第16話 きっかけ

「先輩、どうすればいいでしょう?」


仕事上がりの居酒屋。遼は新に誘われて飲みにきていた。


「いや、そう言われてもなあ。。」

「先輩葛西さんとよく話してるじゃないですか!紹介してくださいよ。」


話がある、と言われてついてきた遼だったが、新が亜弓と付き合いたいと言い出したのだ。

遼には彩香とセットで酔いつぶれている観る将イメージでしかないのだが、亜弓からは彩香の旦那で将棋の話がつうじる人ということで、オフィスで話しかけられる。

ただし、将棋と彩香の話しかしない。


「亜弓ちゃん、結構難しいと思うけどなあ」

「亜弓ちゃん!?」

「え、営業で庶務してる葛西さんだろ?」

「いや、あってるんですけど。。。なぜに名前呼びなんですか!」

「いやだって、嫁がそう呼んでるから。嫁に話してやろうか?」

「あ、、、いや、田原さんは通さずに、お願いしたいです。。。」

「情けねえなあ、と言いたいところだが通さない方がいいな。うまくいく気がしないわ。」


新はプロジェクトで彩香に結構やり込められており、苦手意識を持っている。

彩香も亜弓に対してくっつけようと協力する気もないことはかなりはっきりとわかっていた。


「そうですよね、というわけで頼れるのは先輩だけなんですよ!」

「そうはいうけどなあ、、亜弓ちゃんのどこがいいの?」

「これだから嫁持ちはいやなんですよ。あの美人をみて、どこがいいって聞きます?」

「美人なのは間違い無いよ。外見だけ一点突破?」

「いやいや、普段はそっけないけど、書類受け取る時に見せてくれる笑顔とか!」

「大丈夫か?その目ははたして笑っていたか?」

「いやいや、笑顔ですよ。笑ってるに決まってるじゃないですか!」

「恋は盲目とはよく言ったもんだなあ。。」


亜弓は美人で、笑顔を絶やさないので人気がある。

ただ、ビジネススマイルを勘違いして玉砕していった戦士たちも数多く存在することは周知の事実だった。


「んで、葛西さん最近フリーになったって噂があるんですよ。今がチャンスだと思うんです。」


彩香から飲み会での話を聞いている遼はフリーになったことを知っている。

ただ、新が亜弓とつきあうことが想像できず、質問した。


「じゃあ、聞くがな。」

「はい。」

「将棋を見る専門の人を観る将という。観るだけで自分はささないんだ。そんな観る将のことをどう思う?」

「なんの関係が?」

「その台詞が出てくる時点でワンアウトだな。」


人差し指をたて、アウトを数える遼。


「いやいや、待ってください。なんでですか。」

「亜弓ちゃんは筋金入りの観る将だ。それ知らない時点でダメだろう。」

「そうなんですか?いや、観る将だったらなんかまずいんですか?」

「で、さっきの質問だ。観る将をどう思う?」

「将棋させばいいのに、って思います。」

「はい、ツーアウト。」


ピースサインにしてアウト2つ目をカウントする遼。


「なんでですか!?」

「野球ファンに野球やればいいじゃん、とは言わないだろ?」

「まあ、そうですね。」

「観る将でも亜弓ちゃんはガチだ。初手でそんなこと言ってみろ。人間としてすら扱ってもらえなくなるぞ。」

「ええ、人としてすらですか。。」

「前の営業の課長が観る将からかった結果、葛西さんの視線がレーザービームになったらしくて、視線の冷たさに耐えかねて移動したってもっぱらの噂だ。」

「わ、わかりました。気をつけます。。。」


何かがまずいらしいがいまいちピンときていない新をよそに、遼は質問を続ける。


「じゃあ、次の質問だ。彼女をデートに誘ったところ、将棋のタイトル戦がある、という理由で断られた。同じような理由でかなりの頻度でデートを断られる。耐えられるか?」

「一回、二回くらいなら耐えられますが、頻度が多いとデート優先してくれないか頼むと思いますね。」

「スリーアウトだな。ゲームセット。」


3本指を立てかと思うと、親指を立ててアウトを宣言した。


「いやいや、将棋の対局って、しょっちゅうあるんですよね。ほとんどデート行けなくなっちゃうじゃないですか。」

「そうだな。そしてデートの時にも将棋の話が一番盛り上がるぞ。」

「え、将棋憶えないとダメですかね?」

「多分な。。。」


亜弓と将棋以外で話さないため、遼には他の方法は思いつかなかった。


「僕、駒の動かし方くらいしか知らないですよ。。」

「うん。無理だな。諦めろ。」

「無理ですかねえ。。。」

「まず、将棋に興味持ってみたらどうだ?興味持てるなら、俺と嫁と亜弓ちゃんと四人で飲み会アレンジできるかやってみるけど。」

「興味持てなくてもアレンジしてくださいよ!」

「おまえ、その場で将棋以外の話題が出ると思うのか?」

「あの、えっと、、、ごめんなさい。」


翌日、遼は新に将棋の入門本を貸し、将棋アプリを何個か教えた。

あゆみとの交際を目標に、新はとりあえずコンピュータ相手に初級編で苦戦している模様だ。

遼は、よくよく考えると亜弓が将棋させる人に惹かれるとは限らないという事実に気づいたが、将棋普及のために新には何も言わなかったようである。

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