13話「伏兵合戦」ー前編

(前回のあらすじ)

始まった"Lucifer"と"わわわ"の合同企画。モデルもそれぞれ美人揃いと、一見最高の舞台が揃ったと思われるも栗栖とマイケルには"愛結と並んでも見劣りしないモノを作らなければならない"という懸念があった。


一方、辰実は愛結、饗庭と共に古浦と会う。高層ビルの上階に位置するレストランで食事をとりながらも、お互いに腹を割り話をした結果、辰実と同様に"怜子のシンデレラストーリー"を望んでいる古浦は"Lucifer"のアクセサリーモデルに、元々いた怜子を返り咲かせるための協力をその場にいた3人に持ちかける。


"結局見捨てた者の戯言だ"

"そんな退屈な提案があるか"


返ってきたヘアゴムから怜子との"決別"を悟り、更に愛結が古浦の提案を突っぱね、交渉は決裂したのであった。



 *


世間では、5月の初めの日であった。


「本当、退屈っすね。こうやってずっと眺めてるだけってのも。そろそろ声かけていいすか?」

「駄目だって、また古浦に怒られるぞ!」


怜子の様子を探るべく、彼女の出勤時間と退勤時間に"アヌビスアーツ"に張り込むのにも、彼の連れの男は飽き飽きしていた。元々"飽きた"という理由で直ぐに何でも投げ出す性格で、行き場の無い不良と化したのは彼も知ってはいるが、今の彼についてきた男がこれしかいなかったのも事実である。


城本義也(しろもとよしや)。昨年から動画配信者としてデビューし、"しだまよう"名義で県内で散々に迷惑行為を生配信してきた。有名どころで言えば、黒沢愛結や篠部怜子をはじめとする"わわわ"のグラビアアイドルを付け回す等の迷惑配信が原因で警察に捕まった事だろう。


"迷惑行為防止条例違反"で逮捕され、挙句の果てには"わわわ"から損害賠償を求められて以降は、動画配信をやってはいない。そんな彼にも、どこかで"復帰したい"と考える事はあった。


だからこそ、"篠部怜子のシンデレラストーリーを追う"という古浦に協力はしていた。自分に損害賠償を求めた"わわわ"に頭を下げるという結果に納得は行かなかったが、それでもまた"有名になる足掛かり"と言うモノは必要であった。


「すまん、トイレに行ってくる」

「へーい」


"余計な事はするなよ"と、城本に釘を刺された青年の名前は菰田(こもだ)と言う。城本の後輩ではあるが、現在はフリーターで糊口を凌いでいる。


(城本さんいねえしなー…、退屈だ。もう1回行ってみるか。)


夕方、終業する頃。周りも気にせず"アヌビスアーツ"を出てくる怜子。城本が場所を離れている間に、怜子の後をつけていく。最近はアルバイトも上手くいっておらず、かと言ってその事を愚痴る相手もいない。…鬱屈した人生に、"せめて可愛い子でも相手してくれたらな"なんて軽い事を思ってしまった。


前回の失敗がこたえていないのか?と聞かれれば否定はできない。本人の思考によれば、"前回は機嫌が悪そうだったから、コンディションの良い時に話しかければいいだろう"と楽天的である。


"監視"、城本が離れた事でその目的も頭から離れてしまった菰田は、駆け足で怜子を追いかけ始めた。



「ねえちょっと、また会ったね!」


揚々と怜子に駆け寄っていく菰田であるが、覗き込んだ瞬間に怜子と目が合う。覗き込む時、また自分も覗き込まれるというのは真理なのか、怜子も記憶を探り当て菰田が"何をしてきたか"思い出したようで強く睨み返す。


「近づかないで下さい、大きい声出しますよ?」

「この間はごめんなって…」

「私、本当に出しますからね?」


この間は盛大にフラれたというのに、更にフラれてしまう。"ったく、愛想悪いな"と舌打ち混じりに怜子の背中を追って呟いた菰田に、怒り心頭の城本が駆け寄る。



「…っおい!また俺が古浦に怒られるんだぞ!?」

「さーせん、だって暇でしたもん。」

「お前、暇だからってやって良い事と悪い事があんだろうが」


「何すか?古浦さんに媚び売って楽しいのかよ?」


以前にも、菰田が怜子に声を掛けたために"余計な事をするな"と古浦に怒られた城本であった。菰田自身にもその事を注意はしたのだが、如何せん古浦がどういう男か分からないために好き勝手やられてしまう。


「お前は、アイツがどういう奴か知らないんだよ!」

「知らないなー!…知ってる知ってないと言うより、城本さんがそうやって人に媚び売るなんて情けないんすよ俺は!」

「媚び売るって…、お前は古浦の恐ろしさが分からないんだって!」


「ちょっと、こんな所で口論するのやめてくれる?…あたしは関係ないからやってくれてもいいんだけど。」


商店街のど真ん中で、ささくれた男2人が言い争っている。下らない口論に楔を打ったのは、とある女の子の声であった。



「んだよ、邪魔すんじゃ…」


菰田の目に映ったのは、"わわわ"専属モデルの月島亜美菜であった。長い金髪を風に揺らし、革ジャンに白シャツ、スキニーのボトムスと尖った格好をしているが、"着こなしている"辺りに彼女の高いポテンシャルが伺える。


「菰田じゃん、中高と一緒のクラスだった」


"知り合いだったのか"と城本に訊かれ、"同級生っす"とそっけなく菰田は答えた。


「古浦さんに言われて、怜子を追っかけてるんだ。…それで、今腰巾着をしてる先が動画配信者の"しだまよう"と。グラビア追っかけまわして"カメラマンごと"警察に逮捕されたと思ったら、今はこれと。」

「今はこうかもしれねえけどな、この人は絶対舞い戻るんだ…」


「ふ~ん、だっさ」


辛辣な言葉を、鋭いトーンで突き刺していくものだから、菰田は何も言い返せない。"持っている人間は持っている"という言葉は真理で、何かしら人から羨まれる立場にある人間は、それを支える強さがあるのだ。



「そんな事より、お前こそ何してんだよ?」

「あたし、大学生よ?フリーターの菰田と汚いおじさんと違って。講義の合間に商店街をふらついてたって何も問題ないでしょ。」


"んだよ偉そうに…"と舌打ち混じりに反抗できない菰田の様子に感化されてか、城本も自分の今置かれている状況が悔しくなってくる。


「で、そっちのおデブさんは」

「名前で呼べ、クソガキ」


大柄な肥満体系の城本の事を指しているのは、すぐに分かる。怖いモノ知らず、よりも"持っている者"だけでなく"バックに大きな何かがある"からこそ堂々と振舞えるその姿に"鼻もちならない"と城本は心の中で思ってしまう。


「はーい。…それで、2人とも今は古浦さんの使い走りと」


否定ができない。歯痒くも2人は目の前の生意気盛りなモデル相手に何も言えずにいた。


「ぶっちゃけ言うけど、古浦さんも"使い走り"よ?元々は人気のあったグラビアアイドルのマネージャーだったかもしれないけど、それがいなくなってからはプロデューサーの腰巾着しないと生きていけない。…情けないと思わないの、2人とも?」

「尻軽には、古浦の事は分かんねえよ」


簡単な罵倒だけが、何とか出た。古浦と二人三脚でいた時期もあるからこそ、城本は彼の事を知っている"つもり"であった訳だが…。


「あたし"わわわ"にいる身だから、そっちの事は外野よりよく知ってるけど?あの人がマネージャーしてたグラビアだって、後輩に"暴言吐いて"辞めさせたとなって解雇されたから、"余程の事が無い限り"帰って来る事も無い。古浦さんも"わわわ"に残れてはいるけど、新しいグラビアのマネージャーになるかって言ったら疑問が出ると思うのは、尻軽でも分かった事よ。」

「"余程の事は"、か…」


篠部怜子の"解雇"という話は古浦から聞いていた。そんな彼が思い描く怜子の"シンデレラストーリー"、その裏で繰り広げられる男の"成り上がり"。その存在が古浦の"手助け"に依る事を前提をしていたために"手助けができる立場ではない"と事実を突きつけられ、古浦に対する信用が霞んでいく。


「別に何するも勝手だけど、あたし達に迷惑かけないでよね」


去っていく月島の背中を見ていた城本の様子に、先程まで揺れていた様子は無かった。


("帰って来る事も無い"か…)


「コモちゃん、飯食いに行くか」

「飯って…、城本さん金あるんすか?」

「うるせえ奢ってやるから来い!」


何かを思いついたように、駆け足で動き出す城本の背中を、慌てて追いかける菰田…。



 *


商店街に立地する雑居ビルの1階のテナントを利用し事務所としている"アヌビスアーツ"であるが、商店街の通りに面した正面入り口だけでなく、裏路地に出られる"裏口"と言うのもあったりする。


事務所の構造を考えれば、"非常用の脱出口"となっているのだが、人通りの極端に少ない"商店街の隠し通路"みたいな場所には熊谷とマイケル用(辰実の先代も喫煙者であった)の喫煙所となっている事が多い。そして用途はもう1つ、事務所内で"あまり聞かれたくない"電話をしている時に辰実が利用している事もあるのだ。


今回は、辰実が他の面々に聞こえない所で、屋良さんと電話をしている。屋良さんだけでなく真崎やボビーにも、"もし何かあったら報告を下さい"と頼んでいるのだが、誰もがすぐに連絡をくれる辺り、商店街の結束は固い。



『…怜子ちゃん、また声かけられたぞ?』


辰実もであるが、かつて迷惑配信者であった"しだまよう"こと城本義也が商店街に現れた事と、その連れの男が怜子に声を掛けていた事は既に知れ渡っている。城本が過去に行った"迷惑配信"についても、商店街の一部で行われた事があったために警戒はされていた。


"また"という事は、同じ連れの男に怜子が声を掛けられたのだろう。


「それは、先日と同じ奴ですか?」

『そうだな。うちの嫁が目撃したってんだ。』

「…ありがとうございます。」


『しかし黒沢さんよ、何か対策しといた方がいいんじゃねえのか?』


商店街のリーダー的な立ち位置にいる屋良さんは、辰実が商店街に"デザイン事務所の社員"としてやって来た時から気にかけていた。半年前に見た辰実は、"何かに絶望をした"ような顔をしていた事もあって屋良さんの甲斐性を動かさずにはいられなかった男である。今は何ともなさそうだが、それでも"何かを抱えている"という印象は屋良さんにあった。



「対策でしたら、既に」

『へえ、手が早いな。で、何をしたんだよ?』

「もしもの時の"伏兵"を。」

『それは怜子ちゃんに対してだろう、お前さんの分の"対策"はしといた方がいい。』

「でしたら大丈夫です。"しだまよう"もその連れの男も、俺に手を出せば返り討ちに遭うと分かってるでしょうし。」

『…物騒だな』

「"若松物産"の社員さんが、商店街で襲われた話はしましたよね。俺も似たような感じで襲われたんですよ。…その時に見たのが"連れの男"でした。」

『黒沢さん、武道でもやってたのか?』

「空手の段持ちです」

『まあ、無理はすんなよ。もし何かあって、お前さんだから"怜子ちゃんは"守るだろう。それで自分に何かあるってのは三流のやる事だ。…その辺、しっかり分かっといてくれ。』


「ありがとうございます」


"自分の事も大事にしろ"とは、前職の時もよく言われていた。それは辰実の優しさ故ではあるが、その為に自分の身を滅ぼす事が、如何程に助ける筈の他人に迷惑をかける事か。屋良さんの言葉は辰実にとって耳の痛い言葉でしかない。


(饗庭にも、伝えておくか)


数タッチで通話履歴から饗庭にコールをすると、5コールで"忙しいから手短にしろよ"と悪態をついて饗庭が出た。



 *


饗庭との電話を終え、事務所に戻ってきた辰実であった。


(…"できる"とは聞いたが、本当に凄いな)


辰実が腕を組んで立ったまま眺めていたのは、怜子の作業風景であった。デスクに自前のノートPCを用意し、よく分からない機械を繋いでヘッドホンをしている彼女が"作曲をしているのだろう"というのは上下するバーや音波のようなグラフが画面に出ていたから分かるのだが、"どういう行程"なのかは全く分からなかった。



「ほうほう、楽しそうであられる。」

「凄いですよね」

「ワンダホー」

「黒沢さん、俺には篠部が何をしてるのか分かりません。」


初めて見る、怜子の独壇場。彼女しかできない仕事であり、他の面々が軒並み揃って何も分からない作業を物珍しそうに眺めていた。皆が嬉々としてその様子を見守る中、辰実だけはいつものぶっきらぼうな表情を崩さない。


「俺にも分からん」

「分かりませんか」


「…気が散るだろう、全員持ち場に戻るんだ」


辰実の号令で、全員が自分の作業に戻る。熊谷、栗栖、マイケルの3人はミーティングテーブルに戻り、近くゴールデンウィークに来る"マチゴラク"に向けての打ち合わせを続ける。


以前にも解説したかどうかは分からないが、"マチゴラク"と言うのは半年に一度、T島県にて行われるアニメやゲーム、他サブカルチャーの祭典。大手ゲームメーカーが新作発表を行ったり、一角ではソーシャルゲームの大会が行われたり、更に一角ではコスプレイベントもやっているという。


何と今年は駅前では無く、若松商店街で行われると言うのだ。


その時に開かれる"ひらがなTシャツ委員会"の品評会にて、3人は怜子の協力を得て作り上げた"ひらがなTシャツ"を発表する事になっている。…これでうまく行けば、3人の腕前が評価されるだけでなく、実はやっていた"アヌビスアーツ"のネット販売の客も増える可能性だって考えられる分、気合が入らずにはいられない。



「"おみかん"と"あめ"でいくんだな。」

「ブレーンストーミングもやったし、それから色々考えたんですけど、"おみかん"と"あめ"しかないかな、と。"素人の発想"と言う勿れ、勢いの価値と言うか…。」


「トビ、何をやっても学ぶ事があるだろう?」


打ち合わせをしている3人に加わって、辰実も一席に座る。長い髪を下ろした怜子が"おみかん"と白字で書かれた黒いTシャツの裾を広げて立っている写真と、団子頭の怜子がリュックを背負って商店街で買い物をしている写真がA3サイズのポスターの中に描かれている。


("体験のデザイン"と言うのは俺が学生の時から言われていた話だな。)


サンプル品を見るよりも、"実際に着ている方が"想像を掻き立てる分、消費者に訴える力が強い。シンプルに"女の子がシャツを着ている"と言う話なのだが、それがここまで"伝わる"ものであったのは、ひとえに"篠部怜子"本人のポテンシャルに依るモノではないか。


「ただの素人では無かった、と思います。」

「グラビアアイドルだからこそ持っていた表現力だ。」

「黒沢さんに言われると説得力がありますね」


辰実が怜子の方を見つめている。視線も気づかずに作業に没頭している彼女の背中を眺めていた辰実が"作業の結果"ではなく、もっと遠いモノを眺めているように見えたのは熊谷の勘であった。



「少なくともあの子は、"表現"と言うのが何かは言葉で分かってないが感覚で理解はできている。…俺達みたいに"視覚"に訴えるデザインの技術を習得してきた立場とはまた違ったモノだな。」


"自分と違う"要素は多くあればいい、というのは辰実が組織の"リーダー"としての持論だと熊谷は思っている。


「…少しでも自分の立場が脅かされると思うなら、大いに歓迎すべき要素だな。」


自分のデスクに戻る前に、辰実が言い放った言葉は熊谷にとって"耳の痛い"言葉であった。"案が採用されなければ、そもそも表現者に存在価値は無い"と強く思う傾向がある熊谷。…学生時代に"センスがある"と言われセンスを武器にデザインの現場で戦ってきた若い男が初めて"壁"を見据えてしまう。


それが、"また別の"表現者であるが故に擦り付いた歯痒い気持ち。

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