第11話 ~坂東敦Side~

「もう、お前に飲ませる酒はない、出ていけ、ツケも揃えて払えよ。」

「チッしけた事いいやがって。少しぐらい飲ませてくれてもいいじゃねーか、ペッ」

俺はツケを貯めに貯めたいきつけの小料理屋を追い出された後、悪態を付きながらいつもより早い家路につく。


しかし、昨日はガキを殴りすぎて家を出るときには動かなくなっていたから帰るのは億劫だ。

もし死んでなんかいたら面倒くさい事この上ない。やっぱり帰るのを止めるか。


俺はコンビニに寄り、缶ビール数本を購入して近くの公園のベンチに腰掛けビールの栓を開ける。

振りすぎたのか吹き出る泡を慌てて口で塞ぐ。

ゴクリゴクリと喉を鳴らして半分ほど一気に飲んだ。


「ぷふぁあああ、やっぱたまんねーな。」

酒を飲む時だけは、嫌な事から忘れられる。今の俺の楽しみなんてこの時だけだ。


思えば俺の絶頂期は結婚した時だったな。

22歳で大学を卒業して就職した会社の事務の子と出来ちゃった結婚だった。

それからすぐに2人目も生まれた。

俺の人生の歯車が狂いだしたのはこの後しばらくしてか。

妻が男と駆け落ちしたのだ。


幼い子供2人を残して蒸発。

今まで家事を全部妻に任せっきりだった俺は幼い子供2人に戸惑った。

仕事にかまけて子供の事なんか放ったらかしだったからだ。

そんな幼い子供にも最低限のエサを与えるだけで放ったらかしにした。

妻が蒸発した事を忘れようとガムシャラに仕事に打ち込んだ。


しかし、昼夜問わず聞こえる子供の泣き声、長い間ほったらかしにしていた家を不審に思った近所クソババアが市役所に通報して、児童相談所が何度も俺を訪れたが、断固として話し合いを拒否し無視してやった。

それがなぜか会社に知られ、俺は上司や同僚から責められ続ける事になる。

たかがガキ2人を放ったらかしにしていたから何だっていうんだ。

エサは週に1回まとめて与えてきたからいいだろ。

子供なんて親の所有物だ、俺の好き勝手にして何が悪いんだ?


子どもの事を会社で何度も責められた時に腹が立って、つい喚いたらそれからみんなに白い目でみられ、会社に俺の居場所は無くなった。

結局いたたまれなくなって退職することになった。

あいつらは全部俺が悪い!どんな教育を受けてきたんだ!だから嫁さんに逃げられるんだ!とボロカスに言ってきた。

辞めてやってせいせいしたぜ。

せいぜい俺の抜けた穴の大きさを知って後悔しやがれ!

後から俺を頼って謝まりにきても絶対許さない!

まあ社長が土下座でもしてみせたら戻ってやらない事もないぞ。

と、妄想で憂さ晴らしをすれば、少しは腹の虫も治まった。


しかしここからが俺の転落人生だった。

その後、いろいろな会社に入っても長続きしない。

何度も転職を繰り返すようになり次第に何もかもが嫌になって働きもせず酒浸りの毎日だ。

酒を飲んでいる時だけが全てを忘れられる。

酒だけが俺をうらぎらない。


だがそんな酒を飲んでも忘れられないのが子どもの存在だ。

会社を辞めてからというもの長く家に居るせいか

子どもを見るとあいつの顔を嫌でも思い出す。

あのクソ女の顔を。

だから殴る、蹴る、折る、溺れさす。


そもそも本当に俺の子かも疑わしい。間男との子どもじゃいないのか。クソ。


子どもも最低限のエサだけ与えても、それなりに成長しだす。

どんどん大きくなっていく。

下の娘の小春も大きくなるに連れて、どんどん妻に似てきやがる。

ムカつきが鎮まらない。

だから何度も何度も殴ってやった。

ごめんなさい、ごめんなさいと謝る姿を妻に重ねてスカッとするからだ。


だが、そんな娘をけなげにもかばう長男がまた、俺を腹立たせる。

何度も妹を背に俺に殴られて、蹴られても妹をかばう。

弱いくせに献身的な姿を見せられるとブチ壊したくなる。

弱者をいたぶるのは強者の特権だろう?


犬や猫と一緒だ。生殺与奪は飼い主が握っている。

人間だからといっても結局は一緒だ。

親が子どもの生殺与奪を握っているのだ。


だからこんな親に産まれてきた不運を恨むがいい。

俺を捨てて男と逃げた妻を恨むがいい。


クソが!胸糞悪いことを思い出した。

俺は缶ビールを一気に飲み干しベンチの後ろに投げ捨てた。


すると突然暗闇の中から白い何かが薄っすらと浮かび上がってきた。

それは段々と人の形を浮かび上がらせ。


いつの間にか俺の目の前には銀色のメンズマッシュで左目だけが髪で隠れている全身真っ白なスーツを着た少年が、

俺が後ろに投げ捨てたはずのビール缶を手に握り潰してつぶやいた。


「もう、末期の酒は済んだかい?」

まるで虫けらを見るかのような目で俺を見下ろし告げる。


「お前が死ぬにはもったいないほどいい満月だ。」

そう言った少年の目には獰猛な人ではない何かが宿っているように見えた。

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