第11話 観る将
「はあー。。。」
葛西亜弓がスマホを覗き見て深く溜息をついていたのは、遼と彩香が勤める会社のオフィスである。
亜弓は彩香の営業部門に派遣社員として来ていて、庶務を担当している。
「亜弓ちゃん、どうしたの?」
彩香が声をかけた。
彩香は亜弓の3つ歳上で、タイプは全然違うのだがなんとなく馬が合うので仲良くしていた。
「彩香さーん!」
「ど、どうしたの?」
「聞いてくださいよ!」
「。。。待って。仕事の話じゃ無いわよね?」
確認する彩香。
彩香の経験上、亜弓は仕事では悩まない。
柔らかい雰囲気の亜弓だが、日頃から仕事はお金のためにやるものだと言いきっている。
仕事は早く正確で、どんなに忙しくても定時で来て定時で帰る。
残業したくないので正社員にならないと言い放つ徹底っぷりだ。
「そうですよ?」
「。。。だよね。ちょうどいい時間だし、ランチに行かない?」
「いいですね、行きましょう。」
オフィス側のパスタ屋に移動して、ランチセットを注文。
食後のドリンクがついているので話がある時はこの店に来ることが多い。
パスタを食べ終わって、彩香が切り出す。
「で、亜弓ちゃんどうしたのよ。ため息ついてたけど。
「そう、それなんですけど、困ってるんです。どちらを選べばいいのか。。。」
顔を伏せる亜弓。
聞いた途端、呆れた表情をする彩香。
「まだそれ続いてるの?」
「私にとっては重要な問題なんですよ。。。」
言いながらスマホを机の上に置いてロック解除する。
そこでは美味しそうなお昼ご飯が紹介されていた。
「そうよね、今は昼ごはん休憩よね。」
「あー、なんでご飯食べてるところは中継されないんですかねえ。」
「いや、将棋の中継だからねえ。」
「お昼ご飯食べてるところ見たいんですけどね。。。」
ため息をつく亜弓が眺めるスマホに流れているには将棋のタイトル戦の中継。
30歳の眼鏡が似合う落ち着いたタイトル保持者に対して、10代の天才と呼ばれる棋士が挑む話題のシリーズである。
長い試合になると、ご飯休憩が入る。対局は昼食休憩の時間だった。
彩香も対局気になっているので、仕事中もちょいちょいスマホ覗きもしていたが、昼休憩中はあまり見ていない。
「いや、お昼食べてるところも中継されたら落ち着かなくってしょうがないわよ。」
「そうですよね。あーでも本当どうしよう。。」
「もう決めちゃいなよ。」
「簡単に言わないでください!あー、クール眼鏡と初々しい天才とか選べません!!」
亜弓はいわゆる観る将である。
ただ、将棋自体にはあまり興味がなく、将棋を指している棋士達を観るのが好きという変わり種である。
先日から亜弓は、彩香にどちらを応援すれば良いのかわからない、とこぼしていた。
「わたしはもうちょっと歳上の先生がいいんだよね。」
「彩香さんはおじさん派ですもんね。」
「いや、おじさんが指している姿だっていいでしょ!」
「もちろんいいですけど、今はそれどころじゃないんですよ!」
わいのわいの言いながらたっぷり1時間以上話し込んでオフィスに戻った二人。
後程、亜弓は「選べないので両方を応援することにした」と彩香に宣言し、おおいに呆れさせたようである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます