第29話 3人目の女①

南こころ(17歳)


私の心に誰かが呼びかける。

“ここに来いと”呼びかける。


二の宮駅の中心街にあるアーケード通りを歩いて、一番端っこに商業ビルがある。

ビル自体はそんなに高くなく、5階程度のビル。


通学路とは反対にあるこの地域は、私の生活範囲にはないので

滅多に来る事のない地域だ。


私は花屋の入り口横のドアを開け中央にあるエレベータに乗る。

4人乗りの少し窮屈なエレベーターに乗り、躊躇せずに6階のボタンを押す。

確か5階程度しかなかったと思ったが、私の見間違いだったかな?


気持ち悪い浮遊感を伴って2、3、4とカウントアップする表示を見上げた。

この場所になぜ向かっているのかを何の疑いもせず、

まるで操られているかのように。

誰かが私を呼んでいる気がする。


ポーンと到達音が鳴ると同時にエレベーターのドアが開いた。

そこは20畳ぐらいの白い空間がただポツンと存在してるのみ。


エレベーターから降りて2、3歩前に進むと10mぐらい先の正面に

マンションの片開きドアのような形が浮き上がった。


私は近づいてドアノブを引く。


開いた先も真っ白な空間で、廊下の脇にはドアが2つずつ。

私がぼーっと突っ立っていると自然に正面のドアが開かれた。


躊躇なくドアをくぐるとそこは、10畳くらいの壁1面真っ白な部屋。

窓、照明器具がないのにもかかわらずとても明るい。

真ん中に2人掛けのソファーが向かい合って2つ。

奥のソファーに少年が鎮座していた。


見た目は16歳の男? 銀色のメンズマッシュで左目だけが髪で隠れている。

全身真っ白。白シャツに白ネクタイの制服のようなスーツを着ている。

後ろには平凡な顔つきの男性が付き従っている。


「初めまして。南こころさんですね、お座りください。」


ソファーに座る全身真っ白な少年が私に声をかける。初めて会うのに彼に対して何の猜疑心も抱かずに素直にソファーに浅く腰掛けた。

まるで、彼に会うのが当たり前だったかのように。


「オレの名前はレイだ。ただのレイで構わない。」

彼は名乗った。


「僕の名前は神崎ゆずる。レイ君の助手みたいな事をしているよ。」

彼は…特に特徴はない。印象は…印象も特になかった。

平凡な顔つきだ。


「おい!特徴はあるよ!ありまくるよ!覇王の舞を踊るよ!」

「踊らんでいい!」

彼はなぜか私が口に出していない感想に突っ込んできた。

そしてそんな彼をレイさんがたしなめた。


私の考えを読んでる?


「不思議に思うのも無理はない。あなたの意志でここに来たのではない。

オレがあなたを呼んだのだ。南こころさん。」

彼の話は荒唐無稽だが、なぜか嘘を言ってはいないと思う。


「どうして…私を?」

「あなたの心は囚われている。それを解放しなければいつまたっても魂が拘束されたままだ。」


「囚われ…高速…。」

「もちろん分かっているだろう?今から13年前の事件の事だ。」

事件と聞いて心臓が鷲掴みされたかのようにギュッと縮んで痛む。


あの日から何の感情もない、抜け殻のように過ごした13年間。

今も思い出したくない出来事だが…


確かに彼の言う通り囚われているといえば囚われているのだろう。

「だけど…なぜ解放を?あなたが何のために?」


「今は言えない。が、解放された後あなた自身が全てを思い出すだろう。」

もったいぶった物言いで微笑むレイさんは…なぜだろう、

どこか懐かしい前にも会ったような気がする。


今まで無気力で過ごしてきた私だけれども

彼の言う通り変われるなら変わりたいとも思う。

「解放とは…具体的にどうすればいいのですか?」


「おお、やっと無気力から少しは気力が戻ってきたかな。

何、至極簡単な事ですよ。昔から繰り返される人の最も根幹的な感情であり、

誰しもが持つ真っ当な権利…」

レイはそこで言葉を止め私をじっと見つめて

ためにためていた息を言葉と共に吐き出す。


「復讐です。」


まるで私の気持ちを代弁してくれるかのように…


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13年前私が4歳だった時、私以外の家族3人が火事で死んだ。

私は当時の事をほとんど覚えていない。


なんとなく幸せだったという思い出はある。

優しい両親と6つ上の優しい姉に可愛がられながら過ごしていたという。


しかし火事が起きた時の記憶は断片的にしかない。

思い出せない。


私が発見された時は火傷を負い、骨折などの怪我を負って庭で泣いていたらしい。

どうやら2階から落ちたが下の花壇の柔らかい土だったおかげで命は助かったらしい。


家族が亡くなった後、私は親戚の子供がいない夫婦に引きとられた。

叔父と叔母はこんな私にも愛情を注いでくれてはいたが、

私はその時からすっぽりと感情が抜け落ちたかのように

何に対しても無気力だった。


小学校、中学校、高校生のいまでも

男性に興味はなく、好きな芸能人などもいない。

趣味もなく友達もいない。


今でも何にも興味が持てないのだ。


ある時おじさんとおばさんが火事の話をしているのを聞いてしまった事がある。


火事の原因は放火。

放火はなかな犯人が捕まりにくい犯罪の1つらしい。


何度も繰り返す常習犯や保険金目的、怨恨などわかりやすい動機がない限り

突発的な放火などは、なかなか逮捕までは難しいらしい。


最近では防犯カメラなどがところどころに設置してあるが、

13年前には普及していなかったのだ。


そんな中1人の容疑者が浮かんだそうだ。

南大介、事件当時27歳。

私の父の弟だ。


私の父は両親が遅く産んだ子供で大層可愛がられたそうだ。

大学卒業後は両親の小さな会社を受け継ぎ少しずつ大きくした。

なかなかの経営手腕だったらしい。


弟の大介さんもなかなか優秀で大学卒業後、兄の会社に就職し兄を手伝って

会社を大きくする事に貢献したようだ。


火事の現場で不審に思った警察が私の両親の死亡解剖を行った結果、

睡眠薬の成分が検出されたとの事。


しかし、両親には睡眠薬の処方の形跡はなく現場にも争った後がない事から

身内の犯行ではと南大介が浮上したらしい。


火事の当日我が家に訪れていた証言があったが

仕事の件で立ち寄ったにすぎないとの事。


出火時間のアリバイは無かったが、睡眠薬の物的証拠も出ず

会社内の評判も兄弟仲が良かったし借金などもないとの事で動機が見当たらず

結局グレーのまま逮捕には至らずに捜査は終了したらしい。


南大介は火事の後、私を引き取りたいと願っていたらしい。

兄のたった一人の忘れ形見だから独身だけれども、

自分が責任を持って育てたいと名乗り出ていたそうだ。


しかし当時は容疑者だったので叔父さんと叔母さんが

私を引き取る事になって今に至るようだ。


そんな彼は毎年私の誕生日にプレゼントを渡す為に家まで会いに来てくれている。

毎年毎年。


感情のない私に彼はいつも困ったような顔でプレゼントをくれる。

しばらくとりとめのない話をして帰るのが毎年お決まりのパターンだった。


そんな彼が…………


「復讐するのは南大介だ。」

レイさんの言葉に私の心は大きく揺さぶられた。




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