13話「伏兵合戦」ー後編


「多少殴られたぐらいじゃあ…」


"人は死なねえんだよ"と、言葉が先か、拳が先かで放たれたのは饗庭の鋭いジャブ。相手の眉間に吸い込まれるように繰り出された一撃に、目の前の不良は呻き声もあげる暇も貰えず沈む。


(軽くやって、銃で撃たれるくらいの威力はあるぞ…)


ぼうっと見ている暇など、辰実には無い。饗庭の一撃を目の当たりにし、恐怖を感じた集団であるが、すぐに"増援が来る!"、"数で圧してやっちまえ!"と気合を入れ直す。この立ち直りの速さには辰実も呆れてしまったのは、饗庭がどれだけ恐ろしい男か知っているのと、先程の様子で自分と相手集団のパワー差を即座に理解したからであった。



「大人しく逃げた方が身のためだぞ?」

「誰が逃げるかコラァ!さっさと女置いて消えろオッサン!」


(この子に何するつもりだ…?)


城本、もしくは菰田が"変な風に"言って諭したのだろうか?何にせよその2人をとっ捕まえれば分かる事。特に深く考える事もなく、辰実は構えをとらず集団に相対する。


「逃げる気が無いようだな」

「オッサンこそとっとと逃げろよ?その子は可愛がってやるからさあ?」


一瞬、ヘラヘラと辰実に挑発の言葉を投げた不良の体がくの字に曲がって、一直線に吹き飛んだ。うつ伏せ大の字になって起き上がらない男を見て、辰実の事をなめてかかっていた集団が戦慄の色をそれぞれの顔に浮かべる。


(今蹴ったか?右か左か分からなかったぞ!)


「黒沢、お前こそ勢い余って殺すんじゃねえぞ。」

「あの程度で死ぬ事なんて無い」


迫りくる拳、撃たれる拳を、上体をしならせ避け、隙あれば軽く一撃で沈ませる饗庭。片方で辰実は手を出してきた相手の腕を抱え、振り回し蹴り飛ばす。敵を吹っ飛ばして敵に当てる、自ら手を出さず、相手の動きを利用した技であった。


(饗庭さんは元々ボクサーだったって聞いてたけど、黒沢さんはどうして…?)


饗庭のように格闘技の選手だった経歴があるとも聞いた事は無い。"公務員"という話を聞いた事はあるのだが、それ以外の事を聞いた記憶が無い。


打ち出される拳を弾く辰実、打ち出される拳を物ともせず、すれ違いざまに鉄拳を顔面にめり込ませる饗庭。あっという間に包囲網も残す所4人になってしまう…。



「怜子ちゃん、早く!」

「え、古浦さん…!?」


隙間だらけになった包囲網に割り込む古浦。怜子の手を引き、階段に向かって走り始める。慌てて不良達も後を追おうとするが、先に気づいた辰実と饗庭に行き道を塞がれる。



「いけ好かねえ野郎だ、いい所持ってきやがる」

「それに関しては同感だ」


相手が4人という少なさに、軽口を叩き合っていた辰実と饗庭であった。…状況はまた一歩先へと進み、相手側が"増援"と言っていたチンピラ風(=不良)の若い男達がぞろぞろ駆け付けてきてしまう。


「数揃えりゃ良いって話じゃねえんだが。…おい、お前の言う"増援"はまだかよ?」

「もうそろそろ来る」


増援の数はざっと見て15前後くらい。武器を持っている人員はいないが、それでも普通に相手をすると大変な事になる人数である。それでも辰実と饗庭にとっては余裕で相手できる数であった。


「よーし、かかって来い!」


饗庭が不敵な笑みを浮かべて、20数人近くの集団に手招きするように右の人差し指を動かした瞬間であった。


猛々しく、サイレンの音が鳴る。血潮を滾らせたような赤色光を光らせ走ってきたのは白黒のパトカー1台、その後ろにいるシルバーの普通車は覆面パトカーだろう。


「げっ、警察だ!コモちゃん逃げるぞ!」

「うっす!!!」


パトカーの両脇から降りてきた制服に防刃ベスト姿の警察官を見るや否や、増援まできた包囲網が辰実と饗庭に気を取られているのを良い事に城本と菰田は一目散に逃げ始める。商店街にある交番から来た警察官だろう、覆面パトカーから降りようとしているスーツ姿の警察官に"追います"と目で合図を送り、逃げた2人を追い始めた。



「部屋には逃がす事ができとるみたいじゃな。」

「そこまでは上手くできてるみたいね」


助手席に座っているスーツ姿の女性がメガホンを取り出し、スイッチを入れる。



『警察よ!無駄な喧嘩は止めて大人しくしなさい!』



するとどうなったのか?喧嘩には更に火が点いてしまった。包囲網に押し寄せられる男2人は上手くいなしているようで、このまま静観していても片付くのだろうが、どうせ片付くなら早い方が良い。


助手席から降りたのは、黒いボブカットに凛とした顔立ちの、長身の女性。風に掬われた黒いスーツ姿を完璧以上に着こなしている。運転席から降りたのは、よく5人乗りの普通車に収まっていたなと言いたくなるくらいの大柄ゴリラ体型の厳つい男。黒のスラックスにモスグリーンの作業服を着た短髪の見た目に合わさって広島弁のような口調で喋るものだから普通に怖い。


「じゃあ、私は怜子ちゃんの所に行くから。こっちはお願いね。」

「へい」


"多少ボコボコにしても大丈夫だから"と、彼女は言いながら走り出す。同じく大柄の男も、辰実と饗庭が1合目をいなし、いつ2合目が始まるかも分からない硬直状態の人の波に飛び込んでいった。


いなされた際に、腹でもやられたのだろう。腹を抑え前屈みになりながら人の波をかき分け歩いてきた不良がいる。


(ナイス。どうやって階段まで行こうか迷ってたのよ。)


長身の女性は、限界が来て膝をついた男の背中を踏み台にし、辰実と饗庭への警戒を緩めない男の1人の両肩に着地する。そのまま身軽に1人また1人の首の付け根辺りを踏み台にして1足飛びで数ジャンプし渡って行った。…この間、やられた方は何をされたかも気づかないし、気づいた者は彼女が人の肩を使って跳躍している様子に"理解できないで"いる。


そのまま、辰実と饗庭の頭上を超え、階段の前に着地する。"別にやっても咎めはしないわ"と一言だけ言って急ぎ階段を駆け上がっていく。



「黒さん!助けに来たけえ!」

「駒さん!」


人の波の向こうから頭1つ抜きんでて辰実に手を振る大柄の男、もとい駒田匠(こまだたくみ)は消防士出身の警察官である。こめかみの部分に傷があるのは、焼け落ちるビルから子供を救助した際の"勲章"だと彼は言っていた。辰実とは付き合いがあり、よく保育園に娘を迎えに行く者どうしよく遭遇する。


「増援にしちゃあ卑怯じゃねえか?」

「確かに雑魚が1000人来るより頼もしい」


"有難い話ではあるな"と辰実はまたもや出された拳を腕ごと抱え上げ、相手の右腕を自分の左脇に、自分の右腕は相手の左脇を抱え上げ不良の波に突撃する。ロクな物を食べていないのだろう、背は辰実より高い割に重さも筋肉量も辰実より劣っていた分"軽い"の一言に尽きる。…しかし、そんな"軽い"人間もひとたびスピードを加えて投げつければ物理法則上は"鈍器"として扱う事ができ、その計算式通りに速さを加えた人間を投げつけられた男はあっという間に人間の人間重ねになってしまう。


更に、自分から見て斜め左上から曲線を描いて繰り出されたパンチを避け、当たらず体勢を崩した不良の背後に回って背中から勢いよく辰実は押し飛ばす。またもこれは別の不良にぶつけられ、飛ばされた方も当てられた方も呻くのみで起き上がってこない。


(1手で2人やるってか…。味な真似しやがる。)


十分にパワーもあるが、相手の動きを利用した"技"も饗庭にとっては見ていて面白い。


向こうでは駒田が、ガタイに任せてかかってきた大型の不良に対し、丸太のような太い腕でラリアットをかましていた。


(ありゃマジの力任せだ、加減はしてるだろうけど。本気でやられたらKOでも運が良い…)


辰実も駒田も、色々と"無茶苦茶"とも言える戦い方。しかしながらそれでも尚"退屈だ"と饗庭が欠伸をしたのは、手を抜いた一撃でも"簡単に沈んでしまう"くらい実力に差があり過ぎた所為。いくら数がいても、1しかない戦力が20近く集まった所でこちらは桁が違いすぎなのだ。


「面白くねえ!左手だけで相手してやるぜ!」


バシバシと、饗庭は左手から真っ直ぐに繰り出すジャブのみで目の前の不良共を駆逐していく。打った瞬間に繰り出される拳を上体をしならせて回避し、ジャブを顔面にめり込ませる。


駒田の出現も功を奏してか、数分も経たないうちに片付けられる増援。



「ありがとうございます」

「黒さん、また厄介な事に巻き込まれとるようじゃな」


久々の再会、という訳では無いが顔見知り同士"お迎え"以外の時の話は半年近くぶりになる。警察官の駒田は饗庭とともに辰実の"デザイン事務所に入る前"の事情を知っている数少ない人物であった。


「厄介とは思っていません。」

「事情は、概ね理解はしとるんじゃ。…確かに、黒さんは放っておかん。」


駒田と"彼女"の応援は、事前に辰実が"城本が怜子に対して何かする"と予測しての対策だった。若松町を管轄する、T島県警の新東署、生活安全課に相談し"もし怜子が襲われる等の事があった場合"に今後彼を逮捕する等の"本格的な"対策を検討するよう依頼していたのである。


昨年に行われた度重なる"ストーカー行為"では迷惑行為防止条例違反として解決を見たが、次に同様の事をすれば今度は通称"ストーカー規制法"と呼ばれる法律に基づいて接見禁止命令等の措置をとる事も検討できる。


それを可能にする証拠を、辰実も揃えてはいた。



「…変わらず以前にあった事をまた掘り返されとる。結局はどこ行っても変わりはせんって事じゃな。」

「どうやらその様です、結局何をしても逃げられない事だってある。」

「心配はしとらん。黒さんじゃったら何としてでも解決するけえ。」


"久々じゃけ、差し入れですわ"と、駒田は上着のポケットから缶のコーラを取り出す。"ちょいと揺らしてもうたが、まだ冷えてはおった"と笑いながら渡された、そのプルタブを炭酸が噴き出さないようゆっくり起こし、中身をゆっくり喉に流し入れた。饗庭も辰実に倣って駒田から貰った缶のコーラを飲み始める。


「"古浦"っちゅう男は、来とるんかいな?」

「彼でしたら、篠部を部屋までエスコートしに行きましたよ。」

「言い出しっぺの癖に美味しい所だけ持って行ったぜ」


怜子の部屋の方向を、じっと見る駒田…。


「"意思決定"の書類に一筆貰いますけえ、時間頂きますわ。」


駒田は駐車区画に車を移動させようと乗車する辰実と離れ、手袋をした後に菰田が撮影に使用していた携帯電話を回収し、透明なパッケージに入れた。証拠物品に関する書類、元より警察官が書く書類は結構な割合で"枠が小さい"ために手の大きな駒田にとっては書くのに神経を使うものであった。


(撮影に使っとったヤツじゃ。書類は面倒じゃが回収しとくか。)



 *


駒田が到着し、駐車場での乱闘が執り行われているのも飛び越え、もう1人の"警察官"は階段を駆け上がっていく。怒声と打撃の音は、交番にいた時からいくらでも聞いた。


2階に上がり、手前から3つ目の部屋が怜子の居室。


…それが分かるようにか、腕を組んだまま玄関ドアにもたれている古浦。



「警察です。通してもらっていいですか?」

「ええ、どうぞ。」


怜子の部屋をノックしている警察官の両目を、覗き込むようにして見つめる古浦。警察官の応援は"辰実の作戦"だという事を察しているのだろう。


(出てこないわね…、電話してみるか)


駒田と共にやって来たスーツ姿の女性が誰かと言われれば、"水篠知詠子"である。いつぞや"AMANDA"で月島亜美菜に詰め寄られている怜子を助けた女性の事であるが、彼女が警察官だという事を怜子は知らなかった。


『怜子です。…知詠子さん、どうしたんですか?』

「ああ、今貴女の家の前にいるわよ。」


(どこのメリーさんよ、私は…)


『私の家の…、前ですか?』

「そう、貴方の部屋の前よ。ちゃんとした用件で来てるから、部屋に入れてくれるかしら?」

『古浦さん、います?爽やかな男の人なんですけど。』

「そんな感じの人ならいるわね。」

『可能であれば…、知詠子さんだけで入ってくれないですか?』


ドアノブの辺りから"ガチャ"と音が聞こえた。怜子は鍵を開けてくれたのだろう。知詠子はドアノブに手を掛ける。


「女の子の部屋は野郎禁制のファンタジーよ?貴方は下で野郎共の相手でもしてなさいな。」


壁を背にもたれかかっていた古浦が、上体を前曲げた瞬間に知詠子は視線と声でそれを制す。怜子の事が"心配"ではある事に間違いは無い。それでも怜子自身が"古浦を入れないでくれ"と言ったのには彼女なりの考えがあると言っていい。


「そうは言われても、怜子ちゃんの様子が気になります。」

「警察でも、被害者が女性の時には女性警察官"のみ"を対応させる時だってあるの。」

「そう高圧的に言われましても、納得がいきません」

「城本が捕まれば、貴方にも"疑い"がいくわよ?…そんな人を警察が易々と入らせると思う?」


「成程。」


腕を組んで、納得した返答をする古浦。そんな彼を入れさせないように、知詠子は玄関ドアを開けて怜子の部屋に入って行った。


(馬鹿では無いわね、それに口では"嫌疑"について言えるけど簡単に尻尾を出すとは思えないわ。)


"いけ好かない男だ"とは知詠子も思う。こちらが"何を考えているか"ある程度読んで探ってくるような感覚。彼女にとってはあまり気持ちの良い感覚では無い。



「どうしたんですか、知詠子さ…」


"巡査部長 水篠知詠子"


"ん"を言う前に、彼女が手にして開いていた警察手帳に目が行く。知詠子が何をしている人なのか知らなかった怜子は、予想だにしていなかった"警察官"という職業に当然のように驚いた。


「事情はちゃんと話すから。…ひとまず、貴女を助けに来たわよ?」


極度の緊張状態にあったのだろう。…そして、怜子が知詠子に対しどう思っていたのか分かる。枷が外れ何かが決壊したように、怜子は綺麗な顔をぐしゃぐしゃにして、声を上げて泣き出した。


1年前にも、同じ事をされた筈だ。薄れていったトラウマの味を思い起こさせるように起こってしまった事件。自分の目の前で膝をついて、叫びにする事すらできなかった辛い感情を不器用に咽返し、同じように膝をついた知詠子が着ている黒いスーツの襟元にしがみ付いて震えている。


「遅くなってごめんなさい。そして、ここまでよく頑張ったわ。後は私達に任せて。」


何も言わず、怜子は頷いた。"この子のためにも、事件を二度と起こさないよう本当の意味での解決を図る必要がある"と強く思う。


「その膝、消毒してないでしょう?何かあって痕にでもなったら、貴女の雇い主が悲しむわ。」

「黒沢さん…、が?」

「そうよ。"アイツ"が何かあった時のために私達にも相談してくれてたのよ。」


擦りむいた怜子の膝に、消毒液で湿らせたガーゼを当てる知詠子。傷口に染みて顔をしかめながら、怜子は彼女が言っていた"アイツ"が辰実だと分かって気にかかった事があった。



「気になる?」

「へ?」

「私と黒沢との関係」

「聞いても答えてくれないんじゃないですか?」

「だって黒沢が自分の話をしてないもの」


知詠子の口ぶりからは、単に"警察に相談があって行った"だけではない関係が分かる。


「詳細は"伏せておいてくれ"って釘を刺されたから言わないわ。…簡単に言っておくと、黒沢は貴女の今の状況を"覆す"程のジョーカーを持ってる。」

「切り札、という事ですか?」

「そうそう、切り札」


(確かに黒沢さん、私の事で何か知ってそうな感じだもんね…)


知詠子の携帯電話が鳴る。鞄から何かの"書類"を取り出そうとしていた知詠子だが、"ごめんなさいちょっと待って"と一言入れて電話に出る。


「はい、水篠です。…え、川に飛び込んで逃げた?汚いわねソレは、でしたらもう引き上げで。ありがとうございました。」


通話を終わり、携帯電話をスーツの胸ポケットにしまう知詠子。


「ストーカー2人は川に飛び込んで逃げたわ。」

「撃退できたのであれば良かったです。」

「本来ならここで大人しくやられてくれれば良かったんだけど」


この場で捕らえられなかった事をさほど気にする様子もなく、知詠子は取り出そうとしていた書類を鞄から取り出し、怜子に渡す。何やらアンケート用紙のようなもので、何枚かホチキス留めされていた。


「"意思決定"に関する書類よ、書いた事ある?」

「無いです。」

「ストーカーとか、夫婦間のもめごと…所謂"DV"ね。男女間でこういう事があった場合に"今後同様の被害に遭ったりしたらこうしてください"っていう意思決定を書いてもらうの。私達がどう捜査するかは、貴女の意思次第よ。」


主にDV事案やストーカー事案で作成される"意思決定"に関する書類の内容としては、"過去に同様の被害を受けたか、いつから被害に遭っているのか?"、"今回含め何をされた事があるか?"、他には相手の性格や今後の対応について依頼する内容と多岐に渡る項目をアンケート形式で書いてもらう事になる。


警察法2条に記載される順番は"犯罪の予防、鎮圧、捜査"よりも"個人の生命、身体、財産の保護"である。犯人逮捕よりも、ここでは怜子を守るための書類であった。


「貴女のこれからだから、貴女が決める事よ」

「黒沢さんにもいつか、そんな事を言われた気がします…」


知詠子に促されるまま、自分の赴くままに項目をこなしていった怜子。当然ながら最後に彼女が思ったのは、"二度と同じ目に遭いたくない"、"二度と相手を近づけないでほしい"の2つであった。


要所要所で説明を受けながら、書類を作成し終わる。"お願いします"と手渡されたホチキス留めの書類に目を通し、"ありがとう"と一言。


「暫く、ここには居ない方がいいわ。実家は…」

「実家は絶対にダメです」


"そうね、そもそも駄目だったわ"とうっかりを装う知詠子。"絶対にダメ"と言った怜子が目で訴えていた様子は普通では無かった。頑なに実家を拒もうとする辺りに知る由もない事情が隠れている事ぐらいは察する事ができる。


「安全な所で、とりあえず城本と連れの男を逮捕するまで数日は要るわ。その間泊まれる所を探さないと。…これは黒沢とも相談しましょう。」

「それじゃあ、黒沢さんに迷惑が…」

「この事に関しては貴女だけの問題じゃない。…いい?」


厳しく言い放った知詠子に気おされ、俯いて"分かりました"と答えた怜子。


「本当に、何でもかんでも自分だけで考えようとする所に似てる、"どこかの誰かさんと"。」

「誰なんですか?」


「貴女の所の店長さんよ」


嫌な事でも思い出したかのように、冷たく言い放った知詠子。駐車場で乱闘を制した3人に会うために"少し待ってて"と言って部屋を後にした。



 *



「この後の処理が大変ね」


駐車場に横たわる、20前後にもなる不良の集団を眺めながら知詠子はぼやく。気絶している1人を蹴ると、満身創痍で目を開ける。1発でやられても威力は相当だったに違いない。対して乱闘に参加していた辰実も饗庭も駒田も、汗1つかいていないのだから如何に差があるか分かる。


「ちょっと」

「な…、何…?」


「早く消えな、クソ野郎」


這うように起き上がろうとする男の尻を、硬いヒールで蹴りつける知詠子。蹴られた男も痛そうな声を上げてうつ伏せに倒れる。そして素早く起き上がり、(知詠子への恐怖が大半だろうけど)足早に逃げ去ろうとする。


「他の奴も連れて行きなさい!」

「ひえぇぇ」


半泣きになりながら、気絶した不良達が叩き起こされ全員が撤収するのを見守る事数分。


「あれ、あのスカした野郎は?」

「何じゃ黒さんに"ありがとうございました"だけ言うて帰りましたわ。」

「あらそう。…そっちの方が都合いいから助かるんだけど。」


どうやら、知詠子は古浦の事をあまり良くは思っていなかったようだ。


「それで店長さん、相談なんだけど」

「あの子なら、暫くうちに泊めるよ」

「泊めたら泊めたで"男子禁制"とか言って追い出されるんじゃないの?」


冗談を言って笑う知詠子に、辰実は眉を曲げて反応する。


「俺ん家は無理だぞ、嫁がいるから」

「できたて夫婦の家に泊まるぐらいならビジネスホテルに泊まるよ」

「そうか?いい家庭だと思うんだけどなー。」

「いい家庭だから居づらいんだよ」


"けっ"と一言笑って、冗談に乗っかった饗庭も険しい顔に戻る。


「…チエさん、阿呆2人が落としていった携帯、回収しとります。」

「撮影してたんなら、今回の証拠も入ってるでしょう。…その他諸々分かる事があれば"より"逮捕がしやすくなるわ。」


"面倒な書類は一筆お願いね"とキツい目をした知詠子に言われ、覚悟を決めた割には駒田も悲しそうに"へい"と答える。余程、書類作業が嫌いなようであった。


「"現行犯"だったら警察側の話は早かったんだけど、まさか川に飛び込んで逃げるなんてね。」

「…そうか、"現行犯"にはならないのか。」


「暫く怜子ちゃんに近づかないと言うのであれば、まあいいわ。」

「近づく事は無いだろう。…次に何するかは大体の予想がついてる。」

「あらそう」


「とりあえず警察は証拠の整理でもやっててくれ。アレは後々"出頭させる"から。」

「大きく出たわね」


ぶっきらぼうな辰実の表情を、覗き込むように知詠子は視ていたが"納得がいった"ように目を逸らす。"だったらちゃんと出頭させなさいよ?"と愛想悪く答え、駒田を連れて現場を離れて行った。


「ほな黒さん、また」

「次は食事でも行きましょう」

「苺パフェの美味しい店がありますわ、そこで」


(あの体だと普通のパフェ1個では足りないだろうな…)


大柄な饗庭を更に1周り大きくした、大楯のようにも見える駒田の背が運転席に消えた所で、怜子が駐車場にやって来る。旅行用のキャリーバッグを引っ提げて、"泊まる準備"はもうできていたようであった。


「ごめんなさい、こんな事になってしまって…」

「君は被害者だろう?気にする事はない。それよりも膝の怪我は大丈夫か?」


擦りむいた膝には、大きめの絆創膏が貼られている。


「愛結と、娘が3人いるから窮屈なのは少し我慢してくれ。後は"ほぼほぼ"良いと言ってくれるが愛結に電話を。」


とか言いながら、愛結に電話を掛けて話をしている辰実であった。"篠部ちゃんを泊めさせて欲しい"と言った時に電話口から"ちょっと何があったの!?"と大きな声が聞こえる様子に、珍しく辰実が焦っていた様子ではあった。


「とりあえずOK貰ったから、今日はそのまま俺の家に行こう」

「ありがとうございます」

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