第30話 3人目の女②
「どうした?犯人が分かって怒りがふつふつと湧いてきたか?」
私は動揺している。
本当に?本当に大介おじさんが私の両親を…姉を殺したの?
「ああ、本当だとも。13年前にお前の両親に睡眠薬入りのアルコールを飲ませ寝静まった深夜にガソリンを撒いて火をつけたのはお前の叔父である南大介だ。」
私は手足が震えだし、しまいには体全体がガタガタと震えだした。
それを抑えようと両手で体を強く覆いしゃがみ込んだ。
「お前と一緒に寝ていた姉が気づいた時にはもうすでに火の手が回っていた。」
おねえちゃん…いつもやさいかったおねえ…
「姉は10歳ながら最後の力を振り絞ってお前を窓の外へと放り投げて自分は火に焼かれて死んだ。」
「やめてええええええええええええ。」
幼いながらもあの時の姉を思い出した。
今まで思い出さないように無理やり心の奥底へと沈めた記憶。
火事の時の記憶はないのにあの時の姉の表情だけははっきりと
覚えているのだ。
業火の中、“生きて”と言ったように聞こえたお姉ちゃんの声と
最後に少しだけ微笑んだように見えたお姉ちゃんの顔が…
鮮明に思い浮かぶ。
「うわああああああああああああ」
私は泣いた。
大声で泣き叫んだ。
あれから1度も泣いた事がない…泣けなかった私が。
両親と姉を失ったあの火事で
全ての感情を13年前に置いてきた私が。
しばらく泣き叫び、
体中の悲しみを出しきった私は
疲れ果てその場で眠ってしまった。
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気づいたら私はベッドで寝かされていた。
清潔なベッドに生活感のない8畳くらいの何もない部屋だ。
起きた私に気づいたゆずるさんが声をかけてきた。
「気づいたようだね。体調は大丈夫かな?何か食べられる?」
彼は平凡な顔つきだが、笑顔は優しい。
私の心の声が聞こえるのか、一瞬困ったような顔をしたが、
しばらくしてコーンスープを運んできてくれた。
「胃が受け付けないかもしれないけれど、軽めのものだけでも取っておいたほうがいいと思って、温かいうちに食べてね。」
そう言って彼と一緒にコーンスープを食べ始める。
長い沈黙の間、スープをすする音だけが聞こえる。
「僕も長年の不遇をレイ君に助けてもらったんだ。」
彼はポツポツと自分の身の上を話し出した。
小学生の頃にいじめによって失った手を対価交換によって取り返した事を。
亡くなった母親の思いや今までの積もり積もった悔しかった思いから解放され
私と同じように泣きじゃくった事を淡々と話してくれた。
食べきったスープのお代わりを断り、彼は食器を片付ける為に部屋を出る時に
「決心が着いたら隣の部屋に入って。レイ君がキミを待っているから。」
そう告げて部屋から出て行った。
気持ちを落ち着けて感情を整理をする時間が欲しい。
私はベッドに横になり目を閉じた。
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「気持ちの整理は付いたのかな?」
部屋に入ると2人が昨日と同じように待っていてくれた。
私も昨日と同じようにソファーに浅く腰掛け答えた。
「はい、決めました。」
レイさんが私の目をじっと見つめ笑いかける。
「どうやら思っていた以上に君は…ほとんど濁りが消えたね。」
どうやら私ずいぶん濁っていたらしい。
まあ、自覚はあります。
「顔も濁りまくってたから。体全体で不幸のオーラこれでもかっていうぐらいに出しまくりだったから。」
「ちょ、そんな事まで言わなくてもいいでしょレイ君。真実だけど。」
「いや、ゆずるも思ってただろ、幸薄そうな顔だなって。」
「そこまでは思ってないと言ったら嘘になるかな。」
「じゃあ同罪だな。」
「口に出して言わない方が罪は軽いと思うけど」
私は二人のやり取りに思わず吹き出してしまう。
それを見た二人も笑いあう。
「それじゃあ復讐を始めようか?」
レイさんが私に問いかける。
私はレイさんに答えた。
「復讐はしません。」
私の答えにゆずるさんは驚いた顔をした。
レイさんはそんな私の目をじっと見つめ返してきた。
しばらくの沈黙の後レイさんが
「僕は復讐を止めなさいなんていう陳腐な説得はしないつもりだ。この世の中は不条理に満ちているからね。復讐を悪い事とは思っていない。むしろ推奨派だ。やられたらやり返す!名言だね。だから別に復讐を恥じる事はない。」
「私も復讐は何も生まないなんていう戯言、キレイ事を言う清廉な気持ちなんかは持ち合わせてはいません。むしろ推奨派です。」
「じゃあなぜ復讐を止めるのか?」
「私が13年もの間心を閉ざしてきたのも事実ですが、毎年誕生日におじさんが会いに来てくれたのも少しだけ、ほんの少しだけだけれども救われたのも事実です。」
「それが自分の両親や最愛の姉を殺した男でもか?」
私はその言葉を聞いて目を閉じ何度も自問自答した考えを口にだす。
「おじさんは多分ものすごい後悔に苛まれているんだと思います。後悔すればいいという事ではありません。もちろん謝れば済むという事でもありません。後悔しても亡くなった人は帰ってこないし、殺したという事実は変えられないのですから。」
「自分さえ我慢して、心を押し殺せばいいとそう考えてる?」
「我慢というのとは違います。気づきです。」
「気づき?」
「そうです。私はあまりにも囚われすぎていた。昨日思いの丈を流し尽くした後に気づいたのです。私を気にかけてに13年間育ててくれた義理の両親達を。これ以上悲しませてはいけないと。それには叔父も含まれています。」
「だいぶ達観したようだ。まるで聖女のようだ。」
「ふふ、そうですね。自分は聖女の生まれ変わりなんじゃないですか?」
彼の皮肉に乗らずにそのまま返しておいた。
もちろん達観したわけではない。むしろ逆の感情だと思う。今までの無感情だった私にこんなにもいろいろな感情があるんだと最初は困惑したが、それが悪い事ではないと思う。むしろ今までよりも人間らしくなったと思う。たった1日でこんなにも人は変われるんだと自分自信でも驚いた。
そんな私が出した結論がこれだ。
「復讐しないのが私の復讐です。ふふふ」
そう笑って二人に答えたのだ。
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