第13話 ただ捨て

定時で上がった彩香は亜弓に誘われて、久しぶりに居酒屋に来ていた。


「彩香さん、あれは痺れましたねー!」

「どの話?」

「4一銀ですよ!ただ捨て!神の一手ですよね!」


前日、最年少記録を次々と塗り替えていく若き天才棋士が放った一手である。

全国メディアでも大々的に取り上げられ、お昼のワイドショーでも放送されていた。


「あー、あれは確かにすごかったわ。でも亜弓ちゃん、何がすごいかわかってないんでしょ?」

「雰囲気凄いからいいんですよ。解説の人も驚いてましたし。」

「私よりわかんないのに私より興奮してる亜弓ちゃんこそすごいよ。。」

「打った瞬間にトレンドワードになってましたよー。彩香さんはあの手はわかったんですか?」


彩香はたまたまその局を遼と二人で盤面作ってみていた。

感動と同時になんでこんな手が思いつくんだろうと不思議に思っていた。


「わかるわけないわよー。旦那と見てたんだけど私もなんでいい手なのかわかんなかった。」

「あーいいなあ。彩香さん、しれっと惚気ないでくださいよー。」


急に話の方向を変える亜弓。

亜弓は彩香の結婚式にも参加しており、遼のことも知っている。

将棋夫婦誕生した時に一番祝福していたのも亜弓である。


「これ惚気?二人で将棋盤出してやいのやいの言ってただけよ?」

「共通の趣味だと強いですねえ。。私も良い人いないかなあ。」

「あれこの前の彼氏はどうしたの?」

「別れました。」

「そりゃまたなんで。」


彩香と亜弓が1ヶ月ほど前に話した時、亜弓には付き合っていた彼氏がいた。

将棋好きの彼氏ができたということで、楽しみにしていたようだった。

グッとレモンサワーを飲み、くだをまきだす亜弓。


「聞いてくださいよ。将棋が好きだって言ってたんで、私の趣味も理解してくれるかなーって思ってたんです。そしたら将棋教えるから憶えろって言って本読めって強制してきたり、将棋見てても解説するんですよ。心持ち上から目線。」

「うわーそれは。。。」


相槌がてら飲む彩香。


「いやですよねえ!極め付けがドライブ中に将棋見てたら、スマホとって、俺とのデートの時はスマホ見るのやめろよ。って。」

「子供のゲーム扱いね。。」

「その日は将棋見るから出かけられないって言ってたのを無理矢理連れ出したのあっちですよ!振り飛車党の総帥がタイトル取れるかって言う一戦なのに!」

「えええ、あのタイトル戦?それは観たいわよね!」


振り飛車を指す彩香もかぶりつきで見ていた一戦だ。

亜弓も彩香もそんなに酒が強くないのだが、結構良いペースで酒が減っている。

同時に、二人ともかなり出来上がってきていた。


「そう言ったら、振り飛車が何かも分かってないのに観てて面白いのかよ、って言われたのでもう無理!」

「そんなやつ振って当然だー!」

「しかも、その雰囲気のままホテル行こうとしたんで、車止めさせて、スマホとりかえして、『私飛車は振れないけど、あなたは振れる』って言って車から降りてやりました。」

「よく言ったわ!」

「そしたら、そのまま車で帰っちゃったんですよ!置いてきぼりでした。」

「振ったら捨てられたんだ。」

「ゴミの一手ですよ。」


二人は顔を見合わせて笑った。

その後もかなり飲んだ二人は自力で帰宅するのを諦め、遼に連絡。遼は車で亜弓を送り、彩香を連れて帰った。翌日二日酔いの彩香は、遼に飲み過ぎたことをこってり絞られた様子である。

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