第4話 醤油かソース
ある土曜日の朝。
「朝ごはんできたよー」
「ありがとう、お、今日は珍しく洋風だ。」
彩香が朝ごはんを作って遼を呼んでいた。
食卓にはトースト、サラダ、目玉焼きにベーコン付きのベーコンエッグ。
「たまにはいいわよね。」
「昨日テレビで見た時からトースト食べたい気分だったからよかったよ。」
「あ、やっぱり。私もだったんだ。だから今日は目玉焼きにしておいたよ」
目玉焼きをトーストに乗せて食べるアニメを金曜日の夜に見ていたらしい。
「さすが、あやちゃん。できる嫁だわー。」
「でしょでしょ。さあ食べようよ」
ふたりで食卓について手を合わせる。
「「いただきます」」
「うん、こういうので、いやこういうのがいいんだよ。」
「わたしにはこういうのがお似合いよね」
和やかに朝ごはんが進む。
しかし、火種というのは思わぬところに転がっているものだ。
「さて、目玉焼きといえばかける調味料の話になるわよね」
「そうだね、醤油とソースが二大巨頭かな。」
「そうよね。そういえばうちではあまり目玉焼き食べてないから気にしてなかったんだけど。りょーくんはどっち派?」
「俺はソースだよ」
「え?」
時が止まる。
「いや、だからソース。」
「そう。そうだったのね。」
空気が張りつめる。
「あやちゃん。。まさか。。。」
「そうよ。私は醤油の女よ。まさか醤油顔の癖にソース派とはね。」
「ちょっとそれは言いがかりも甚だしい。。。」
「まあ、ご飯食べてから決着をつけましょう。」
「了解」
和やかな空気が一変し、戦闘モードに入っていそいそと朝ごはんを食べる。
ちなみに二人ともトーストに目玉焼きを乗せてお互いの好きな調味料をかけて食べ切った。
「「ごちそうさまでした」」
食器を流しにあげ、将棋盤の前に二人が座る。
「さてはじめますか」
「今日の勝利ご褒美はどうすんのさ。流石に目玉焼き醤油派に転向しろとかはやだよ」
「わかってるわ。単純に誇りをかけた戦いよ。今日の昼ごはんと夜ご飯ってとこかしらね。後時間ないから5分切れ負けね。」
「了解。受けてたつ。」
5分切れ負けというのはお互い5分の持ち時間で戦うルールで10分以内に決着がつく高速ルールだ。
チェスクロックを5分切れ負けに設定し、振り駒して先手後手を決める。
「「よろしくお願いします」」
先手は醤油派彩香。
お互いに角道をあけると言われる手。王道の出だし。
次の彩香の一手。せっかくあけた角道を塞ぐ形で桂馬がジャンプした。
「んなっ。。鬼ごろし!?」
「ふふふ。。さあさあ時間ないわよ?」
鬼ごろし。独特の出だしで鬼をも殺すと言われる破壊力からこのような名前がついた戦法。
将棋の中でも最も有名と言っていい奇襲戦法で、いわゆるハメ手である。
防御側が間違えると一瞬でつぶれてしまう。
プロ同士の対局では正しい守り方を知っているのでまず使われないが、アマチュア同士では成立することも多い。守り方を知らない人も多いからだ。
特に短い持ち時間の将棋で、この戦法の選択はえげつないといっても良い。
しかし。
「あやちゃんさ。」
「なによ。」
「この前一緒にプロの先生が鬼ごろしの解説する動画見たばっかじゃん。」
「だから覚えたのよ。」
「あの動画、最後解説で正しい受け方の説明やってたじゃん。」
「。。。え?」
「興味あるとこだけ見るのあやちゃんらしいけどさ」
言いながらスッとソース遼は右の金をまっすぐ前にあげる。
「これで基本的には受かってるはずなんだけど。」
「んと。。。あれー。。。?」
混乱する彩香。
3分後。
「ま、まいりました。。。」
「「ありがとうございました」」
勝ったのはソース派遼。
序盤で心が折れた醤油彩香は最後までグダグダした展開で遼の圧勝だった。
「そんな、、、将棋アプリでも上手くいったのに、、、」
「いやだから解説一緒に見てたから。」
遼は棋書にしても動画にしても結構ちゃんと見て記憶している。
鬼ごろしみたいなハメ手で負けるとすごい気分が悪いので真剣に見ていたのも幸いした様子である。
まあ、嫁が仕掛けてくるとは全く予想していなかったようだが。
「鬼ごろしなんてたいそうな名前ついてるのに。。。」
「なんか、鬼ごろしの発展系もあるみたいだよ」
「。。いいわ。鬼ごろしはやめる。奇襲に頼ってちゃダメってことよ」
「その意気その意気。それはそれとしてご飯よろしく。後目玉焼きはソースって事で。」
「それは許せないんだけど、、敗者には語る権利ないわね。」
負けてしまえば役目を果たすのみ。敗者の勤めを粛々とこなす彩香なのであった。
ちなみに目玉焼きにソースなんて、、とぶつぶつ言いながらお昼に焼きそば目玉焼き乗せ、夜にロコモコ丼を作って遼に呆れられたようである。
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