第2話 動画と棋書
いつも通り対峙する二人。
「あやちゃん、まさか。。。」
守りを固め、鉄壁の要塞を築こうとしていた遼は彩香の布陣を見て呟いた。
「ふ。同じ手でいつまでもやられている私と思って?」
不敵に微笑む彩香。いつもとは違う。
構えていない。いや、正確にいうと構えてはいるのだが守りを固めていない。
その布陣をみて遼も彩香の意図を悟った。
「なるほどなるほど、俺の鉄壁の守りに対してそのシステムは有効かもしれん。。。しかしな。」
「何よ。」
「そのシステム、あやちゃんに使いこなせるのかな。」
「ぐっ」
彩香が呻く。彩香が使おうとしているシステムは鉄壁の要塞を攻略するために作られたいわば攻勢プログラム。しかし、あまりにもピーキーなシステムゆえに使いこなせるものは少ない。
「僕らの力じゃそれは手に余るシステムだと思うのだけど。何回か試して無理だったじゃない」
「りょーくん、それは甘いわ。某所限定の最大コーヒーくらいは甘い。」
懐疑的な目で見る遼に対して彩香が再度不適に微笑んだ。
「そ、そこまでか。」
「時代は変わったのよ。昔とは違う。」
「どうかな。。まあ結果が全てを物語るだろうよ。」
「そうね。このシステムを用いた時点でもう最終局面。やるかやれないか!よ。」
彩香が吠えて、直後にシステムによる猛攻が始まった。
数分後。
「まいりました。。」
「よっしゃああああああ!!私の勝ちいい!!」
「うええ、潰された。。。」
「「ありがとうございました」」
彩香が高いテンションで吠えていた。
「やった、やったわ。ついに◯井システムを使いこなしてやったわ!」
「ちょっと終盤怪しかったけどねえ」
◯井システムとは◯井先生が鉄壁の居飛車穴熊という戦法を攻略するために開発された将棋の戦法のことである。将棋の棋士の名前が戦法名として定着するほどの画期的で独創的な戦法で、指しこなすのが難しいので幾多のアマチュア棋士が挑んで使いこなせなくて、と繰り返しているような戦法だ。
「うるさいよ、受けるのが難しいのもいいところでしょ」
「まぁそうだね。。これハマるとすごいあっさり負けるなあ」
二人の棋力はアマチュア初段レベル。
一般人からすれば強いが大会に出て成績を残せるほどではない。
当然、お互い間違ってしまうので、難しい形にすれば必然間違う可能性も高い。
ただ、この位の棋力だと将棋の勉強をそれなりにしている、したことがあるため、勉強している形に持っていけばあっさりと勝負がつくこともあるのだ。
「なんか言ってたっけ?システム使いこなせるの?とか。」
「いやでも驚いたわ。勉強したん?」
「それはねえ。。すごいのよ。◯井先生がシステム解説している動画が動画サイトに転がってんのよ?」
「ほおおお」
みんな大好き動画サイト。
一昔前前であれば将棋は身内で打つか、道場に行って指すしかなかった。
今では将棋アプリもあれば動画サイトでプロが動画を投稿している時代なのである。
そういえば最近コソコソと動画をよく見てたなあ、と思った遼に対して彩香が続ける。
「しかも、ただよ、ただ!棋書一冊にお金かけていた時代からは変わったわよね。」
「そうだねえ。でもさ。」
「なに?」
「今日の勝利ご褒美って好きな棋書相手に買ってもらえる権利だったよね?」
本日の対戦の勝者は敗者から棋書一冊買ってもらえるという条件の対局だった。
二人の対戦はどちらかが条件を提示してそれを合意したらバトルスタート、という流れになっている。
お互い欲しい棋書があったため、彩香の提示に対して遼が合意して対局されていた。
「そうよ?」
「動画でみれるならいらないんじゃ。。」
「本気で言ってるの?動画は動画、棋書は棋書よ。別の良さがあるんだから当然いるわよ!」
「まあそうだね。。で、何の本にするの?」
そういう遼は棋書派で本棚に棋書が並んでいる。棋書を読んでじっくりと考えたり詰将棋の本を読んだりして強くなってきた。結局使いこなせない、うまくいかない本も多数あるが紙で読むと落ち着くタイプだ。
「決まってるわ。◯井システムの本よ」
「え。。。いや動画でマスターしたんじゃ。。。」
「マスターできるわけないじゃない。一手で世界が変わるのが将棋の世界よ。もっと深淵までぶっ込まないと。」
対する彩香は動画でも棋書でもなんでもこだわらない。実戦重視で暇さえあればアプリで対局している。勉強が苦手なのだが面白そうな戦法があると飛び込んでいく。ただ、飽きも早い。
「いや、でもさ。。」
「自分が使えない戦法だからってグダグダ言わない。ほれ、ポチろうポチろう。」
基本的な戦法が違うため、◯井システムは遼には使いこなせない。
ただ、読み物としてというのと敵を知るために相手の戦法を理解することも大事だよね、と半ば自分を納得させるように遼はうなづいた。
「わかりました。」
通販サイトで購入。
この後、届いた棋書は、少し読んでブームが去った彩香から遼に渡され、彼の書庫のコレクションとなる。このことをこの時点では、二人ともうっすら予想しているが誰も知らない。
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