鬼子

 いつも自分の中にべったりと存在。ハオランが呼びかけなくても勝手に出てくるし、呼びかけても無視されることはある。使役と違うのはそういうところだ。生気を吸い取られたりはしないが、いいように使うことなんてできない。

 はた迷惑な存在だった。手が掛かる上に我儘で、一度もハオランの言う通りになったことはない。


 天呉の牙を押し戻しながら、心の中でぼやいた。俺だって、こういう風に使役できたら良かったのに。



 青龍を持ってきたらしい辟邪の男たちは、遠巻きにそれを眺めていた。逃げられないのは、ジンリーが水落鬼で囲んでいるからだ。ぶよぶよと半透明の妖怪。ハオランはジンリーに怒鳴った。

「お前、そういうのやめろよ! 趣味悪いんだよ!」

 ジンリーは青ざめた顔でにっこり笑う。

 水落鬼。ジンリーは妖怪を。水落鬼の材料は、


「――何人溺死させたんだ」


 ジンリーは首を傾げた。

「何か悪いの? 君だって殺してる。どう殺そうが勝手でしょう」

 ハオランは顔を歪めた。死んだ後すら利用されるのは、ひどい冒涜に思えた。

 睨みつけると、ジンリーは目を細める。

「……ああ、でも、その人は可哀想だった」

 塔子を指差している。半分妖怪のような姿で死んでいた。

「日本にも、死体を材料にして作る妖怪があるって聞いたけど――うん、あの人は使わない」

 可哀想だった、ともう一度ジンリーは言う。ジンリーが塔子の何を知ったのか分からないが、ハオランは不意に、餓鬼は殺したくないです、と言った塔子を思い出す。

 嫌なことを言う、と思った。ジンリーはそんなこと、死んでも言わないだろう。


 天呉が、腥い水の臭いのする息を吐きながら、ハオランの曲刀を噛み砕く。


 白い牙が、ハオランの首筋を狙った。俺のことは材料にしそうだな、と思った。糞女だ。死んでしまえ、と心の中で呟く。

 しかし、牙は首まで届かなかった。ハオランの背後から、大きな爪が伸びている。前脚。それだけで、天呉を押し倒した。



「――あれは」


 スーツの男が食い入るようにハオランの背後を見つめた。ジンリーが嬉しそうに笑う。妖怪オタク、という庸太の言葉は案外正しいのかもしれない。


窮奇きゅうき


 ハオランは振り返った。有翼の虎。不機嫌そうな目でハオランを見ている。

「遅い……」

 窮奇、ハオランに付きまとう妖怪。睨むと、唸った。文句を言うな、ということだろう。


 ――『名を窮奇きゅうきと言い、これは大悪の獣である』


 中国の妖怪において、四凶に数えられる妖怪だった。四凶――古代中国の舜帝によって、中原の四方に流された四柱の悪神。四神と同じく、ほとんど見ることのできない伝説に近い妖怪だ。窮奇はその中で、不正と背信を体現しているとも言われている。

 

 ハオランにとっては不幸のもとだった。

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