第6話 映画館の席
「久しぶりに映画が見たいよね。」
「奇遇だね、あやちゃん。」
「当然、この映画よね。」
彩香がスマホで見せたのは、上映が始まっている映画。
幼くから難病を患っていて若くして亡くなった天才棋士の波瀾万丈の物語。
人気俳優が主人公の棋士を演じるために20kg増量したことでも話題になっている映画だ。
「うん。見ないわけにはいかないな。明日の仕事上がりにしよっか。」
「いいわね。ネットで予約できないしら。」
スマホで検索する遼。
「最近映画見てないからわかんないけど、、あ、予約できそう。」
「席空いてる?」
封切りから少したっていることもあり、真ん中から中心に4分の1程度が埋まっている。
「そこそこ埋まってきてるけどまだ結構空いてるね。真ん中ら辺でよい?」
遼のスマホを覗きこんで彩香が指さす。
「一番前の真ん中がいい!」
「えー、首痛くなるじゃん」
「えええ。せっかく映画館に行くなら一番前で臨場感味わいたいじゃない。それに真ん中混んでるから嫌なのよ。」
あまり納得できていない遼。
大きい映画館で首痛い上に、アクション物でもないので臨場感も何も、と首を傾げる。
「うーん、たしかに真ん中は結構混んできてるけど、、一番前は攻めすぎじゃない?」
「前のひと気にしなくていいし。一番前がいいよ。」
「じゃあ、いつも通り決めますか。」
結局いつも通りの戦いで決着をつけることになった。
「オーケイ。時間は15分30秒でいいわよね?」
「了解、そうしよう。」
それぞれ15分を持ち時間として、持ち時間がなくなったら一手30秒以内に指すと言うルール。
プロの将棋ではまずない短時間のルールだが、一般的に指される将棋では長めの時間設定と言える。30分で終わらずに下手すると1時間くらいかかる可能性もあるのだ。
ただ、二人の対決では急いでなければ、割とこのルールが選択される。
「「よろしくお願いします」」
先手遼、後手彩香。
いつも通り、遼が居飛車で彩香が振り飛車で進む。
序盤はサクサクと進み、中盤。
どちらかと言うと守備型で、慎重な将棋を指す遼がいつもより早いタイミングで仕掛ける。
「あれ、このタイミングで仕掛けてくるの?うーん、どうしよう。」
「ちょっとね。今日はしっかり攻めたい感じなんだよね。」
「辛さと粘りとか言ってた人がよく言うわ。」
かなり激しい攻撃で彩香の玉に迫る。
彩香もなんとか攻撃をしのげないか、必死に考えている。
「きっついわ。どうだろ。」
「んーーー。」
お互い持ち時間を使い切り、一手30秒以内に指す30秒将棋になったころ、彩香が王様の逃げ道を発見。遼の陣地に向かってスルスルと逃げ始めた。
「あちゃあ。。。」
唸る遼。敵の陣地に王様が入り込む、いわゆる入玉をされてしまうとかなり捕まえづらい。
将棋の駒は前に進む駒が多いことや、敵の陣地だと歩などの駒が一瞬にしてと金になるなどが理由だ。お互い入玉した時は、持っている駒に点数つけて判定勝ちするルールが整備されているほどだ。
結果、ちょっと無理な攻めだった様子の遼の駒を交わして、彩香の王様は遼の陣地の一番奥、最前列ど真ん中まで到達した。
「よっし、トラーイ!」
ローカルルールとしてトライルールというものがある。王様が相手の王様が最初にいた位置に到達すると勝ち、というものなのだが、ふたりのあいだでは採用していない。
ただ、もう遼の陣地は彩香の駒たちであふれており、逆転の目はないことは明白だった。
「だめか。。まいりました。」
「「ありがとうございました」」
遼が投了。
「いや、あの攻めびっくりした。どうしたのよ。」
「映画の主人公の先生の棋譜見てたらさ、なんか攻めたくなってしまった。」
今更だが、将棋指しはプロの棋士のことを先生と呼ぶことがある。
直接教えてもらったことがなくても、自分より年下だとしても先生である。
「まぁ、おかげで私も滅多にやらない入玉しちゃったわ。最前列ど真ん中まで到達できたわね。」
「完全に逃げ切られちゃったなあ。」
「映画館も最前列でよろしく。」
「あ、そうか。了解。」
結果彩香に勝利に終わったため、映画館は最前列で予約された。
翌日、映画館で最前列で映画を見た二人だったが、彩香がマジ泣きし、遼は周りに人が少ない最前列で本当に良かったと胸を撫で下ろすのであった。
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