玄武門
中華街の北に位置する玄武門、その黒塗りの柱に凭れてジンリーは空を見上げていた。
唐突に雨が降り出したと思ったら、すぐに止んだ。妙な気配がする。たぶん誰かの妖怪だろう――と思った。
欲しいな、と呟いた。ジンリーの所有欲は際限ない。中華街に来る辟邪たちから、ジンリーは『狩る者』として恐れられていた。
――いや、あの餓鬼は中国女とか言っていた。
思い出して、少し笑う。結果的には嘘だった白虎の取引、ジンリーの手から獲物を奪った鬼子の少年。おぞましいものを引き連れていた。ジンリーの使っていた禍斗一匹と
いつか殺してやる、と言ったら、少年はへらへら笑っていた。冗談ではない、本心だ。そうできる力が、ジンリーにはあった。
ジンリーは妖怪を使役する。自分に服従させて彼らを使う。売ることもあったが、ジンリーが取引を狙うのは大抵の場合は使役するためだった。妖怪を捕まえる為に妖怪を使役するのは辟邪によくいるタイプの人間だが、ジンリーの使役する数は桁違いだった。
玄武門前、倒れ伏した辟邪の男たちを見下ろす。ジンリーを殺そうと待ち構えていたらしい。
「……
虚空を見つめる男たちの顔は恐怖に凍っていた。ジンリーは禍斗、と呟く。
黒く炎をまとった犬に似た妖怪。禍斗が足元に現れ、ジンリーを見上げた。
「喰っていいよ。……死んじゃったら、
禍斗が死体の首に喰らいつく。こうして餌になってくれるのだから、
ジンリーが妖怪の横取りを始めたのは、五年ほど前のことだ。
自分で強い妖怪を見つけるよりも、中華街で取引されるものを奪った方が早いと気づいてからは、もっぱらそうしていた。
気が狂っているのだと言われているのは知っている。でも、ジンリーの欲求は満たされない。使役する数が多くなるほど、身体のどこかに不調をきたす。それでも、強さを求めることはやめられなかった。どうしてかは分からなかった。
もう右耳は聞こえないし、左腕は時々麻痺したように動かなくなる。何度か吐血もした。青龍を使役できれば、とジンリーは夢想する。使役した途端に死ぬだろうか。それもいいかもしれない。主を失った妖怪は解放され、暴れ出す。青龍がこの街をめちゃくちゃにするところは、見てみたいと思った。
「
呼ぶと、白い馬のような妖怪が現れる。乗ると、千年の寿命が得られるという伝説があった。邪気の無い美しい水晶のような瞳がジンリーを見つめる。血を吸って重いコートを脱ぎ、ジンリーはその背に乗った。
玄武門から善隣門までの道、そこには屋台は一つも出ない。ジンリーの通り道だからだ。虚しく誰もいない通りを照らす提灯を見て、ジンリーは笑った。
「行こう。――青龍が待ってる」
吉量が駆けだした。深い青、そこに刻まれた中華街の文字、その下にいる大量の護衛。
善隣門はすぐそこだ。護衛は三十人ほどだろうか。
護衛がジンリーの姿を捉えた。一斉に刀を引き抜いている。何人か銃を持っているのか、吉量の足元の地面が弾けた。吉量の速度が上がる。
奥から、鎖に繋がれた妖怪が引っ張り出された。使役ではなく、あれは調教だ。敵を襲うように調教された妖怪だろう。
――
人面の虎で、人を喰う。珍しい妖怪だった。ジンリーは口の端を吊り上げる。吉量は乗るにはいいが、戦うには向かない。ある程度近づいたところで、ジンリーは吉量から飛び降りた。
「水落鬼」
ずるり、と湿った音がした。ぶよぶよとした半透明の身体、赤く充血した目がジンリーを見上げる。水落鬼は最近作った妖怪だった。動きは鈍いが、銃が効かない。三体を護衛の方へと差し向け、ジンリーは馬腹を見た。
「
呼んだ途端に、鼻血が流れた。眩暈。身体がふらつくのを堪えて、ジンリーは太刀を引き抜く。
その隣、獅子のような姿の
馬腹が唸り、巨大な身体を躍らせてジンリーに襲い掛かってきた。行け、と言うと、
耳を劈くような咆哮が上がった。鼓膜が破れて耳から血が流れる。生温かい自分の血を拭いながら、ジンリーは愉しそうに、嗤っていた。
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