第9話:再会の2人

「ルーク!」


 叫びながらアルマが跳ね起きた。


「あれ……?」


 不思議そうな顔で見回したそこはセントアロガス公園の中だった。


「私……どうしたんだっけ……」


 ぼんやりした頭で今までのことを思い出そうとする。


 確か……白髪の男の人に助けられて……


「そうか……やっぱり夢だったんだ。ルークが生きてるわけなんか……」


 ため息と共に再びベンチに横たわる。


「夢じゃないよ」


 頭の上から声がした。


 見上げるとそこには先ほどの白髪の若者の顔があった。


 そして同時に自分がその膝を枕にしていることに気付く。


「……!」


 慌てて起きようとして額と額をまともにぶつけ合う。


「~~~~~~!」


 2人は無言で頭を抱え合った。


「相変わらず、おっちょこちょいなのは変わってないんだね」


 目に涙を浮かべながら若者が微笑んできた。


 その優しげな瞳は学園時代に何度も視線をかわし合ったルークのそれと全く変わっていない。


「ルーク……本当に……ルークなの?」


「うん、君の親友のルーク・サーベリーだ。約束通り君に会いに来たよ。それにしても驚いたな。まさか君とあんなところで再会するなんて……」


「ルーク!」


 言い終わるのを待たずにアルマが抱きついてきた。


「ア、アルマ!?」


 ルークを見上げるアルマの瞳から涙がポロポロと零れ落ちる。


「今まで何してたのよ!生きてたのなら連絡くらいしてよ!ルークが……ルークが死んだと聞かされ時に私がどれだけ……どれだけ……」


 その後は言葉にもならずひたすら嗚咽を繰り返している。


 ルークはそんなアルマの頭を抱えると優しく撫でた。


「ごめんね。本当はずっと君に会いたかったんだ。生きていると知らせたかった。でもそれができるようになったのがつい最近だったんだ」


「ううん、本当は私のことなんかどうでもいいの。ルークが生きていてくれた、それだけで充分だから……」


 涙を拭きながら頭を振るとアルマは改めてルークを見上げた。


「でも今まで何をしてきたのか教えてくれない?何が起きて、どこにいたの?」


「もちろんだよ、話せば長いことなんだけど……」


 ルークが口を開きかけた時、遠くから教会の鐘が鳴る音が響いてきた。


「しまった!」


 その音を聞いてアルマが青ざめた顔で立ち上がる。


「ごめんなさい!巡回の交代時間だからもう行かなくちゃ!明日は非番だからまた改めて会わない?」


「もちろん!アルマには話したいことがたくさんあるから明日またゆっくり話そう」


「良かった!ところで今夜泊る所はもう決まってるの?」


 アルマの問いにルークは困ったように頬を掻く。


「えっと……実は決まってないんだ。なにせ5年ぶりにこの街に来たばかりだから勝手が掴めなくて」


「それじゃあ南大通りにある銀星亭という宿屋に行ってみて!私の紹介だと言えばきっと泊まれると思う!明日の朝10時に迎えに行くから!」


「わかった、銀星亭だね」


「じゃあまた明日ね!」


 頷くルークにアルマは嬉しそうに首肯すると走り出し、そこで踵を返すとルークに振り返った。


「ルーク、今回はどこにも行かないよね?この街にいてくれるんだよね?」


 アルマにとって今までのことはまるで白昼夢のようだった。


 ここで走り去っていけば全ては消え失せ、何もかも自分の妄想になってしまうのではないか、そんな気すらしていた。


「大丈夫、僕はもうどこにも行かないよ。約束する。アルマ、君に会いに来たんだから」


「良かった……じゃあ明日、銀星亭で!絶対に行くからね!」


 優しく微笑むルークにアルマは安心したように息を吐き、何度も手を振りながら走り去っていった。





    ◆





「シシリー!!!!!どーしよー!!!!!!」


 仕事が終わり、食事の前に部屋で一休みしていたシシリー・ウィンザーの元にアルマが飛び込んできた。


 シシリーはセントアロガスでただ1人のアルマの親友だ。


 衛兵隊で出会った彼女は中級商人の三女として生まれ、貴族の一人娘であるアルマとは全く違う世界の人間だったが不思議と馬が合い、今ではこうしてルームシェアをして一緒に暮らすまでになっている。


「ちょっとアルマ。今日の食事当番はあんたでしょ、何やって」「ルークが生きてた!」


 シシリーの言葉も聞かずにアルマが叫ぶ!


「どうしようどうしよう!明日会うって言っちゃった!どうしたらいい?私どうしたらいい?こういうの初めてなんだけど何着ていったらいいの?何話したらいいの?私の髪変じゃない?前髪切りすぎちゃってない?」


「落ち着け」


 シシリーがアルマの頭頂部に手刀を振り下ろす。


「全く話が見えないからちょっと深呼吸しなさい。誰が生きてたってのさ」


「うぅ……ごめんなさいぃ……」


 頭を押さえながらアルマは今までの経緯を話し始めた。





    ◆





「……なるほどね。そのルークってのはあんたが散々話していたルーク王子様ってわけね」


「ちょ、ちょっと待ってよ!私そんなこと言った!?いつ?」


「今まで何回聞かされたと思ってんのよ」


 シシリーがため息をつく。


「酔っ払うたびにやれあの時のルークはかっこよかった、あの時のルークは優しかったと惚気を聞かされるこっちの身にもなれっての。挙句の果てになんで死んだのと言っておいおい泣き始めるし」


「す……すいません……」


 真っ赤な顔をして縮こまるアルマ。


「まあそれはいいけどさ、で、そのルーク様ってのは事故で亡くなったはずでしょ?なんで生きてるわけ?」


「実はそのこともまだ聞いてなくて。明日会う約束をしてるからその時に聞こうと思ってるんだけど……」


 アルマはそこではたと思いついたように目を開いた。


「そう!それでシシリーに聞きたかったんだけど、男の人と会う時って何着ていけばいいの?私そういうの全く経験ないからわかららなくて。服だって官給品ばかりで可愛いの持ってないし。シシリーの服を貸してもらえない?」


「ほお~、あんたのその暴力的なおっぱいが私のまな板仕様の服に収まるとでも?面白いことを言ってくれるじゃあないの」


 シシリーが額に血管を走らせながらアルマの顔を鷲掴みにする。


「ちょっと!気にしてるんだから止めてよ!」


 アルマが顔を真っ赤にして胸を押さえた。


「まあ別にそれはいいんだけどさ。それよりもアルマ、本当に大丈夫なの?」


「?どういうこと?」


 打って変わって心配そうな顔をするシシリーにアルマが不思議そうに尋ねる。


「だってさあ、死んでたって言われてた人間が突然現れたんだよ?感動の再会よりも普通は裏があることを疑わない?」


「う……そ、それは……」


「あんたって顔もスタイルもいいんだけど男に対して警戒心高すぎるから異性関係からっきしでしょ。そういう弱いところ突かれるところっと騙されそうで心配なんだよね」


「そ、そんなこと!……ない、とは……言い切れないけど……でも……確かにルークだったし……」


 口ごもるアルマを見てシシリーがため息をつく。


「わかったわかった。明日はうちも一緒に付き合ってあげる。そんで本当にそのルークと名乗る輩が信ずるに足る人間か鑑定しようじゃないの」


「本当に!」


 その言葉にアルマの顔がぱあっと明るくなった。


「うちの商人の娘だからね。人を見る目はまあまあ持ってると思ってるから」


「ありがとう!シシリー大好き!」


 アルマに強く抱きしめられたシシリーの身体がミシミシと嫌な音を立てる。



「ストップストップ!死ぬ、死んじゃうから!と、とにかく今から明日着ていくものを選ぶよ。とりあえず持ってるものを全部出して、場合によっては明日早くに買うことも想定しておいた方がいいだろうね」


「了解です!」


 こうして2人の服選びはいつ終わるとも知れず続いていくのだった。


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