第6話:ルークの決心

「なるほどね、そういうことがあったんだ」


 イリスがウサギ肉の串焼きを頬張りながら同情するように嘆息する。


 2人はイリスが新しく作った家で食事をとっていた。


「そういうわけです」


 ルークも負けじと目の前の料理を口に運んでいる。


 怪我が回復したせいか恐ろしく腹が減っている。


 伝説に残る魔神なだけにイリスの治療は完璧で、斬られた腕と眼の傷は完全に塞がり、痛みもまったくない。


 それでも左腕と左目が完全に失われたという事実は厳然としてそこにある。


 更には斬られて崖の下に落ちた恐怖によるものなのか、漆黒だった髪が額の一房を残して完全に真っ白になってしまっていた。



「魔法も使えず、叔父に命を狙われ、挙句の果てには不具の身ですからね……命は助かったけどこれからどうしたらいいのか……」


 自嘲するように言ったものの、改めてその事を噛み締めたルークは軽く絶望するのだった。


「魔法が使えない?そんなわけないだろ」


 ルークの言葉にイリスが不思議そうな顔をする。


「だって、ルークが助かったのは魔法のおかげだぞ」


「?それはどういうことですか?」


「ルーク、あんたは左腕と目を斬られた上に嵐の濁流の中に落とされたんだぞ。普通の人間だったらどう考えても助からないって。ルークが助かったのは運のせいだけじゃない、魔法を使ったからだって」


「で、でも、僕は実際に何の魔法も使えないんです!十五歳になった時から”枯渇”してしまって……」


「ああ、それね。それはその傷のおかげだな」


 イリスはそう言ってルークの左腕を指差した。


「人間の身体ってのは強い魔力には耐えられないんだ。だから本能的に魔力の放出を絞っちまうことがあって、ルークがまさにそれなんだよ。それだけ強い魔力を持っていると出力を間違えただけで吹き飛んじまうから身体の方が魔法を拒絶してたんだな。でも左腕と目を切られたことで身体が命を守るためにその枷を開放したんだろうな」


「この傷のおかげ……?」


 ルークは左腕を見つめた。


 確かに失われた左腕の切り口からいつになく魔力の波動を感じることができる。


「落ちたのが川ってのもついてたね。冷たさで血管が締まったから出血多量になることもなかったし。なんにせよルーク、あんたは魔法を使えるよ」


 イリスの言葉は電撃のようにルークの身体を貫いた。


 魔法が使える……一度は諦めかけていた魔法が……


「……どれだけ使えるようになりますか?」


「そうさねえ……ルークの魔力量なら歴代の勇者に匹敵する、いやそれ以上の魔法を使えるようになるんじゃないかな。ま、それも訓練次第だけどね」


 その言葉に全身の血が湧きたった。


 強くなれる……この僕が……。


 ルークの頭の中をアルマとの約束が反響していた。


 いつか彼女と肩を並べるくらいの魔法騎士になってみせる、その約束を果たせるかもしれない。


「お願いです!」


 ルークは床に膝をついて頭をこすりつけた。


「僕に魔法を教えてください!僕はどうしても魔法騎士になりたいんです!それが叶うのならなんだってします!」


「いーよー」


 イリスはあっさりと答えた。


「い……いいんですか?」


「もちろん。久しぶりに人間の弟子を取るのも悪くないしね。それにあんたは素直だし良い弟子になりそうだ」


 食べ終わった串を振りながらイリスが陽気に答える。


「じゃ、これからあたしとルークは師弟の関係だ。あたしのことは師匠と呼ぶように。明日から修行開始だよ」


「はい!師匠!」


 ルークは大きな声で答えた。






 ~そして5年の歳月が流れた~






「本当に行っちゃうのかい?」


 家のドアに体を預けながらイリスがルークに話しかけた。


「ええ、行きますよ。そもそも修行の終了を宣言したのは師匠じゃないですか」


 荷物をまとめながらルークが答える。


「それはそうだけどさあ……なにも昨日の今日で出て行かなくってもいいじゃないか。せめてあと1週間、いや3日でもゆっくりしていったらどうだい?」


「お言葉ですが師匠」


 肩に荷物を背負ったルークがイリスの眼前に立ち上がる。


 5年間ですっかり伸びたその身の丈は長身のイリスをもわずかに超えていた。


「僕は友達と約束してるんです。強くなったら再び会いに行くと」


 そう、ルークはこの5年でイリスも認めるほどの魔法使いに成長していた。


 イリスを見つめるその右目には出会った時の絶望に濁った眼差しは微塵も残っていない。


「修業が終わった今、約束を果たす時が来たんです」


「う……嘘だ……」


 イリスの眼に涙が溢れる。


「ルークはあたしのことが嫌いになったんだ!だから出て行ってもう帰ってこないんだ!」


「そんなことないですってば。出て行くと言っても今生の別れじゃないんですから。また戻ってきますよ」


「嘘だああっ!」


 イリスはルークの胸に飛び込んでおいおいと泣き始めた。


「なあ?いいじゃないか、ずっとここにいたって。2人でずっと一緒に暮らそうよ。あたしと一緒で何が不満なんだ?あたしはルークのためならなんでもするぞ!だから健やかなる時も病める時も喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、あたしを愛し、敬い、慰め合い、共に助け合い、その命ある限り真心を尽くすことを誓っておくれよ~」


「それは結婚する時の誓約の言葉じゃないですか」


 ルークは苦笑しながらイリスの顔を引き離す。


「でもこれだけは約束しますよ。友達と再会したら必ずまたここに帰ってきます。ここはもう僕の家なんですから」


「本当に?」


 涙を浮かべながらイリスが尚もすがりついてくる。


「本当ですよ。師匠には返しても返しきれない恩があるんですから」


「じゃあ……わかった」


 イリスは渋々と体を離した。


「……それで、どこに行くつもりなんだ?」


「まずは王都セントアロガスに行こうと思ってます。友達は王城の後宮親衛隊に所属しているはずですから」


「気をつけるんだぞ。あたしのところにいたというのはあまり口外しない方が良いと思う。特にその眼と腕はなるべく見せない方がいい」


「わかってますよ」


 ルークは微笑むと左腕をさすった。


 切り落とされたはずのそこには黒い長手袋に覆われた腕があった。


 左目は白髪に覆われているがその下には魔力が込められた義眼が煌めいている。


「まあルークの実力だったら誰が相手でも後れを取ることはないけど。それは師匠であることあたしが保証するよ。ただし強すぎる力は時に面倒ごとも引き寄せちまう。特にあんたの固有魔法である《解析》は悪用しようと思う奴も出てくるだろうからゆめゆめ油断しないことだね」


「ありがとうございます。ここまでこれたのは全て師匠のおかげです。師匠がいなかったらこうして友達との約束を果たすことはおろか、こうして生きていることすら望めなかったんですから」


 改めて荷物を肩に担ぐとルークは家の外に踏み出した。


「それじゃ、行ってきます!」


「体には気をつけるんだぞ~!辛いことがあったらすぐに帰ってきていいんだからな~!」


 途切れることのないイリスの声に見送られながら山を下りていく。


 5年ぶりの人界がルークを待っていた。


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