キミノミルバショハ

坂本

ススムカコ

あるところに、若き小説家がいた。大人には書けない文面、子供だからできること、その小説家は一世を風靡した。


ー5年後ー


「かぐらちゃんおはよ」

「うん、おはよう」

2018年、8月、夏

私は昔少しだけ有名だった。小説家として。名前はちがうけど、そこそこみんなに知られてた。5年前までは。

私は小説を書けなくなった。社会に対する不満も、子供のファンタジーも、低い目線から眺める景色も。

何も書けなくなった。

ペンを握っても、紙に触れても、頭は白々で空っぽ。子供の頃にあった全てを拾うアンテナは既に錆きってしまった。勉強はそこそこできるから公立の"普通"の高校に通っている。"普通"の高校生。

友達はほぼ居ない。強いて言うなら幼なじみの結羽(男)がずっとついてくるぐらい。

すごく充実した生活。複雑な人間関係もなく。

ただご飯を食べて。

寝て。

学校へ行く。

以上。

それでいい。それがいい。


8月は終わり、少し暑さを残していった9月。スマホには久々には見覚えがある名前からメールが来ていた。昔の担当編集者だ。

「久しぶり。今は小説は書いてないようだね。そんな人に言うことじゃないかもしれないんだけど、もう1回小説書く気はない?」

突然の連絡に少し驚きつつもすぐに返事をタップした。

答えは否だ。

「すいません。今の私には書けません。ところで急になんで私なんかに?」

そう返信して、何食わぬ面して机に向かって授業を受けた。

授業が終わり、身支度をしているとスマホにメールが入って来ているのに気がついた。

「実はね、今僕の会社は大きな看板がなくて、来年大きな賞を取らないと…まあ…ね」

ああ、そういうことね。

私が小説を書くってなったら話題性で賞を取れると考えたってことか。

「そうなんですか。すいませんが他を当たってください。それでは。」

別に書きたいわけじゃないが、書いていた頃と楽しそうな自分を思い出していたらその日はうまく眠れなかった。


翌朝、目の下に青さを浮き出しながら学校へ向かった。

「ごめん遅れた、おはようー!」

「ああ、結羽おはよ」

幼馴染の青羽根優羽だ。

「あれ元気ない?」

「いいや、寝不足」

「ふーんそっか。」

うん。まあ、元気はある。多分、昨日のメールの文面が頭から離れないのだろう。 

そう考えていると無意識に口から溜息が漏れた。

「はあ…」

「やっぱり元気ないよね?何があったの?」

「なんかあったってわけじゃないけど、小説をもう1回書かないかって」

「え!?かぐらが書くの?」

「いや、書かないよ?」

「あ、うん。そっか。」

嗚呼、そうだ。わたしには小説をかく権利も資格も覚悟もない。



私が小説家として話題になった理由は、小学生ながら突飛した文章力。価値観。

それだけでない。

肌は白鳥のように白く、目は琥珀のように透けて輝いていた。

自分で言うのもあれだけど、要するに容姿が優れていた。

当時は"可愛すぎる小説家"として話題になった。だから文で惚れたのでなく、容姿でファンも着いた。それは良いことばかりではなかった。フェミニストの盛りのついたオスが家の前に来たり、小学校まで来ることもあった。そんなある日、私が学校から出るととても汗ばんで息の荒い男が「れんちゃんだよね?」と笑みを浮かべながら近づいてきた。"れん"は私のペンネームだった。

「学校ではかぐらちゃんって言うんだね」

私は初めての出来事に声が出なかった。

というより出せなかったのであろう。

「いつも君の近くにいるのに、君は気づいてくれないの?」

怖い。怖くてたまらない。

「すいません。、」

「なんで謝るの?僕のお家に来てくれない?」

「ごめんなさい、無理です」

「は?れんちゃんは僕のものだよ?れんちゃん?」

「やめてください!」

掴まれた腕を小さな手で振り払おうとした。だけど大人は当時小学生の私に予想がつかないくらい強い。

「じゃあ僕と一緒に天国へ行こう。」

そう言うとポケットからナイフを取り出し、私の脇腹を掠めた。騒ぎに気づいた教員がそのオスを取り押さえた。

その瞬間争った教員の首元にナイフが掠れ噴水のように血液が吹き出した。真っ赤だった。驚くほど赤かった。

飛び散った血液は生命が薄れるのを感じさせるようにひたひたと流れ出し、黒くなっていった。それと同時に教員の目から光が消えていき、自分の脇腹から流れる血液なんか気にしてるすきも、余裕もなかった。幼すぎた私にはその無惨と言っていいほどの光景が脳裏に貼りついて剥がれなかった。


その後卒業まで学校へは行かず、私は中学校入学と同時に転校した。



俺には幼馴染がいる。

幼馴染って言っても中学1年のときに出会った女の子だ。

親の転勤で小学校卒業と同時に滋賀から東京へ引っ越した。馴染めなかった俺はすぐ"いじられ"の対象になった。周りより体も身長も一回り小さく、目が大きかった。女子みたいと転入直後に女の子と仲良くしたせいか女子トイレの個室に閉じ込められたり。体育の終わりに服を隠され、スカートが置かれてたり。そんないじりがヒートアップしていきある日、男子トイレに引きずり込まれ服を無理やり引き剥がされ数人の男子が俺を犯そうとした。

「え?」

その中には担任もいた。

担任はズボンを膨らませ不適な笑みで口を抑え、それをいいことに周りの男子たちは俺の体を触った。

涙は出るのに声が出なくて、心のなかで死ぬほど叫んだ。最初はいっぱい助けと叫んだが、呪うべきはこんな男子じゃなくて自分の不遇さなんだとおもってしまった。

死にたい…。

「ドン!」男子トイレの扉から大きな音がして周りが静まり返った。

扉には箒が咬ませてあり開かないようになっていた。

その男子たちは一瞬驚いたがそんなことはお構いなしに服を引っ張って脱がし、担任に腕も抑えられ諦めかけた瞬間「バン!」さっきより大きい音が男子トイレに響き渡った。担任が「今修理中なんだ、ごめんけど他の階のトイレ使ってくんないかなー」と嘘を吐き捨てた。

扉越しに高く透き通った声で「あーそんなんですかーわかりましたー」と返事が聞こえこの時しかないと「助けて!」と叫んだ。だか足音は離れて行き思いは無惨に散った。

担任が笑いこう言った。

「俺がなんで教師になったかしってるか?俺は昔いじめられてたからな、だから仕返しに生意気なちびのガキを犯してやるためなんだよ。それに女子なんて優しい一言で処女の1つや2つくれるからさ、風俗なんかに金使わなくても、ピチピチの中学生おかせるんだぜ?笑。恨むなら弱い自分を恨めよ?俺もそうだったし、俺はこうして強くなったんだから笑。」

それを聞いて周りの男子も笑っていた。

怖さと苛立ちと自分の無力さと情けなさで打ちのめされて、もう犯されるのを覚悟した。

タッタッタタッタッタ遠くからどんどん走り足が近づいてくる。その瞬間バーーン!と扉が吹き飛んだ。そこに立っていたのは当日12歳のかぐらだった。そのときのかぐらはとなりのせきだったが周囲の人と距離を置いており話もしなかった。そんな人が俺の目の前に立っていた。

「き……ろ」

小さい声でかぐから囁く

それをかき消すように担任が叫ぶ

「は?もうちょい大きい声で喋ってくれないか?かぐら。てか、これ見ちゃったしお前も犯すかー。こんな美少女犯せるなんて前世で徳をツミツミしまくったんだなー笑」

神楽「青羽根。泣いてるよ。服も破れてる」

担任「当たり前だろ、お前も青羽根も今からまわすんだから笑」

神楽「そうですか、じゃあ…」

担任「なにいってんだ」

そういうと神楽の襟元を掴み服をはごうとした。

神楽は担任の腕をつかみ手を噛み砕いた。

担任は惰性をあげた。

「やるんだったらやられる覚悟もないと駄目です。」神楽はそういうとスカートのポケットから録音機を取り出しこういった。

神楽「これは録音機です。会話の内容はすべて入ってます。貴方が次の職場にうつったらその職場に送りつけます。結婚すれば奥さんにも送りますし、勿論子供にも見せます。ああ、あと先生のお母さんにも見せます。」

担任「は、は?くだらないこと言ってんなよ?どう足掻いたって力で負けるから意味ねえんだよ!」

神楽「人はさっきよんであります。もうじき他の先生が来ます。それでも犯したいならご自由にどうぞ。」

担任「え?あ、許してくれ。冗談だったんだ。俺若いからさこういうのよくするだけでさ、本当にはしないんだよ。だからその録音くれないか?」

神楽「わかりました。」

担任「流石優等生は物わかりがいいね」

担任は神楽に寄り握っている録音機を取ろうとした。

神楽「あんたみたいな…」

担任「え?」

神楽「あんたみたいな盛りのついた野郎のせいで人は簡単に崩れる。今まで楽しかったことがすべて茶色く汚く見える。追ってた夢や目標が遠のいていく。教える側の人間がなにしてやがんだこのろくでなし!非力な子供を餌にして、何をしてんだよ!この録音機はくれてやる。だが証拠はこれだけだと思うな?一生呪ってやる。お前の家族も、将来の妻も子供も不幸にしてやる!そこの見てる男子もだ!親にばらしてやるからな!だから孤独に死んでろ汚物どもが!」

担任は汗をダラダラとあせをかき逃げる様にさってゆき、男子たちも足早に逃げていった。

「ありがとう助けてくれて」

俺は汚い床に腰を抜かしていた。

「助けたんじゃない。あーいう奴らが気に食わないだけ。あとこれ録音機。あれはただのリモコン。こっちが本命。君は親や先生にバレるのが嫌そうだったから先生はよんでない。もしなんかあったらその録音機好きにして。」そう言い神楽は自分のジャージを俺にかけていった。神楽が過去に何があったのかは知らない。だけどすごくかっこよかった。

過去に辛いことがあったのなら俺がそうさせないように守りたい。そう思った。




優羽と一緒に帰っている途中に珍しい自動販売機を見つけた。色んな種類のお汁粉が売っていた。

「私お汁粉好きなんだよね」

「9月のお汁粉はキツイだろ」

「それがいいんだよ」

神楽はそう返事をいうとさいふをだして小銭を探り出した。

「俺が奢るよ」

「申し訳ないから大丈夫」

「カッコつけさせて!今日元気ないし」

「ありがとう」

熱いお汁粉を持ち公園のベンチまで走った。

少し気まずい雰囲気が流れてあんこの甘い香りが顔にムクムクと邪魔をしてくる。8月に伸びきった雑草があちらこちらに顔を出していた。

「かぐらさ、本当は小説書きたいんじゃないの?」

「…かけない。」

「そっか。」

熱そうに手の上でお汁粉を弾きながらまた気まずい時間がながれた。優羽は何かを決めたように前を向きながら喋りだした。

「俺、歳が結構離れた兄貴がいてさ、クールなんだけど凄く優しくて、かっこよくて、困ってる人を助けるんだよ。だからそうなりたいってずっと思っててさ」

私は優羽に兄がいた事を知らなかった。少し驚いたが質問を返した。

「お兄さんいたんだ、知らなかった。」

「まあ…、話してなかったからね」

「歳が離れてるってことは今は社会人?」  

「…死んだよ。」

私はそのときは初めてこんなにも寂しそうな優羽を見た。

「そうだったんだね。」

「うん。話してなくてごめんね、帰ろっか」

「そうだね」

優羽の家はとても裕福で優しいご両親もいて、そんな過去を抱えてるなんて思いもしなく、気付けなかった自分を疎ましくおもった。


翌朝。

ピーンポーンと家のチャイムがなり下に降りるといつもどおりニコニコした優羽がいた。

その笑顔でこっちを見ると「おはよ」と挨拶を投げて、いつもどおり「おはよう」とかえす。

「今日俺生徒会の手伝い頼まれててさ、一緒に帰れないかもしれない!すまん」

「全然いいよ。生徒会も優羽のこと好きだね。いつも頼まれてるし、無理しないでね」

「余裕のよっちゃんに決まってるじゃん」

「古くない?」

「そう?まあ、俺は困ってる人を助けるのをモットーに生きてるからね!」

「アンパンマンみたいね」

「仮面ライダーだろ」

他愛もない話をしながら学校へ向かい、教室の扉を開けた。

ザワザワとしていたのが一斉にこっちに視線が集まった。1秒の沈黙の後私をジロジロと舐めながらひそひそ話を始めた。

小学生の頃を思い出し目が揺れ、手の震えが止まらなかった。

「かぐら?」

優羽は私に心配そうに声をかけ、教室を見渡して、異変に気づいた。その時一人の女の子が大きい声で言った。

「"美少女小説家の現在。悲惨な事件が起き小説家人生を絶たれた 海風 れい の今。写真付き"これあんたでしょ?」

「」

「どうにかいいなよ」

その瞬間優羽が私の前に背を向けて立った。

「なに言ってんだ、こいつはかぐらだわ。」

「はぁ?この写真どう見てもかぐらちゃんでしょ。どうせ有名だからって学年で一番高身長でイケメンの優羽くんを独り占めしてたんでしょ。舐めんのも程々にしなよ。」

「その言葉そっくりそのままお返しするわ。かぐらに干渉すんな」

「ちぇ、ロミジュリかよ」

優羽は凄く強い。芯があって真っ直ぐだ。感謝している。でもそんな真っ直ぐな優羽を見るのが辛くなる自分がいる。私の小説が人を殺したって知れば正義感の強い優羽は離れていくだろう。そんな後ろめたさをいつも抱えながらワタシは優羽に笑い返している。

だからこそすごく申し訳ない

ごめんね。


「かぐら、落ち着いた?」

「うん、さっきはありがとう」

さっきの教室は抜け出して誰も使わない錆びた非常階段

「暇だよな、あーゆー奴ら」

「…。」

錆びた階段は少し鉄臭くて、頭が痛い。

「優羽はさ、私に何があったとか、その…事件とか…気にならないの?」

「全く気にならないかって言われたら、そりゃ気になりはするけど。聞いても何も変わらないでしょ」

出会ってからずっと優羽はずっと気を使っていた。私に何があったとか一番近くにいるのに一番知らない。

「前見ちゃったんだけど、かぐらはさ、基本本よまないでしょ。でも前俺が委員会で遅くなって図書室よっていったとき、楽しそうに読んでるのを見ちゃったんだ。その後すぐ本を閉じてしゃがみこんじゃってたのも全部」

「だから何」

かぐらは弾き返すかのごとく強く優羽にあたった。

「小説に触れたかぐらはすごく楽しそうで、俺はかぐらに小説を書いてほしい。あんなに幸せそうな顔初めて見たから…何も知らないのに変なこと言ってごめん。わすれて。」

「私には書く権利がない。」

「権利なんて誰にでもある」

真っ直ぐな目でこっちを見つめないで。そう心でつぶやいた。

「何も知らないくせに…」

「何も…何も知らないけど、かぐらにとって一番の幸せが小説なのはわかる。」

「やめて…」

「かぐらは幸せになる権利がある」

「やめて。」

「だから小説を書いてほし…」

「やめて!私に呪いをかけないで。」

「ごめん」

耳を覆っても頭に響く。小説という単語。私にとったら呪いでしかない。

沸きだした鍋のように一気に目から涙が沸いて落ちていく。

「かぐらに幸せになってほしくて…

前、兄貴の話ししたでしょ。俺の兄貴は俺が小6のときに人をかばって死んだんだ。親は離婚してて、兄貴は母親について行って、母は厳しかったから連絡先も置かないで別れた。兄は優秀だったから立派な教師になってた。でも、生徒が襲われそうになったらしくて取り押さえようと揉めて刺されたんだって…。まあ、父親から詳しく聞けてはないんだけどね。俺が好きな人はいつも幸せか遠ざかってく。だからかぐらには幸せになってほしくて…」

額から冷たい汗がドクドクとつたってくる。

心音がどんどんと大きくなっていった。


私が殺した教師って優羽の…


「かぐら?大丈夫?顔色が真っ青だよ

体調悪い?」

「大丈夫。先教室行ってて。私トイレ寄りたい」

そういうと私は優羽から逃げる様にトイレの個室に駆け込んだ。

どうしよう。

手の震えが止まらなくて、涙が指の隙間からもれる

苗字も違かったから全く気が付かなかった。

罪悪感という罪悪感が口から出てきそうで口を抑えた。


私は優羽に何も言わないで早退した。


早く家に帰ると家の前には見覚えのある腐れスーツの中年おじさんがいた。

当時の編集者の瀬部だ。

「やぁ、れいちゃん」

「その名前はとっくに捨ててます。先日申し上げたように私は書く気はないです。帰ってください。」

「あの記事。僕が書いた。」

一瞬で感情という感情が溢れ出し胸ぐらを掴んで玄関の扉に叩きつけた。

「なんてことを」

「こうもしてくれないと君は書いてくれないでしょ。君は目立つのが嫌だから訴えることはないと思ってね」

「ふざけないで」

「でもあの記事を読んだ人は復活を望んでる。」

「私は望んでない」

「まあ、何にせよ君は必ず書きたくなる。断言する」

私は汚らしい襟元を離し手を払った。

「その時は連絡して」

そういうと瀬部はかえっていった。


私の殺した人は優羽のお兄さんだ。

私が殺した。

頭にその言葉が張り付く。

頭が痛くて痛くて。

罪悪感が殴ってくる。

目が霞んで焦点が合わない。体から力が抜けてその場に倒れた。


頭がズキズキと痛む。

ここは何処だろう

「かぐら!大丈夫?」

優羽が頭を覗き込ませた。

「なんで優羽が…」

「早退して帰ったって聞いたから、顔色ヤバそうだったし心配でかぐらの家行ったら玄関前で倒れてて、家閉まってるし、おぶって俺の家まで連れてきた。」

私は色々な重さで気絶をしていた

「ありがとう本当に」

「かぐら、お昼はごめん」

「もういいよ、それよりこちらこそごめん。」

「なんでかぐらがあやまるの」

「強く当たっちゃったから」

「はははっ、なんか今日のかぐらは正直だね。気が滅入ると人は正直になるって言うよね」

「初めて聞いた」

「うん、おれも」 

優羽はいつものように私を笑わせようとしてくれる。でも、その行為すべてが罪の当て付けのように感じて痛い。

「俺薬局行ってくるけどなんかいるのある?」

「頭痛薬がほしいかも」

「了解!」

優羽は部屋をドタバタと飛び出していった。


コンコンコン

誰かが扉をノックした。

「かぐらちゃんいるかい?」

優羽のお父さんだ。

「はい。すいませんいまそちら行きます」

「いや、いいんだ。扉越しにでいいから聞いてほしい」

話す内容はなんとなく察しが付いていた。

「先日、かぐらちゃんに優羽が兄の話をしたって聞いた。優羽は気づいてないようだけど、君はもう言いたいことはわかるかい?」

「はい。」

「君のせいじゃない。」

「え、」

「それだけ言っときたかった。優羽はすごく明るくなったんだ。離婚してから笑うことがなかった優羽が君と出会ってよく笑うようになった。感謝している。それだけだ。長話をしてすまなかった。」

そういうと扉から足音が離れて行った。

背負っていたものが少しだけ軽くなったような気がして。また涙が溢れてきた。

罪悪感で濁っていない透明な涙だった。

「買ってきたよー!」

大声を出して優羽は扉を勢いよく開けた。

大号泣している私を見て優羽は慌てふためいていた。

「えー!?どうした?体調悪いか?」

「ごめんなさい」

「何が?どうしたん?」

「、」

喋りたくても涙にのまれてうまく言葉が出ない。

「大丈夫。落ち着いて。」

優羽はそっと近づきて、私の手をそっとを握った。

「私昔。優羽のお兄さんに助けられた。」

「それって…」

優羽は目を大きく見開いた。

「ごめんなさい。黙っててごめんなさい。私が殺したと同然…だから私にはもう…」

優羽は勢いよく私に抱きついた。ぐっと強く私を抱いて。私の涙が優羽の肩に滲んでいった。

「だから私にはなに?近寄らないでほしいって?関わらないでほしいって?馬鹿じゃないの?俺は好きでかぐらのそばにいるし、今後離れることもないよ。かぐらを恨むなんて微塵も思わないよ。そんな重い荷物を一人で背負わせてごめんな。」

私は声をあげて泣き続けた。

そんな私から優羽は離れず抱きしめていてくれた。


「落ち着いた?」

「うん」

「良かった。いえまでおくってくよ」

「ありがとう」

私は赤らめた頬と目を拭いながら履き慣らしたローファーを履いた。夕日は落ちきって少し肌寒いくらいの空気がちょうどいい。

ローファーの音だけが道に鳴り、会話はない。家の前につくと優羽は「また明日」と、それだけ言って私が玄関に入るまでてをふっていた。ハグの余韻が体に残って、罪悪感はきえさっていた。

肌寒いけど、温かい。



布団に入るとふと思い出したかのように携帯を取り出した。

"小説の件前向きに検討したいと思います。記事を書いたことを許したわけじゃないです。"

そう打つとかぐらは早々と眠りについた。



外の雨の音で目を覚ました。

短針は4の字を指していた。

携帯をみると編集者の瀬部から返信が来ていた。

"そう来ると思っていたよ。明日朝イチで昔の喫茶店で待っている。"

瀬部はいつも行動が早い。朝イチなんて曖昧な言葉文句のくせに、いつも誰よりも早く到着していた。暇人なんだろう。

私はそのまま学校へ迎えるように急いで制服に着替え、髪の毛はアイロンで伸ばしている時間もないので一つに束ねた。

"今日朝先行ってて"そう優羽に連絡を入れ、家を出た。

急いで喫茶店にむかってつくと、やはり瀬部はそこにいた。

「遅くなってすみません」

「あーいーよいーよ。それよりれいちゃんがまた書いてくれるなんて嬉しいなー」

ご自慢の万年筆を机に立てながら話し始めた。

「そんなことより本題に」

「そうだね。じゃあ、本題。君にはこの大会に出てほしい。優勝賞金ははずんでるよ」

「大会ってもしかして日本最大級の文学イベントのおおとりの」

「ザッツライト!このイベントはアイドル小説家目当てとか、オープニングセレモニーのファンも来るから日本一派手で目立てて、ここで優勝すれば将来安泰っていわれてる。」

「知ってますよ。ただこの大会の形式って…」

「即興。お題に沿ったストーリーを40分で作る。ライブ形式。奇想天外だ。」

日本最大級の文学の祭典。音楽。小説などの祭典である。おおとりは即興で小説を書き上げるライブライター対決。今、最も注目されている小説家二人で競い合う。

「ドームのど真ん中で何万人の人に見られながら書くなんて無理です。ていうかエントリー締切されてる時期ですよね」

「あー、エントリーなら2ヶ月前にしてあるよ。」

「え?」

用意だけはいい奴め。

「あと祭典は来週の金曜で、一週間前にライブライターが誰なのか発表されるからちょうどさっき出たんじゃないかな?情報。」

「はい?」

ここまで来ると用意がいいってレベルではないな。そう思いながら頭の中を整理した。

「聞いてないです」

「そりゃいってないもん」

いやいや、待て。そもそも全国の小説家はこぞってこの大会に出るために成果をあげてきたのに、なぜ私が選ばれた。しかも選ばれたときの為にみんな対策してくるのに丸腰でなんか無理に決まっている。小説の書き方だって危ういのに。

「なぜ私がって思ってる?君は幼かったからあまり気づいていない感じだったけど、思っている以上に社会現象だったからね。海風民とかあったりしてさ、」

宗教的にファンがいたとは聞いていたけどこれまでとは

「まあそういうことだからしくよろ、ちなみに相手は玖珂 英だから」

瀬部は私を待っている間に飲んだであろうコーヒー10杯分のお金をおいて出ていった。「くが えい!?」

玖珂英とは日本一勢いがある天才小説家である。ルックスも優れていて要するにイケメンだ。ファンはくがリストと言われ音楽活動もしている。

はあ、無理だ。


私はドボドボと学校へ行って教室の扉を開けた。開けるとその先には心配していた優羽よりも騒ぐ同級生が目に入った。

「ねえ!朝アラームTVのニュースでやってたんだけど、あのライブライターにかぐらちゃん出るの?」「かぐらちゃんってやっぱり海風れいなの?」「全国生放送らしいぜ?」

私は聖徳太子ではないけどなんとなくみんなが浮かんでいる疑問はわかった。

「かぐら!おはよう」

大きな声で優羽が叫んだ。

私は何食わぬ顔で自分の席について優羽と喋りだした。「ちぇ、ノーコメントかよ」そんな言葉が散り散りとしていった。

「書くんだね」

優羽は小声でそういった。

「うん。」

そう返事をすると優羽はニコニコと笑った。

「一限目移動教室だ!行こ」

ピコン

携帯が数回もメールを伝える音で呼びかける

携帯を見るとむごたらしい文がつらつらと書いてあった。

"事件起こした張本人""玖珂様や優羽くんを独り占めとかビッチかよ""人殺し"


苦しい。息が詰まる。

「どうしたの」

優羽が覗きこもうとするが飲み込んで平気な顔をした。




はあ、今日の学校は倍疲れた。

私は原稿をクローゼットの奥から取り出して鉛筆を握った。

何かを書こうと構えているが、一向に筆が進まない。それどころか頭の中で"あんたに権利なんかない"と誰かにつぶやかれている。

冷や汗が頬を伝い白紙に落ちた

駄目だ。どうしよう。

本番まであと7日。

私は何もできずに眠りについた。

翌朝。起きてニュースを見ていると幼い私の写真が映っていた。

「幼き天才美女小説家、海風れいさんが、今回のライブライターの舞台で復活するとのことですけど、どうなんでしょうか?」

「実際問題、みんなこの舞台に出るために賞をとって努力してきたのにこうやって数年間なんもしてこなかった女の子が出るって、これ世間許すかな?」

なんて辛辣な評論家が刺す。

全くその通りだ。その通り過ぎて何も言えなかった。

今日もいつも通りの時間に優羽が来るはずだがチャイムはならなかった。少し不思議に思っていると電話がなった。

相手は優羽だ。

「どうしたの?」

「外に出るな。今日は学校休め」

「え?なんで」

「記者がいる。」

そう言われ慌ててカーテンから覗き込むと知らぬ顔の男たちがチラホラと私の家の方へカメラを向けていた。

「かぐら、わかったか?」

「うん。」

「それじゃあ後で…」

え。

私はカーテンの隙間から見た景色、いやそこにいた人に衝撃を覚えた。そんなはずがない。なんでいるの。

「…かぐら?聞いてる?」

「う、ん。優羽すぐ私の家から離れて。」

「どうした?」

「いいからはやく!」

「わかった。」

「ごめん切る」私はそういうと携帯を落として驚愕した。

あそこにいたのは

優羽の兄を殺した犯人だ。

なんで出てこられてるんだ。

何で… 


私は5日という長い間寝込んだ。


明日は大会だ。


何もしてない。やばいとかそういうのはとっくに通り越していた。

優羽にも会っていなければ、ろくに親とも喋れてない。

明日は始発で会場に向かわないといけないのに、そんな気力すらも残っていない。

微かな力を振り絞って私はリビングまで行った。

テレビには私の写真とあの人殺しの写真が映っていた。

「昨日リークされたこの事件ですが、こんなことがあって海風れいは小説をかくなんてどうなんですかね。」

「いや、死んだ教員にどういう面下げてんだか、たまったもんじゃないですよ」

私は急いで携帯の充電器を取り出して携帯を充電した。電源をつけると無数の学校の人からのいたたまれないほどの悪口。そして優羽からのメッセージが溜まっていた。編集者とは自宅の電話でやり取りをしていたせいか、こんなところで大きくなっていたとは気づかなかった。

私は床にしゃがみこんで悲壮感に打ちのめされていた。

そんなときに家のチャイムが鳴った。

覗き口から見るとそこには優羽がいた。私は涙をこらえて扉を開けた。

「なんで電話に出ない」

優羽は今世紀最大で不安な顔をしながら私に喋りかけた。

「ごめん」

謝ることしかできない私は下を向いて顔を隠した。

「辞退して。俺が小説を書いてって言ったから…」

「優羽のせいじゃない。全部。全部私のせいだから。」

「だからってかぐらがこんなに言われる筋合いないよ」

優羽は私の頭を擦りながら言った。

「辞退はしない」

「でも…」

「もう逃げたくない。諦めたくない。私は海風れいだから」私は優羽の顔を見た。

優羽は少し強張った顔でこういった。

「…。わかった。だけど、明日は一緒に行く。何があるかわからない。一生のお願いだから俺から…離れないで。」

「うん。」

「明日、朝早くに迎えに来るから。じゃあね」

「ありがとう」

優羽はいつもより暗かったが、どことなく勇気に溢れていて、決意を決めた顔をしていた。

どうしよう、明日。私何もできていない。

急いで自分の部屋に戻ると、くしゃくしゃになった白紙の原稿にむかってにらめっこをした。

ああ、やっぱり何も出てこない。


翌朝。朝の4時に目が覚めると急いで支度をして制服に着替えた。髪はアイロンで伸ばす時間はあったが、気合を入れるために一つに結った。

suicaに財布、携帯だけ持って準備万端だ。

少しすると家のチャイムがなって扉を開けると優羽がいた。

「制服?てか荷物少なくない?」

「荷物少ないのは置いといて、制服は今の私の戦闘服みたいなもんだから。」 

「なにそれ笑」

優羽は久々に笑った。 

電車に向かう途中優羽と話した。

「昨日なにかした?」

「ぐっすり寝たよ」

「まじかー、心配だなー」

「私が一番心配だよ」

そう笑いあった。

会場につくと会場前なのに人が大量に溢れていた。

私は関係者口からはいる。

優羽はここでお別れだ。

「かぐら!」

大きい声で叫ぶと私の背中を強くたたいた。

「行って来い!」

優羽は満面な笑みで見送った。

「うん!」

私は後ろを振り返らないで進んでいった。

指定された待合室に行くとそこには有名小説家が沢山いた。勿論玖珂 英もだ。

玖珂はこちらによってきて私に手を差し伸べた。

「今日の対決楽しみにしてる」ニコッと笑うと握手しろと言わんばかりに手を引かない。 「よろしくおねがいします」私は本能的にこの人が苦手だ。理由はわからない

「くがさん!うみかぜさん!出番近いのでお願いします」

スタッフが私達を集めて登場の段取りを説明した。

緊張で凍っている私の横で玖珂はルンルンだ。

オープニングで楽器演奏が終わって玖珂と階段を上がって行こうとしたその時

「本名はかぐらちゃんだっけ。僕のプレゼントはどうだったかな。ニュースは少しやりすぎたけど」

私は驚いて階段の途中で止まった。全部こいつの仕業だった。

「海風さん!出番です!大丈夫ですか?」

「は、はい。すみません。」

目の焦点が合わないまま舞台に登った。

舞台はライトで照らされていて熱くて、逆光で人が見えない。新鮮な感覚とともに、さっきの苛立ちが襲ってきた。

「さあ!今年のライブライターは異色のイケメン天才小説家、玖珂英と!幼き天才小説家として一世を風靡するした海風れいだ!どんな執筆を見せてくれるのだろうか!」

司会者が場を盛り上げると玖珂への声援が増した。女性のキャーキャーという声が頭に響く。

「え、うみかぜれい美人すぎない?おれ海風推そうかな」

「いや、人殺しだぜ」

所々で文句が聞こえる。

「時間は30分!タイピングにて入力。入力した言葉はこの大画面に映し出されます!」

司会者は意気揚々と解説を続け、待ってましたと言わんばかりにドヤ顔をした。

「さあ、皆さんお待ちかね!今年のお題ですが……今年のお題は!…春です!」

ウオー!という歓声が節々と湧き上がる

「季節というのは簡単そうでとても難しいお題ですが、久我さんはどうですか?」

「こんなにも応援がいるから何もかもできそうだよ」

タメ口で息シャーシャーとキザ感を醸し出している。

それにまけんばかりの歓声が包む。

「海風さんはどうですか?」

会場に沈黙が走り凍りつく。

「人殺しが舞台あがんのおかしいだろー!」「玖珂様に色目使ってんじゃないわよ!」うるさいほどの文句が飛び交う。私は司会者からマイクを取り一歩前に出た。

「私は…私は…私と私を支えてくれた人に書きます。それだけです。」

そういうと私はマイクを早々と司会者に返した。

「さ、さぁ皆さん」

申し訳無さそうに喋りだす。

「では席についていただき!それでは!ライブライター始まりです!」パーンと音楽がなりはじめ歓声が湧く

「久我さん!勢いよく書き始める!」

タイプの音がおっちにまで聞こえる

キャーキャーと歓声がまた湧く。

「海風さんはまだ書き始めないようですねーやはりブランクがあり厳しいか!」

やばい。どうしよう。春…

春?季語?むり。

どうしよう。

ああ…


「かぐら!!!!お前はお前だぞ!俺はお前を見てるぞ!」 

はっと目が冷めた。私は何をしているんだ。優羽ありがとう

「おーと!ここで海風れいが書き始めた!開始10分経過しているが大丈夫か?!」

私には優羽がいて私は。海風じゃない。

かぐらだ。

「おい!何している?!」

所々で悲鳴が聞こえた。

舞台に不潔な男が上がってくる。その瞬間におさえつけられた。

あの目。あの顔。あいつだ。

「乱入者がいましたが、お二人大丈夫でしたか?」

「はい。全く影響ないです」

久我は余裕を示す

「海風さんは…大丈夫ですか?」

息が、できない。前が見れない

「かぐら!!大丈夫。」

顔は見えないが声が聞こえる。そうだ。

「残り一分です!さあ!

残り十秒!ゼロ!!!!」

よし。やりきった。

「裏でライブでの執筆を評価していた審査員に出てきてもらいましょう!どうぞ!」

階段から日本を代表する小説家たちがのそのそと上がってくる。

「早速ですが代表の千葉さんに結果の発表をしてもらいましょう!」

暑いほどのスポットライトが私と久我を指す。

1秒が1分に感じるほど長く感じた。

「私から発表しましょう。今回の…栄光を飾るのは!…


海風れい!」

会場が静まり返った。

「よっしゃぁあ!!!」

優羽の声が会場に広がった瞬間紙吹雪と歓声に包まれた。

「海風れいさん!おめでとうございます!お気持ちはどうですか?!」

どうしよう。嬉しすぎて頭が上がらない。

「あ、ありがとう。」

その後もずっと歓声は止まなかった。

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キミノミルバショハ 坂本 @sakamo10

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