聞いていたアルマも思わず固唾を呑み込む。
「アルマの左下乳には2つ並んだほくろがある。正しいか否か!」
ルークが飲んでいたお茶を吹き出した。
「シシリー!」
アルマが真っ赤な顔で怒鳴る。
しかしシシリーはいたって真面目だ。
「どう?本物のルークなら答えられるはず!」
「そんなわけないでしょ!」
「ざ、残念ながらその質問には答えられません。でも……」
咳き込みながらルークが口を開いた。
「近い答えなら言えますよ。アルマの右の肩甲骨の下には小さな傷があります。長さ5センチくらいの」
その答えにシシリーが驚きに眼を見張った。
それは紛れもない事実だったからだ。
ルームシェアをするようになってアルマの着替えを何度か目撃することがあり、その時に背中の傷のことを知ったのだ。
子供の頃に木から落ちた時にできた傷で、恥ずかしいから家族と使用人以外の誰にも見せたことはないと言っていた。
ただし2人だけ例外がいて、それがシシリーとルークだと。
「学園時代に一度だけ見たことがあるんです。なんでも子供の頃にできた傷だとか」
「ルーク……」
アルマが感極まった吐息を漏らす。
それは学園時代に2人だけで特訓をしていた頃の思い出だったからだ。
アルマが無茶な特訓をした時にルークが庇って怪我をしたことがあった。
― なんで私なんかを庇ったの!あなたまで怪我する羽目になったじゃない! ―
当時余裕のなかったアルマはそう言って自分を助けたルークをなじった。
自分にはそうされるだけの価値はないのだと言うように。
― 女の子に怪我をさせる訳にはいかないじゃないか ―
笑顔で答えたルークにアルマはかえって逆上し、シャツをはだいて背中の傷を見せた。
― 傷なんかもとからある!それがおせっかいだって言ってるのよ! ―
今でも時々思い出しては枕を抱えてじたばたすることがある記憶だったが同時にアルマにとって大事な思い出でもあった。
「あー、わかった、わかりました」
シシリーは両手を挙げて降参のポーズを取った。
「あなたが本物のルークであることを認めます」
「分かってもらえて嬉しいです。でも疑ってくれて良かったです」
「へえ、それはなんでまた?」
不思議そうな顔をするシシリーにルークが笑みを返す。
「だってそれはアルマが心配だったからでしょう?セントアロガスでそんな友達が身近にいたのなら僕としても心強いですよ」
「そ……そう?」
屈託のないルークの笑みにシシリーは肩透かしを食らったような顔をしていたが、やがて軽くため息をつくと立ち上がった。
「あー、じゃあうちの出番はもうないみたいだから帰ろうかな」
「そうなんですか?もっとゆっくりしていけばいいのに」
「いいっていいって。2人で積もる話もあるだろうし、お邪魔虫は消えることにするってば。うちもこれから彼氏とデートだし。それから……」
シシリーは手を振りながらそう言うとルークに右手を差し出した。
「アルマの友達だったらうちにとっても友達も同然。だからこれからうちに敬語は無用だから。うちもそのつもりで接するし。そういうわけでルーク、改めてよろしくね」
「こちらこそよろしく、シシリーさ……いやシシリー」
シシリーはルークと固い握手を交わすとアルマの耳元に顔を寄せた。
「じゃ、あとはしっかりね。夕方まで戻ってこないから部屋は自由に使っていいよ」
「ちょ、シシリ……!」
「それじゃ、退散しまーす」
赤い顔をして叫ぶアルマをしり目にシシリーは店を去っていった。
「良い人だね」
「もう……シシリーったら……話を飛躍しすぎるんだから」
アルマは頬を染めながらお茶をすすった。
「でも本当にシシリーは私の大事な友達。彼女には何度も助けられてきたの」
「それは本当にそうなんだろうね。今の2人のやり取りを見ればわかるよ」
ルークはそう言うと遠い目で窓の外を見た。
「でも少し羨ましいな。彼女は僕の知らないアルマを見てきたわけだから」
「ルーク……」
それはルークの本心だった。
シシリーの場所に自分がいた未来もあったのかもしれない、そんな思いが頭をよぎる。
そんなルークを見てアルマが状態を乗り出してきた。
「私だって今までルークに何があったのかを知らない。だから教えて、あの日ルークに何があったのか、そして今までどこにいて何をしていたのか」
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