大太郎法師

 誰だよこんなごちゃごちゃしたとこであんなもん出した奴、と庸太が悪態をついている。


「ジンリーか」

「違うでしょ。あの人、日本こっちの妖怪は使役しないじゃん」

 延平門に馬鹿がいたんじゃない、と庸太は言う。確かに、ダイダラボッチがいるのは延平門のある西の方角だった。あのあたりの店は壊滅状態だろう。だいぶというか、普通にルール違反ではないだろうか。



 ――上古、人あり。かたちきわめて長大たけたかく、身は丘壟をかの上に居ながら、手は海浜うみべたうむきくじりぬ。



 『常陸国風土記』だ。有名な、ダイダラボッチの記述。

 実際に見たのは初めてだが、勘弁してほしい、と思った。巨人は中華街の露店を踏み潰し、昔の名残である楼を崩し、うろうろと彷徨っている。その肩、小さく人が見えた。あれがダイダラボッチを使役した人間だろうか。


 山伏みたいな恰好をした、中年の男だった。中華街では見たことが無い。庸太も見つけたのか、不機嫌そうに顔をしかめた。

「なんだ、あいつ。潰されればいいのに」

 不穏な言葉を吐きながら、どうする、とハオランを見上げてくる。

「関帝廟行ったら、踏み潰されそうだけど。てか、青龍ももう潰されてるんじゃない?」

「冗談じゃない。んなことあってたまるか」


 しかし、今のハオランにあれを倒す術は無い。ハオランは使役する妖怪をし、そもそも使役ができなかった。使役にはある程度才能がいるのだ。



 ダイダラボッチが、ぐらりと揺れた。



 一緒に地面も揺れる。巨人が膝をつく。その巨人の背を駆け上がっているのは、小さな獅子に似たもの――望天吼ぼうてんこう


 望天吼ぼうてんこうが、巨人の首筋に嚙みついている。巨人が唸り、めちゃくちゃに手足を振り回す。砂塵が舞う。

「ジンリーだ……」

 誰かが闇の中で呟いた。

 白い馬――吉量が、するするとダイダラボッチの腕を駆け上って行くのが見えた。その背に乗っている、太刀を構えた黒い女。


 瞬間、吉量が消えて、代わりに畢方ひっぽうが出た。深い藍色に赤い斑点を持った、大火の予兆の鳥。一本足でジンリーを掴み、巨人の肩に乗った男の元まで運んでいく。


 ダイダラボッチの身体に火がついた。同じように太刀を抜いた山伏姿の男は、しかし、ジンリーに一撃で太刀を飛ばされる。そのまま流れるように、ジンリーの太刀は男の首を刎ね飛ばした。ダイダラボッチが主を失い、消える。


 あっさりと混乱は収束した。一瞬の出来事だった。


「……頭はおかしいけど、ほんと、すごいなとは思うよ」

 庸太が呆れと感心の混じった口調で言う。

「――あいつ、善隣門もう抜けたのか」

「そうなんじゃないの? 地久門とかでしょあそこ。関帝廟もう着くじゃん」

 急いだほうがいいんじゃない、と他人事のように庸太は言う。ついていく、ということはもう撤回したらしかった。

「加勢してくれたり」

「しない」

 あっさりそう言い、それから庸太は笑った。

「死んだら骨くらいは探すよ。まあ、あればだけど」

 人の心が無い、と言ったら、お互い様でしょ、と返され、何も言えなくなった。

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