13話「伏兵合戦」ー中編
*
一方その頃。
商店街の大黒通りにある、"ステーキハウスたちばな"にて城本は菰田と食事を取ろうとしていた。
「奢ってやるぞ、遠慮なく食え」
「"遠慮なく食え"って、城本さん金あるんすか?」
メニュー表を眺めてみれば、どれも1500円は下らないという値段。一番大きい、400gのA5ランク牛ステーキなんて2000円どころか3000円にまで達しようとしている。チェーン牛丼の大盛りで財布と相談していた男が札の飛ぶステーキを奢ってやるなんて菰田は信じられずにいた。
「たまたまパチンコで勝ったんだよ」
「この前"もう行かない"って言ったのにまた行ったんすか?」
「今回は勝つと思ったんだ。これからはパチンコは絶対やらねえ。」
"へいへい"と菰田にしょっぱい返事をしながらメニューを見る城本。"400gにするかー"と呑気な事を言いながらグラスの氷水を口にする。
「おい決まったか?」
「決まったっす」
テーブルに置かれている、ワイヤレスチャイムのボタンを押すと、アルバイトの店員がやって来る。ふてぶてしい癖に菰田が遠慮して牛ハラミステーキ200gを頼んだのに対し、城本はA5ランクの牛ステーキ400gを注文した。財布を覗いていたが、1000円札が軽く10枚以上入っていたのは菰田には見えた。
「コモちゃんよ、昨日は一晩中ベッドで考え事をしててな。…決めた事があるんだ。」
「何すか決めた事って?」
「動画配信、再開しようと思うんだ」
あからさまに驚く菰田。
「前に古浦さんから"やめてくれ"って言われてたんじゃ…」
「もういいんだ、古浦は。」
以前に警察に捕まった事をきっかけに配信はやめていたのだが、配信を再開したいという気持ちはあった。怜子が"わわわ"から追い出されて以降は彼女の監視を依頼されていたために、そんな余裕も無かった。
「きっかけがあの女だってのは気に食わねえけど。冷静に思ったんだが、"篠部怜子"が追い出された時にもう、古浦の立場なんてあってないようなモンだと思ってな。未来があるのかどうかも分からねえなんて、そんな奴について行くなんてのも阿呆くさいと思ったよ。」
「そうっすよね。向こうから依頼するばかりで自分では手は汚さない、それで対価なんて無いしつるんでも良いように利用され続けて終わるだけっす。」
「だな。」
話が前向きになった事を祝うように、ステーキが運ばれる。店内で一番高い品だろう、見栄を張るようにナイフとフォークを刻み込んで豪快にファーストバイトを極めた城本の様子は、いつぞや菰田が"有名になるならこの人だ"と心に決めた時の様子と似通っていた。
「さて、早速今日から配信やるぞ!安心しろ、カメラは俺が貸してやる。」
「お、いいっすね。何やるんすか?」
「汚名返上」
*
"悪いが、もう篠部の監視はやらねえ"
いつもはこちらから指令を出したり進捗を訊いているのに、城本からメッセージが来たのは午後5時前の事である。淡々としたその文面を見るに、"その意図"を察した古浦は信号待ち中の国道上、社用車の運転席で溜息をついた。すぐさま城本に通話をかけ、携帯電話をスピーカーにし手の届く範囲に置く。
「どういう事かな?」
『どうもこうも、お前といても旨味がねえってのが分かってな』
「…今はそうだと何回も言っただろう。」
『"今は"じゃなくて小間使いのままだとずっとだな』
耳の痛い話である。"わわわ"で横山の小間使いを抜け出さなければ古浦に未来は無い事も明らかであった。
『悪いけど、俺は俺の道を往くぞ』
「何をしに行くんだ」
『まずは"汚名をそぐ"んだよ』
揚々と、そして一方的に通話を切った城本。不機嫌そうな顔をしている古浦の様子が、バックミラーに映る。…しかし、頭は冷静のまま。
(間抜けだな、目立ちたがりも程々にしないと)
信号が青になる。
計画した事の進め方のように、粛々とアクセルを踏む。愛用している7人乗りの普通乗用車は気付いたように速度を上げ始めた。
(…やる事は見えている。けど今僕1人で何とかするとなれば難解な話だな。)
ハッキリ言えば、城本が菰田と一緒に"何をやらかすか"も、その時にどうするかも古浦には見えていた、その上で万全に対策を練ってみた。結果として、"万全に進めていくには"1人では難しいと考える。
頭を使うのに連動して、ハンドルを握る力が強くなる。
(手を借りるとしたら、彼だな。だけど数日前に"あんな結果に"終わったのに借りても大丈夫か?)
先日の交渉は決裂した。…それでも尚、古浦が"必要と考えている"相手の力が無ければ状況を打破する事はできない。この点については後程説明が入らなければいけない事であるが、城本が何をするのか分かれば"彼"との利害は一致する。
(いいや、そこにプライドを持ってきては何事も為せないぞ?何かを成すうえで、ましてや人の往く道を支える立場と考えるなら捨てるべきは"プライド"だ。)
目に入った、コンビニの駐車区画に車を挿し込む。エンジンをかけたままシフトレバーを"P"の位置に動かしポケットから携帯電話を取り出す。
数タッチで"彼"に通話を掛ける。画面には"黒沢辰実"と表記されていた。
*
終業前。辰実は帰る準備をしつつ、商店街のお店にお遣いに行かせた怜子を待っていた。そろそろ帰って来るだろうと思っていた所に、振動を始めた携帯電話を手に取った所、画面に"古浦湊"という文字が目に入る。
『お疲れ様です、今お時間大丈夫ですか?』
「大丈夫じゃないと言っても、その様子なら無理矢理話に持って行くでしょう。いつもの様子では無さそうですよ?」
この男は侮れない。自分の心の、僅かな動きですら看破されている。
『そういう所です。できる限り早く、黒沢さんにはお伝えしないとならない事でしたので。』
「篠部の事でしょう、どうせ。」
『興味はありませんか?』
「興味は無くとも、彼女の身を預かる立場として"聞かなければ"いけない話じゃないんですか。…"しだまよう"が活動を再開するとか言う話でしょうか?それで手始めに篠部をストーカーしにかかると。」
『察しが良すぎますよ、貴方は』
「目的が"汚名返上"と考えれば、ですが。返上するどころかさらに汚名を重ねる事に気づいてないか。」
『城本は、怜子ちゃんを追っていた時に捕まりましたからね。…それに彼女は今、"掘り出せるネタ"だらけだ。』
「その状況を作ったのはどこの会社か…」
『耳の痛い話です』
先日、ステーキを食べながら話をしている際にあった余裕は古浦には無かった。声色が焦っているように感じるあたり、"怜子の事"になると本気なのだろう。それだけ大切に思っている相手だという事を察する。
「それで、俺に"しだまよう"を止めろと?」
『そこまでは言いません。現場には僕も行きますよ。』
「では、手を貸せと?」
『そうなります。ご協力頂けますか?』
"怜子が危険な目に遭う"という話を聞いて、何もする訳にはいかない。古浦も辰実のそういう心中を察して"協力をふっかけた"のだろう。
「断る事なんてできないでしょう」
『ありがとうございます。怜子ちゃんは今どこに?』
「商店街にお遣いに行かせてますよ」
『無事だと良いのですが。ともかく城本が狙うとすれば"帰り道"、彼女の住むアパート辺りでしょう。』
"では、現地で会いましょう"と一方的に古浦は電話を切る。
(饗庭も呼ぶか)
全くもって面白くないという表情をしながら、辰実はポチポチと剝き出しの携帯電話の画面を数タッチし饗庭に電話を掛ける。面白くない事に、饗庭が出たのは"出ないな"と辰実が思ってしまうギリギリだった。
『仕事中に電話してくんじゃねえよ馬鹿野郎』
「サボるのも仕事の一環だな」
電話の向こうでジャズかクラシックか分からない音楽が流れている。天田の妻が"お待たせしましたー"とか言って何かを持って行く声がしたので、商店街の"AMANDA"にいるのだろう。スポーツ関連の取材を担う饗庭が、喫茶店に取材に行くのはおかしい。
『…で、何だ?』
「面白くは無いが、面白い話だ。」
『何だ仕事と家事のし過ぎで遂に頭がおかしくなったか?』
画面を見ると、"今から戻ります"と怜子からメッセージが来ていた。気持ちに余裕はあるが時間に余裕は無い、話を簡潔にまとめる必要がある。
「手短に用件だけ話すぞ、"しだまよう"がこれから篠部怜子に突撃するかもしれない。」
『今ので意味が分かったわ。手を貸せってか?いいぜ貸してやるよ。』
怜子の事に気を揉むのは嫌では無いが、迷惑な男を相手にするのは辰実にとって"面白い話"では無い。…しかし、ある種"野次馬"的な立場の饗庭にとっては"黒沢が変な事に巻き込まれてるけど、観てる分には面白いんだよな"程度の事である。
「もう1つ言うとだな、これは古浦さんに頼まれた。」
『撤回だ、面白くねえ!』
「良い大人が好き嫌いをするな。…ともかく、このまま彼女が大変な目に遭うと面白くない。」
『馬鹿だろお前、もし現場に不良が大量に現れたらどうするんだ。』
"古浦に頼まれた"という点が気に入らないのだろう。どのみち分かる事であり、分かった時点で小言を言われるだろうから仕方が無い。とは思うのだが、この辺り隠さず正直に話す点は饗庭らしい所であったが今ここで笑い事では無い。
辰実は軽く舌打ちをして、饗庭に頼み込む。
「"ダイニングあずさ"の裏メニューでどうだ?俺か愛結、その他常連にしか作ってくれない"幻の鶏肉料理"があるんだが。勿論、飲み代だって全部出していい。」
『仕方ねえな、手を貸してやるよ。』
揚々と饗庭は答えた。辰実の財布が世紀末と化すだろうが仕方が無い。
(さくらよ、プレミアムなオヤツは来月まで待ってくれ…)
『それで、お前の事だから"伏兵"でも用意してんだろ?』
「ああ。古浦さんから連絡が来た時にもう声は掛けてる。」
『用意のいいこった。なら今から"アヌビスアーツ"に行くぞ?』
「頼む」
電話を切る饗庭。通話の終わった携帯電話の画面を、端末ごと握りしめながら辰実はじっと見据えていた。
「黒沢さん、何かありました?」
帰ってきた怜子が、近くにいた事に気づかなかった。通話が終わって暫く経ってはいたのだろう、いつもと違った険しい顔をしている辰実の顔を怜子は覗き込んでいた。
「うちのチビが転んで怪我をしたらしい。」
「愛菜ちゃん、元気な子ですもんね」
辰実の娘の事を、怜子は愛結から聞いていたのだろう。次女、三女の希実と愛菜は一卵性の双子で髪の長さ以外は見た目も殆ど一緒であるが希実は大人しい性格であるのに対し愛菜は活発な子である。
「希実の方らしい。」
「いたずらっ子なのは希実ちゃんでしたっけ?」
「そうだな。保育園の先生にも分かるように色の違う服を着せてるんだが、この間も入れ替えて先生を困らせていたらしい。パーカーのフードを被ってしまえば髪は分からないからな。」
"こうなると俺か愛結にしか分からん"と言いながら、辰実は帰り支度をする。熊谷、栗栖、マイケルの3人は出先からもう直帰するという話であった。焼き鳥でも食べに行くのだろう。
「さて、そろそろ俺達も帰ろう。…伊達さんも、適度な所で。」
「かしこまりました。」
片づけを終え、事務所を出ていく怜子と伊達の背中を、辰実は目で追う。
「帰ったか、そろそろだな」
気付かないうちに饗庭は裏口から事務所に来ていたようで、栗栖が使っているデスクに腕を組んで腰かけていた。"どこから入ったのか"と一瞬思ったが、こっそり裏口から入るように指示しているのを思い出す。
「何事も無ければいいとは思うんだが」
"無理だな"と椅子から腰を上げながら饗庭は答える。なりふり構わず古浦が連絡をしてきたという事は、城本が"今すぐにでも事を起こす"と察知した事もあるだろう。
「しかし滑稽だな、未だ女子大生のツラして垢ぬけ切ってない奴の尻を、大人がこぞって追っかけまわしてるなんざ」
「言い方は悪いが否定できない」
事務所の冷蔵庫から、勝手に缶のコーラを取り出し、プルタブを起こして一気に喉に流し込む。
「勝手に飲むな」
「良いだろうがお前のだろ?」
缶のコーラは辰実にとって"生命線"とも言える。ある時と無い時で気合の入り方が全く違うのだ。…簡単に言えば"黒沢辰実をやっつけたいのなら、コーラの入手経路を全て制圧すれば良い"と言われるぐらいに。あまり勝手には飲まれたくない(辰実に限らず、冷蔵庫のコーラを勝手に飲まれたら誰でも起こるとは思われるが)逸品ではあるが、言葉の裏に怒りが感じられないのは饗庭が気の置けない友人であるからだろう。
「気づかれんように、後をつけよう」
"はいよ"と気合の抜けた返事をしながら、コーラを飲み干した饗庭と共に事務所を出る。
*
(買い物も必要ないし、今日は真っ直ぐ帰るかな…)
商店街近くのアパートに住んでいる怜子は、基本的に徒歩で通勤している。商店街を抜けて5分で、9畳で家賃4万円の3階建てアパートに着く(ちなみに家賃の半分は会社が負担してくれている)。
問題は、そこまでの道程であった。
「どうもー、"しだまよう"でっす!!!」
テンション高く、城本は迷惑配信者"しだまよう"として復活の合図をする。菰田が城本から借りた携帯電話のカメラを向け、生配信を始めた。
(そうだ、この瞬間を待ってたんだ)
菰田にとっても、飛躍のきっかけとなる。"特定のスキル"や"学力"、"体力"が無くても話題性を作ればやっていける世界。とにかく"見てもらえる"、"人の目に触れやすい"コンテンツを提供していけば儲かる世界。
人の目を惹くコンテンツの1つに"スキャンダル"が存在する。
"1年ぶりの復活ですね。今回は何をしてくれるんですか?"
「今日?勿論、突撃するのは"篠部怜子"。去年はグラビアだったけど、今は"元"グラビア。どうしてグラビア辞めちゃったかなんて、質問してもだんまり決めちゃう"わわわ"に代わって明かしちゃいましょ!」
城本にとっても、"怜子を追う"という事は特別な意味合いがある。…この男が"迷惑配信者"として地元のモデルやグラビアに出演を迫る行為を重ねた上に、他にも飲食店や公共施設に迷惑行為を働いていた事は有名な話であった。
そんな彼も当然ではあるが、お縄につく事になる。その時に追っかけていたのが女子大生とグラビアアイドルとの2足の草鞋をしていた篠部怜子。その事を考えれば、怜子をターゲットとする事は、"逮捕された"という敗北を乗り越える意味合いを持つ。
それが"迷惑行為"でなければ、華々しいドラマだろう。
自分の復活の狼煙に酔いしれるように、有難くもない高説を垂れ流す城本の背後数十メートルを怜子が歩き去っていく。気づかない怜子に対し、菰田が彼女の通過に気づいてしまい、城本に指で合図を送る。
「お、通った?なら行くぜ!」
数十メートル先にいる怜子に、徐々に2人は駆け足で迫っていく。
「あ、グラビアの篠部さーん!!!ちょっといいですかー!?」
声をかけられて、気づく怜子。振り向いた先には見覚えのある男の姿。肥満体で髪はボサボサと、やや不潔感のあるニヤケ面の男には嫌な思い出しか無かった。
(この人…、何で!?)
1年前にも、この男には同じような事をされた。"配信で閲覧数を稼ぐ"という身勝手極まりない理由で、モデルやグラビアアイドルに突撃しいきなりインタビューのみならず無茶振りをさせようとする、更には自宅まで尾行された人もいたりしたのだ。
怜子も、そのうちの1人であった。
(やだ…、本当に。逃げないと。)
大学の構内でいきなりやって来て"体の関係を迫るような発言"をされたり、撮影前にいきなり顔にパイ投げを食らったり、時には上半身裸で追いかけられたりと、冗談では済まされないような事をされてきた記憶。それが一斉にフラッシュバックし、一直線に自宅へと逃げる怜子のメンタルをグチャグチャに引っ掻き回す。
後ろを気にしても、走ってくる肥満体の男と、携帯電話のカメラを向けて走ってくる男。距離はまだあるものの、迫りくる不安に足を取られ、怜子は転んでしまう。
膝を擦りむいた感覚。それすらも駆け寄ってくる男2人の所為で薄れていく。無理矢理体を起こすと、もう手の届く範囲まで迫っていた2人。いやらしい笑みを浮かべている様子は、こうやって人が困っているのを"楽しんでいる"からに他ならない。
分からずとも分かっていても、悔しくて辛くて涙が滲む。片方1車線ずつの車の通りが無い市道、その端にある歩道。追いかける2人は歩道も車道もお構いなしに怜子を追う。
「おい、スカートの中が見えたぞ!元グラビアのラッキーなシーンが拝めたぜ!」
「見えましたよ!カメラにも収まってます!」
よろよろと起き上がる怜子。お気に入りのフレアスカートやパーカーには土汚れがついてしまい、誰が見ても"散々な"状況。それを特等席で楽しむように、1畳分の距離まで近づいてきた2人。
「来ないで!!!」
背負っていたリュックを、菰田が向けているカメラに向かって投げつける。仕事で使っている手帳やノート、筆記用具だけではなく、免許証や保険証、キャッシュカードが入った財布、携帯電話まで入っている事も忘れて、自分が逃げるためになりふり構わず投げ飛ばした。
ごちゃ混ぜになった感情が、涙になって出てくる。車道の真ん中に落ちたリュックなどには目もくれず、気持ちの悪い追いかけっこは再開される。
人通りの無い市道に1台、走る車があった。くすんだ青色のボックスタイプの普通車は、閑静になった道路にリュックが落ちている位置で停止する。運転席のドアが空いて、直ぐに回収されるリュック。運転手の男は近くに残っていた血の痕にも気づいた。
「…想像以上にマズい事になっているかもしれん。」
「何があったんだよ?」
「血痕があった、しかもまだ新しい。」
「相当酷い状況だな、奴さんからしたら"撮れ高"なんだろうが。」
運転手の男は、リュックの中身を確認する。
「あの子の所持品で間違いない」
「んなモン確保しても、無事じゃなかったら意味ねえぞ?」
「分かってる」
ぶっきらぼうに運転席の男は言い放って、サイドブレーキのペダルを踏んで、ブレーキペダルを踏みながらハンドルの脇についているシフトレバーを動かした。
一方、怜子はやっとの思いで自分の住んでいるアパートまで辿り着く。"とにかく逃げる"と一心でここまで来て、"車の幅1台分"に加えて、余裕がある程度の距離は取れたが"その先"が無かった事に気づく。運良く部屋の鍵はパーカーのポケットに入れていたものの、"開けている間に"追いつかれて何をされるか分かったモノでは無い。
さてどうしたら良いのか?考えようとした瞬間に、怜子が必死に開けた"距離"に真横からカーブをつけて車が割って入る。
くすんだ青色の、ボックスタイプの普通車であった。
助手席に座っていた金髪に刈り上げの男が、城本と菰田を睨みつける。窓越しにでも分かる迫力に、思わず身震いしてしまった2人。片や運転席に座っている男はエンジンを切って車を降り、怜子と対面する。
「黒沢さん、どうして!?」
「話は後だ」
まるで準備したかのように、方々から"ガラの悪い男"が10数名現れる。半々に分けて、辰実と饗庭の前に立ちはだかった。こうなれば階段を昇って怜子の住んでいる2階にも行く事ができない。
周りには若いチンピラ風の見た目の男ばかり。大方、城本か菰田が念のために準備していた人員だろう、向こうも"古浦が何を考えているか"分かっていた上での行動だと分かる。
「邪魔してくれましたね、本当。折角の撮れ高だったけど、駆け付けて"正義の味方"みたいな面をしている奴がボコボコにされるのも閲覧は稼げるんだよなー」
割って入った車を迂回し、菰田にカメラを向けさせながら辰実と対峙する城本。"助けて下さい"と暗に頼むように、怜子は辰実の背後に隠れた。
「体も脂肪だらけかと思えば、頭も脂肪だらけなんだな。警察に喧嘩売って返り討ちにされたデブと、…そっちは夜道で人を"金属バットで襲っておきながら"逆にのされた馬鹿か。」
菰田の顔を、辰実は憶えている。"ダイニングあずさ"で1人飲んだ帰りに襲ってきた男はフードを被っていたが、気絶させた後にその顔を確認している。…"若松物産"の社員も同じように襲撃されたと聞いているが、同じように菰田がやったので間違いないだろう。
"単品じゃ俺に勝てないと分かって組んだか?"
辰実の軽い挑発に、城本も菰田も青筋を立てる。"この人数にやられても知らねえからな?"と、いきり立てて虚勢を張る2人を挟む辰実(の背中に隠れている怜子)と饗庭その周囲を取り囲む。
そして、城本と菰田は包囲網から抜け出す。
怜子を挟み、辰実と饗庭の背中合わせ。じりじりと寄る包囲網。
「やっていいか、おい?」
「良いんだがカメラがあるのはマズい」
「面倒だな」
「せめて"増援"が来るまで待ってくれ」
"はいよ"と返事をしつつも、饗庭は構えを崩さず前を見ている。元ボクサーであるからかその気迫は凄まじく、取り囲んでいる不良たちは気圧されて手は出せない。
「おーい、さっさとやってくれよ。早く俺は取材がしたいんだ。」
2人が手を出すのを煽る城本。"早くやれよ、臆病だな"と言わんばかりに笑みを浮かべながら菰田が包囲網にカメラを向けている。…しかし、煽る2人も挑発に躍起になっていたために"忍び寄る"1人の姿に気づかなかった。
瞬間、菰田の手から携帯電話が吹き飛ぶ。画面を上にし、回転しながらアスファルトの上を滑っていく携帯電話に呆気に取られた城本と菰田の視線の上に立ちはだかる古浦。
「まさか、"増援"ってのはアイツの事じゃねえだろうな?」
「そんな訳ないだろう」
城本と菰田に向ける不敵な笑み。いつもは自分に向けてきたその笑みに"いけ好かない奴だな"と思っていたのに、この時ばかりは頼もしかった。
"ヤバいんじゃないっすか?あいつら俺より格段に弱いっすよ?"
"こっちも増援いるだろ大丈夫だ"
2人にしか聞こえないトーンで話す城本と菰田。増援が、囲まれている2人にとって脅威になるのだろうか?少なくとも包囲している不良達は饗庭に恐れおののいて手を出すのに渋っている。
「そろそろやっていいか、黒沢?」
「勢いあまって殺すんじゃないぞ」
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