妄想と現実と花の女子高生の未来計画
と、いう妄想を相根はしたのでした。もちろん相根は刺さなかった。相根は賢いから。もうめっちゃ刺したいけれども、一瞬踏みとどまって考えてみれば、この島は非常に大きい密室なのである。泳いで本土に逃げることは不可能だ。そんな事件が起きたら、初動はとてもシンプルだ。連絡船の出航を止めてしまえばいい。そうすれば犯人は絶対にこの島から出られない。みんなそれがわかっているから、この島で殺人が起きたことなどないのである。出航ギリギリで刺してから、平気な顔をして船に飛び乗れば? 殺人現場を見つけた人間が本土側の港に連絡して、誰も船から降ろさないようにするだろう。そうすればやはりすぐに捕まるばかりだ。だからこの島で人を殺すことほど愚かなことはない。完全に逃亡不可能な巨大密室。ゆえにこの島の人間は殺されることを想定しない。否他の犯罪だってほとんど起きない。この島で犯される犯罪は非法律的なものであると言い換えてもいい。多くの人間の未来を飲み込むこの島は、それでいて、法的には平和な優等生である。まるで中世の常住礼拝めいて規律と閉鎖性が人を呑んでいるのである。
だから、話を戻すと、相根は震える声でこう答えたばかりである。
「それは大学を出た後じゃダメかな」
「先方はもう、今すぐにでもという話をしているところを、交渉して高校は出させてほしいと言ってるんだ。これ以上は……」
「な・に・が!これ以上はだ! お前の娘の人生なんだぞ! よくもまあ勝手に交渉して勝手に結論を出せるな! あたしの意思はどうなんだよ。もういい、あたしが直接一郎と話してくる」
猛然と家を出て白沖家の前の坂を上ると、問題の人物がいた。
「一郎!」
「相根、俺も今聞いたところなんだ。そんなデカイ声を出さないでくれ」
「出すわ! あんたあたしと結婚したいわけ? あり得ない!」
「ああもう、だから俺もさっきおじい様と話して、とにかくその話はお互いに高校を出るまではしないということで片づけてきたんだ。俺だって俺のいないところで決められていい気分がするわけないだろ」
誰もかれもが俺が俺がで、全てが相根のいないところで決まる。「高校を出たら」ということは、つまり、大学には何が何でも行かせないという意味になる。そしてズルズルと、一郎の嫁に収まることに決まっているのだ。仮にそうでないとしても、そうでないという説明を誰もしない以上は、そうであるという前提で行動するべきなのである。
相根は売春を始めた。
つまりこういうことだ。タイムリミットは高校卒業、つまり残り2年と3カ月。そのタイミングで一郎との結婚というイベントが発生してしまう。そうなると無理やり抱かれ、子供ができ、簡単に島の外に出られなくなる。逃げ出しても「子供をおいて逃げ出した女」ということになるからなぜか非が相根にあるかのようになってしまうし、出産を経て見た目・体力共に衰えるわけだから島外での逃亡・自活において大幅に不利である。そこでそれ以前に島を出て、何をしようという目標があるでもないが、多少なりとも生活していけるだけの金のあてがいる。しかし島にいられるのは述べた通り2時間しかない。2時間でシフトに入れるバイトがないし、仮にあっても稼げない。売春なら短時間で済むし、時間単価も高い。一か月で20日学校に行くとして、夏休みと冬休みと正月の休みを除外すると、およそ一年に200日学校に行く計算になる。これが2年と、あとは3か月分を足してだいたい460日。ただし生理の場合は休まざるを得ないから、一か月に一週間は休むとして、340日程度になる。もちろん生理がスケジュールよく都合よく来てくれるわけではないし、客が取れない日もあるだろうし、休日の計算を厳密にしたわけでもないが、およそ稼働日数はこれぐらいになるだろうと判断した。(手で行うなどして休まず売春してもよかったのだが、まず生理の日は疲れているし、いずれにせよ人間には休息が必要だ。本番が出来ずに単価が下がるぐらいなら、休日に充てたほうが良い、相根はそう判断した)
一回の売春で1万円として、稼動率が5割だとすると、170万円になる。これだけあれば遠くに逃げ出して、安い宿に泊まって、次の仕事を探すまでなんとかなるだろう。うん。実行可能な計画だと相根は結論付けた。自分の中ではもう、ファンティーヌの気分である。
しかし些細な問題があった。売春をやるのに、処女ではちとまずい。適当な道具で貫通させてもいいが、どうせならちょっとした使い道があるほうがいい。それに女子高生を買うような悪い大人にコネもない。要は処女を売ってコネを得られれば一挙両得、というわけである。
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