第10話 坂東 小春(6歳)
“おにいちゃんのかわりにわたしが…”
うごかなくなったおにいちゃん。
わたしをかばってうごかなくなったおにいちゃん。
わたしがかわりになります。
だからだれかおにいちゃんをたすけて。
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お客が来ないときは二人してたわいもない会話を楽しんだりしている。
いつもの昼下がりだったが、レイ君が突然会話を止め、みるみる険しい顔つきに変わった。
「チッ、ゆずる6階に移るぞ」
レイ君がフェイと呼びかけると目の前の空間が揺らぎ、一瞬であの白い部屋へと移動していた。
そしてすぐにレイ君はソファーに座り、僕はその後ろに立って待つ。
しばらくすると目の前のドアがゆっくりと開けられた。
そこには幼い少女が立ち尽くしていた。
「怖がることはない。こっちへおいで。」
レイ君は優しい笑顔で声をかける。
女の子は左腕を右手で抑え、左足を引きずって少しずつ歩む。
右目には殴られたような青あざが。
体や顔にもところどころ殴られた痕や傷がある。
痩せこけてガリガリだ。
服もずっと同じ服をきていたのだろう、くたびれていた。
思わず目を背けたくなる。
一目見ただけで虐待されているのがわかったからだ。
時間をかけてソファーにたどり着いた女の子をゆっくりと座らせる。
「坂東 小春ちゃん6歳だね。」
「はい」
「どうしてほしい」
「……」
「小春ちゃんの口からちゃんと聞かせて欲しい」
「…たすけてほしいの」
「……………………」
レイ君はゆっくりしゃべる小春ちゃんを急かす事なく最後まで耳を傾ける。
「おにいちゃんをたすけてほしい」
「おにいちゃん?」
「おにいちゃんはわたしをかばって……うごかなく……」
小春ちゃんは部屋にはいってからもずっと感情が抜け落ちたかのような、人形のような表情をしていた。
そんな頬にひとしずくの涙が伝った。
「ぐっふっああ…」
その後堰を切ったように涙が溢れ出す。
「ああああああああああああああああああああ」
今までどんなに感情を押し殺して生きてきたのだろう。
こんなに幼い、まだ6年しか生きていないのに。
大人の…親の顔色を伺って我慢してきたのだろう。
僕は拳を固く握りしめ、レイ君と一緒に女の子が泣き止むのを待った。
「小春ちゃんはおにいちゃんを助けて欲しいんだね。」
「おにいちゃんはいつもやさしい。わたしのかわりになぐられてかばってくれる。」
「……………………」
「だから、こんどはわたしが。」
「……………………」
「わたしがおにいちゃんのかわりになります。」
僕とレイ君は女の子を黙って見つめた。
女の子の覚悟を二人で黙って見つめた。
そう言い終わると力尽きたようにソファーにもたれかかって眠りについた。
僕はソファーに駆け寄り女の子を抱きよせる。
思った以上に軽かった。こんな状態で…
この子は自分もこんな極限状態で…
「自分よりおにいさんを助けてと」
「ああ」
「こんなに自分も傷ついてるのに…おにいさんを…ぐっうう」
駄目だ、あまりにも感傷的になって僕も涙が。
「悔しいぐぐっううう。僕も悔しいよ。」
駄目だ、僕も涙が止まらない。自分の事のように負の感情が押し寄せる。
「お前が泣いてどうする。」
「レイ君は悔しくないの!」
つい感情的に声を荒げてしまった。
レイ君に言ってもしょうがないのに。
見た目は年下だけど、僕よりよっぽど大人だ。
「その子を魔法陣の中へ。早くしないとその子ももたないぞ。」
僕は抱きしめた女の子を抱え魔法陣の中央へ置く。
レイ君が横たわる女の子をじっと見つめながら僕に話しかける
「ゆずる、僕は異世界人だがどうしても許せない事が1つあるんだ。」
僕にはわかる。
「それは親が子供、特に無抵抗の幼子に手を出す事だ」
レイ君はいつものように冷静に振舞っているが…
「児童虐待?そんな言葉なんかは生ぬるいと感じるほどの地獄だ。」
段々と言葉遣いも荒くなる。
「子供にとって親からの暴力は死を宣告されたに等しい。」
激情が溢れ出すのが僕にも伝わる。
「親は子供を庇護すべき存在だ。この世界、地球ではそんなオレの倫理は間違っているか?」
レイ君は僕の目をじっとみて問いかける。
僕の母は幼い頃からどんな事があっても僕の味方でいてくれた。
片桐に右手を潰された時も一生懸命戦ってくれた。
どんなに貧しくても僕の事を一番に考えて守ってくれていたんだ。
そんな思いもあって、こんな小さな女の子にひどい仕打ちをする毒親に対しては強い憤りを感じる。
「そんな事はない。人類普遍の原理だ。しかし、たとえ普遍じゃなかったとしても関係ない。」
僕はレイ君の目から離さずに告げる。
「このクソ親に復讐を。」
レイ君は僕にニヤッと笑い、フェイに呼びかけると光の粒子が降りてきた。
「今から対価交換を行う。」
“εψσ【イプサイシスシグマ】”
横たわる女の子に呪文のような模様が半円球に囲み、身体全体が光り出す。
何度も明滅を繰り返しやがて、女の子を包む魔法陣が消えた。
「じゃあ今回はオレが直々に手を下しに行ってやるよ。」
そう言ってレイ君は瞬く間に光りの粒子となって消えていった。
僕は対価交換によって、身体中の傷跡が消えて綺麗になった少女を抱えてソファーに寝かし、壁に投影された坂東小春の親、坂東敦の様子を見やった。
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