第8話:再会

「久しぶりに王都に来たから道を聞こうと思ってみたら、これは一体どういうことなんですか?何故王宮衛兵隊が一般衛兵を攻撃しているのですか?」


 アルマからは背中しか見えないがその若者はどうやら自分を守ってくれているらしい。


「黙れ黙れ!これは我々の軍人の問題だ!一般人が立ち入ってくるんじゃない!さっさと消えろ!」


「そうはいきませんよ。軍の問題であるならばこんな場所ではなく然るべき手続きで対処することになっているはずです」


 尊大に怒鳴り返すトムソンに対してもあくまで冷静に返事をしている。


「先ほどのあれはどう見ても私刑リンチでした。しかも多勢に無勢とあっては見過ごすわけにもいきません。魔法騎士たるもの、暴力を看過するべからずとも教えられていますし」


 そこまで言って若者がアルマの方を振り向いた。


 一房だけ黒い髪を持った白髪で、左目は髪に隠れている。


 裾のすり切れたケープを体に巻き、薄汚れたシャツで何故か左腕だけ黒い長手袋を嵌めている。


 恰好こそ薄汚れれてはいるものの、引き締まった体をしていることは袖から伸びた前腕からも見て取れた。


 アルマを見つめるその瞳は黒曜石のように真っ黒でまるで発光しているかのように煌めいている。


 どこかルークに似ている、ふとそんなことを思った。


「君、大丈……」


 アルマに話しかけてきた若者の動きが止まった。


 まるで信じられないものを見た、とでも言うようにこちらを見ている。


「ひょっとして……君はアルマ……?」


 意外な言葉が若者の口から漏れ出てきた。


「?……なんで私の名前を?」


「僕だよ!ルーク!君の親友のルーク・サーベリーだ!アルマ!ずっと君に会いたかったんだ!」


 ルークはアルマの身体を引き起こすとその腕を掴んでブンブンと振り回す。


「この5年間、どれだけ会いたかったか!話したいことが山ほどあるんだ!そうだ!僕も遂に魔法が……アルマ?アルマ?」


 興奮で一息に話しかけていたルークの目の前で突然アルマの身体がぐにゃりと地面に崩れ落ちた。


 アルマは気絶していた。






「アルマ?おーい、アルマさん?」


 地面に落とさないように慌てて抱きかかえて頬をペシペシと叩いてみても全く反応がない。


「参ったな。ちょっと驚かせすぎちゃったのかな。とはいえびっくりしたのはこっちも同じなんだけど。まさかこんなところで会うなんて……」


 意識を失ったアルマに優しい笑顔を向けるとその身体を慎重に地面に横たえる。



「おい、貴様!無視するんじゃない!こっちを向け!」


 背後でトミーの怒鳴り声がする。


 ルークはゆっくりと3人の方を向いた。


「貴様ぁ!今さっきルーク・サーベリーと言っていたな!貴様、本当にあのルークなのか!?」


 真っ赤な顔で怒鳴りつけるトミーにルークは静かに頷く。


「ええ、僕はあなたたちと同級だったルーク・サーベリーですよ。トリナル・トリプルズ、あなた方も相変わらずみたいですね」


「ふん!貴様のような退学者が僕らと同級などとおこがましいことを言うな!」


 相手がルークだと知った3人の態度が再び尊大さを取り戻す。


「第一貴様は死んだはずだろ!転校する時に馬車の事故で渓谷に落ちたと聞いたぞ!何故今になって突然現れたんだ!」


「……なるほど、やはりそういうことになっているのですか」


 ルークは苦笑を浮かべた。


 自分が死んだことになっていたのは想像していた。


 ナレッジ領も今ではグリードが治めていることだろう。


 だが今はそれよりも大事なことがある。


 ルークは静かな声で3人に話しかけた。


「それよりもこの説明をしてもらえませんか。なぜあなた方がアルマを傷つけているのです」


 落ち着いてはいるがそこには有無を言わせぬ響きがある。


「ふ、ふん!貴様には関係ないと言ったろ!これは僕と彼女の問題だ!」


 怒鳴り返すトミーだったが、ルークの全身から発せられる静かな迫力に腰が引けている。


「そうはいきませんよ。彼女は僕の親友である以上無関係ではいられない。納得のいく説明をしてもらえませんか。



 そしてルークも一切引く気はなかった。



「……こ、この!無能の分際で僕らに歯向かう気か!僕らは王宮衛兵隊なんだぞ!貴様如き即逮捕して牢獄にぶち込むことだってできるんだ!」


「そ、そうとも!貴様は先ほどそこのバスティール上等兵の意識を失わせた!これは明らかな犯罪行為だ!」


「今すぐ逮捕してやる!大人しく縛につけ!」


 3人は自らの言葉で鼓舞しながらルークを取り囲んだ。



「そ、それによく考えたら貴様は既に死んでいるんだ。死んだ人間に何をしようと法律を冒すことにはならない、そのはずだろ?」


 剣を構えながらトミーが引きつった笑みを浮かべる。


 さっきは迫力に気圧されてしまったがよくよく考えてみれば魔法を使えないルークに負けるはずがなかった。


 アルマに放った風刃が何故かルークの目の前でかき消されてしまったがそれはおそらく何かの間違いだったのだろう。


 そう、急に姿を現したから無意識的に自分が消してしまった、そうに決まっている。


 トミーは自分を納得させると再び手のひらに風の刃を生み出した。


 今度は確実に仕留めてやる、しかもあのむかつく素っ首を跳ね飛ばしてだ。


 動きを気取られないように手首のスナップだけで風刃を発射させ……


 そこでトミーの魔法がかき消えた。


「へ?」


 何が起きたのかわからずに手のひらを見る。


 しかしそこにあったはずの風刃は完全に消え去っていた。


 見渡すとトムソンとトーマスの2人も不思議そうな顔で自分の手を見ている。


「あなた方の魔法は無効化させてもらいました」


 ルークが静かに答える。


「なんだと!?そんなことあるわけがない!」


 逆上したトミーが再び風刃を発生させるが、それも手のひらの上で消えてしまう。


「ば、馬鹿な……無効化魔法だと……?何故貴様がそんな高等カウンター魔法を使えるんだ!”枯渇”していたんじゃなかったのか!」


 無効化魔法は単純な防御魔法と違って相手の魔法に合わせて魔法式を組み、発動する瞬間にぶつける必要があるために膨大な知識と正確なタイミングが必要となってくる。


 あまりに難しいために使える者はほとんどいない、というか防御魔法が発展した現在ではいずれ消えゆく魔法と考えられていた。


 ルークはそれを3人相手に同時に発動したのだ。


 これこそがルークの固有魔法、《解析》の力だった。


 魔法は発生、発動、反応、消滅という段階を経て効果を及ぼす。


 ルークの解析はそれらの段階の間に生まれる僅かな揺らぎを解析して魔法の発生やそれがいつ発動するのかを予測することができる。


 それに加えて相手の癖や行動パターンをも解析することでその予測はもはや予知と言っていい正確さを持っていた。


 しかしそれもコンマ何秒単位で正確に発動できる魔法技術あってのことだ。


 5年間魔神イリスの下で徹底的に訓練してきたルークの魔法技術は既にアロガス王国はおろか大陸でも右に並ぶものがいないほどになっていた。



「そんなに難しいものではないですよ。トミー、あなたは発動させる瞬間に右肩が一瞬下がります。そのタイミングでぶつけてやればいいだけですから。トムソン、あなたは魔法の反動に備えるために右足が一瞬下がります。トーマスは発動直前に目を閉じる癖があります。あなた方の癖は学園の頃から治っていないようですね」



「ば……馬鹿な……たったそれだけで僕らの魔法を消し去ったというのか……!」


 淡々としたルークの指摘に3人は目を剥いた。


「たったと言うけど癖というのは時に勝敗を決める大きな要因となりますよ。魔法だってタイミングが重要なのですから」


 ルークはそう言うとアルマを担ぎ上げた。


「待て!バスティール嬢をどこに連れていく気だ!」


 3人が剣を構えて取り囲む。


「ま……魔法を無効化して得意になっているようだが、調子に乗るなよ。こっちには3人いるんだからな」


 ルークを囲んだ3人はそう言うと猛烈な速度で回り始めた。


「これなら癖を見抜く暇だってないだろ!トリナル・トリプルズの旋風攻撃をお見舞いしてやる!」


「すいません、そちらに付き合うつもりはないんです」


 ルークは指を鳴らした。


 その瞬間、3人は動きを止めてクタクタと崩れ落ちた。


 完全に意識を失った、というか深く眠り込んでいる。


「30分くらいで目が覚めると思いますよ」


 そう言い残すとルークはアルマを抱きかかえて歩き去っていった。


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