特別なお菓子
「え、私が総会でお菓子を作るんですか!?」
「ええ、もちろん田中さんが良ければですけど……」
「やります! やらせてください!」
それはこの寮に住み始めてから2年ほどした時のことだった。毎日真面目に働き、時間があれば互生の集まりに参加していた私にとって、この申し出はとても嬉しいことだった。
総会というのは、一年に一度互生で行われる大きな集まりである。基本的に互生は不必要な贅沢を善しとはしないけれども、この時ばかりは広いホールを貸し切り、教祖様や幹部の皆様のお言葉を聴くのである。また屋台も出るし、互生じゃない有名人や芸能人も来るし、大きな出来事(加入者の倍増とか)を成し遂げた教区のプレゼンテーションもあるし、かと思えば法律相談や就職斡旋などの生活に密着したブースも出て、最終日には火を囲み音楽をかき鳴らしてキャンプファイヤーまでする。まるで巨大大学の学生祭のようなもので、私たち信者にとっては普段なかなか会う機会のない遠くの仲間たちと交流し、改めて信心を深める大事な機会である。例年でも一週間かけて行われる一大イベントなのだが、今年は2050年という半世紀、かつ互生創立20周年を祝うイベントということで、倍の二週間かけて行われるということなのだった。それでもちろん総会というのは、昨日入ったばかりの信徒でも、それどころか互生の会員でない人ですら参加することができる。私たちは求める人を拒むことはない。実際、総会で教祖様のお言葉を聴いて会心したという人も結構いるという話だ。しかし総会の運営側に回るというのはそう簡単な話ではない。総会は互生の威信をかけた一大イベントで、外部から多くのお客さんや有名人も迎えるわけだから、運営側は相当大変なのは言うまでもない。総会が終わった直後に一年後の総会の準備が始まり、総会の担当になっている信者たちはその他の仕事は免除されるぐらいには忙しいのだ。(もちろん、任意で助け合いに参加する人はいる)しかしそれだけ大変であるからこそ、総会の運営と言う仕事は互生の中でも長年経験を積んでいる人や、とても優秀で次世代の幹部候補を目されている人が執り行う、互生の中でも最も名誉ある仕事であるとみなされているのだ。
「でも入ったばかりの私が運営に入って大丈夫でしょうか……それに総会まであと三か月もありません」
だから私が指名されたのはとても嬉しいけれども、同時にとても驚くべきことだった。私は入信してから2年ぐらいしか経っていないし、特別な存在でもない。それに総会まであと三か月しかないのだ。今から運営に入っても、荷物を運ぶ手伝いぐらいしかできる気がしない。
「ああ、それなら大丈夫ですよ。実は今回は屋台だけではなくて、本格的な飲食店を出す予定なんです。2週間多くの人が集まるとなると、どうしても屋台だけでは飽きが出ますし、キャパも限界ですからね。ところが、お菓子担当の人が病気で倒れてしまいまして。お菓子を作れる人がいないか互生中探していたところ、あなたが推薦されたというわけです。だから、作るお菓子のレシピも材料の発注も済んでいて、田中さんには前々日ぐらいに会場入りしてもらって設備を確認してもらって、後は開催中はひたすらお菓子を作ってもらえれば大丈夫です。調理設備が故障したり、材料が切れそうになったら、担当のものに伝えれば用意してもらえますから、田中さんはお菓子を作ることだけに集中していただければ大丈夫です」
「なるほど……それなら私でも出来そうですね!」
「田中さんだからこそできることですよ。田中さんのお菓子にかける情熱は有名ですからね」
「ふふ、ありがとうございます」
「では引き受けていただけるということで。レシピとか具体的な準備とかはまた担当から連絡がありますから、それに目を通しておいてください。よろしくお願いしますね」
「はい!」
その日の夜は興奮して朝まで眠れなかった。確かに総会の運営側に回るのは大変なことには違いないが、とても光栄なことでもあるし、何よりとても楽しいに違いない。
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