第2話余裕ぶっている……表面上は。


 山田君のイメージを友達に聞いてみた。印象は悪い人ではないが、パッとしない。頭良いよね。でも、まあ、普通。時々私へする良くわからない長々とした山田君の考察論はちょっと引く。というような感じである。ちなみに私の彼氏であるということは伝えている。というか、付き合う前のモヤモヤした時期から相談に乗ってもらっていたりなんやりで、すべて筒抜けだったりする。


 正直、彼氏がモテるような事は望んでいない。ハイスペックだったり、オシャレ過ぎると自分も頑張らなきゃいけないという気持ちが強くなり過ぎそう。むしろ少しファッションに疎いぐらいが望ましい。若干上から目線でダメ出ししたい。


 どちらかというと山田君はオシャレに疎い方だと思うので、概ね私の理想通りだ。


 しかし、疎いからといってモテないとも限らない。


 彼と長く接点があり、彼の優しさや落ち着いた雰囲気を感じることで、彼の良い所に気づいてしまう人もいる。


 そう、山田君の所属する茶道部での話である。私の心のモヤモヤ指数は急上昇中だ。


 ちなみに、私自身はどの部活にも入部していない。友達からは茶道部に入ればと勧められたがそれは断っている。


 彼氏について行きたいという理由で部活に入るのは私的にはあまり好ましくない。そんな理由では長く続けられる気がしないし、他の部員もあまり良い気はしないだろう。それに私は和菓子があまり好きではない。実際の部活では和菓子が毎回出てくるということは無いと聞いているが、そういう諸々含め、入部しないと決めている。


 茶道部は週三で活動している。部員は四名で山田君以外は女子。モヤモヤする。一度だけ山田君に誘われて部活を見学したことがある。緩やかな雰囲気だが、席に着く人とお点前をしている人は真剣でみんな真面目に取り組んでいるように感じた。特にその時はお茶会というものを開催する少し前だったので、より一生懸命稽古に取り組んでいたという。そのみんなが協力し、信頼しているような感覚にモヤモヤする。


 一度山田君の事を考えだすと止まらない。


 茶道部に入部したからか、元々なのかはわからないけど、山田君は所作が綺麗だ。物を運んだり片付けたりする細々とした所が丁寧で、落ち着いているけどただ遅いわけではない。それとご飯の食べ方が本当にきれいだ。箸の持ち方も茶碗の持ち方も魚の食べ方も。私なんかより全然。


 料理自体はあまり得意では無さそうだが、少し前から簡単な料理を作っているみたいだ。最近は豚汁を作れたと笑顔で報告してきた。


 以前、料理を振舞ってもらったことがある。彼は基本的にレシピ通りに作るので、普通に美味しい。ただ、何度も私の好みを聞いてくるので、少し塩分を控えめな方が好きと伝えたら、次からはそうすると喜んでくれた。あの時は、自分の表情と気持ちが外に出て爆発しないように抑えるのに必死だったな。本当に嬉しかったな。


 ……ダメだ、乙女回路が暴走している。


 原因は分かっている。昨日のあの事だ。あ、またモヤモヤしてきた。気分悪い。


 私は自室のベッドに大の字になって、ゆっくり目を閉じた。




***




「あの、佐藤先輩、すみません。ちょっと、少し、お話したいことがあります。あの、少しお時間頂けませんか」


 放課後、校門を出たところで誰かに声をかけられた。見覚えが無い女の子だ。うちの制服を着ていて、胸元につけたネームの色から後輩と分かったがそれだけだった。なんとなく嫌な気分がしたが、まずは相手の素性を聞いた。


「あ、すみません。一年の相馬と言います。茶道部です。山田先輩の後輩です」


 それだけで嫌な気分が確信に変わった。そして、話を聞かずに帰りたくなった。


 ……もちろん帰るわけにもいかなかったので、近くの行きつけの喫茶店に誘った。自分も落ち着きながら話を聞きたいというのもあったが、下級生の相手があまりにも緊張しているのが目に見えたのもあって喫茶店へ。レモンティーを二つ頼み、先に出てきたお冷を飲み干すと相馬さんは話し出した。


「えっと、佐藤先輩は山田先輩とお付き合いしていますよね。長くお付き合いされているとかでしょうか。いつからお付き合いされているんですか」


 等々、なんとも要領を得ない質問というか、本題へ踏み込み切れない質問が続いた。これでも私は女だし、こんな話をされていて気づかないわけがない。


 私はストレートに彼女へ聞いた。山田君への好意を。


 一瞬息詰まった相馬さんだが、そのまま彼女の思いを話してくれた。


「は、はい。私は山田先輩が好きです。山田先輩の彼女になりたいです」


 そこから彼女は好きになった理由や山田君の良い所をたくさん話し出した。まさに勢いよく湧き出す泉のように。そして、それを聞けば聞くほど私はイライラした。相馬さんにも、山田君にも。


 話すことを話し切ったのか、彼女は落ち着いてきて、しきりに私の顔を伺い始めた。そこでやっと私は彼女に一つ質問をした。なんで私にこの話をしたのかと。


「先輩が山田先輩と付き合っているのは知っています。山田先輩自身も幸せそうでした。でもどうしても山田先輩のことばっかり考えて、辛くなって・・・。あ、つまり、えっと、すみません、よくわかりません」


 急に、落ち着いた気持ちになった。私も人のことは言えないが、この子の乙女回路もなかなかに暴走しているな。納得はできないが、この子の気持ちを少し理解してしまった。どうすれば良いかわからないし、どうにかしたいし、上手くいかないし、ただただ本当に迷子なのだろう。迷子、道に迷っている子なのだろう。


 そして、今、この子の話を冷静に聞けている自分に少しびっくりしている。相手が年下で緊張してていっぱいいっぱいで、自分のお気に入りのお店というのも理由なのかな。我ながら良い場所選びだった。それに不安定な時の私の話をちゃんと聞いてくれる山田君を思い出したのが大きい気がする。このタイミングで山田君を褒めるのには抵抗があるが、感謝はしておこう。


 一息おきてから、私は彼女にこれからどうしたいのかと聞いた。


「断れられると思いますけど、告白したいです。あ、もしかしたら、佐藤先輩にお話したのは、ただ、自分勝手な罪悪感を減らしたくて、お話した、んだと思います。すみません」


 そこで話は終わった。会計を終えて、それぞれの帰路に。


 帰り道、私は私自身の思いを気持ちを考えて考えて、よく分からなかった。




***




 翌日、ぼぅっとしていた私は、スマホのメッセージ着信音で、現実世界へ引き戻された。山田君からだ。


『今、時間ある? 急で悪いんだけどちょっといつもの公園で会えないかな?』


 メッセージを読んだ瞬間に、『やだ!』と返したくなったが、それをすると一生会えなくなるような気がして、少し後なら会えると返信した。


 いつもなら用件がわかるメッセージを送ってくるのに、会いたいとだけ書かれたメッセージに憂鬱になる。絶対にやましい事があるに違いない。こんなにモヤモヤさせるメッセージを送ってくるのはやめてよ。会いたいけど、会いたくない。


 そう思いながらも、メイクをする手はスムーズに動いている。


 昨日会った相馬さんの事を思いだしていた。相馬さんは本当に可愛い。私より細いし、恋愛以外にも一生懸命な感じもした。一生懸命ゆえのあの不器用な感じも男子からは好まれそうな感じがした。いやだな。


 なんで山田君なのだろう。他にも男子はたくさんいるのになんで彼女持ちを好きになるのかな。最悪だよ。話を聞きたくないな。


 そんな不安とは裏腹に、準備が整う度に謎の高揚感が溢れてきた。どんな話でもまずはヤツの言い訳を聞かせてもらおうじゃないか、ちゃんと私を納得されられるやつをな!と謎の余裕を携えた私は決戦の地に赴く。


 家の玄関を出たときはずんずんと力強く前に進んでいたはずが、公園に近づくたびに足は段々と凍り付き一歩一歩が鈍くなり、歩幅が狭くなる。それでも、止まるわけにはいかないし、山田君の言い訳を聞いて文句をたくさん言おうと決めていた。


 そして、公園にたどり着いた。公園にいた山田君はいつものように優しい笑顔で私を待っていた。


 それを見た瞬間、私は弾けた。




***




「やだ、やだ、本当にやだ」


「他の女の子に優しくしないで!」


「別れたくない」


「山田君が好きなの」


「もうやだ、つらいの!」


 はやつぎにあふれ出す春ちゃんの言葉と涙。公園に集合して挨拶をする前に、春ちゃんは泣き出しながら思いのたけを僕にぶつけてきた。言葉は上手くまとまっていない。泣きじゃくるせいで若干何言っているかわからない。本人自身も自分を全然コントロールできていないと思っているに違いなさそうだ。それでも、僕の心に強く響いた。今、僕は、初めて春ちゃんの生の感情に触れている。


 春ちゃんに会う前から何かしら言われると思っていたが、こういう形だとは思っておらず、少し面食らった。今まで見たことがない姿だったのも大きいかもしれない。そして原因は相馬さんのことだろう。一瞬で色々なことが頭をよぎったが、何かを決める前に体が勝手に動いていた。


 僕は春ちゃんを強く抱きしめていた。


 本当に体が勝手に動くということがあるのだなと変な感想と一緒に。


 僕の腕の中にいる春ちゃんは最初抵抗というより溢れる気持ちに任せてもがいていたが、段々とその動きが収まり僕に強く強くしがみついている。抱き合うというよりしがみついているという形なのは、彼女の腕を僕の胸と彼女の胸で挟んでいるからだ。


 こんな状態の彼女を前にだいぶズレているかもしれないが、心の底からこの子の事を愛おしいと感じた。こんなにも人を手放したくないと思ったのは、本当に初めてだろう。そしてこんなに大事な人を泣かせてしまった事をとても後悔した。


 抱きしめて少し経った後、僕は一呼吸おいてからゆっくりと春ちゃんへ話かけた。まずは、急に呼び出したのに来てくれたことへの感謝を。そして伝えたかった話を。




***




 山田君の腕の中でもがくのをやめる頃には、私は少し落ち着いていた。でも、絶対に離すもんかと彼のシャツを思いっきり掴んでいた。間違いなく爪痕は残ってしまったと思う。それにしても山田君は温かいな。こうしていると山田君の温かさ以外を感じなくなる気がする。温かさで満たされて、安心する。あー、やっぱり山田君の事が好きだ。


 私の心がだいぶ安定してきた頃に山田君が深呼吸しているのが聞こえた。そこからゆっくりと私に語り掛けた。その声はとてもとても大事な物を優しく包み込むような声だった。


「ごめんね、春ちゃん。急に呼び出しちゃって。それと来てくれてありがとね。実は春ちゃんに話したいことがあってここに来てもらったんだ」


 わずかに私の体が硬くなった。山田君はそれを気にせず話を続けた。


「でもその話の前に言いたいことがあるんだ。心配させてごめんね。不安になったよね。辛かったよね。僕は春ちゃんが好きです。他の誰でもなく、春ちゃんだけが大好きだよ」


 私はそれが聞けた瞬間に足の力が抜けた。シャツに引っ付いているため、倒れることは無かったが、膝が少し、くの字になった。あんなに不安だった気持ちもモヤモヤもそれだけで、無くなった。後々、この時の私はちょろ過ぎるだろと思う事になるのだが、今はそれだけで良かった。


 今一番欲しいものを受け取れた。それだけで嬉しい。


 山田君の話を要約すると、やはり今日相馬さんに告白されたらしい。そして、その場で断ったとのこと。ただ、昨日相馬さんが私に宣戦布告のようなものをしたという話も聞いたので、そのフォローも含めて、今日すぐに伝えたかったらしい。ただ、メッセージで伝えると誤解が生じるかと思ってあえてぼかして連絡したことを謝罪してくれた。


 うん、ほぼほぼ私の早とちりと暴走でした。ごめんなさい。うわ、恥ずかしい。そして何よりも山田君への罪悪感で圧し潰され地中深くまで埋まりそうである。謝ろうとしても、山田君の方が申し訳なさそうに、不安にさせてごめんとか言ってくる始末である。


 今回の一件があったおかげで、私は自分の気持ちが素直に出せるようになって山田君、いや蛍太郎君と心から話せるようになれた……気がする。


 まだまだこれから先もこういう事とぶつかって悩んでいくと思う。それでもやっぱり蛍太郎君と一緒にいたい。




 私は蛍太郎君が好きだ。




***




 僕は春ちゃんが好きだ。




 将来のこととか結婚とかはまだ全然よくわからないができるだけずっと春ちゃんと一緒にいたい。彼女に幸せになって欲しいし、ずっと笑顔でいて欲しい。ものすごいわがままだけど、他の人ではなく、僕の手で幸せになって欲しい。本当にそれだけだ。


 ただ、今、僕はよく分からない現実というものの中でぐるぐると迷子になっている。理想と現実。できることできないこと。お金。将来。夢。そしてやっぱり現実。よく分からない。


 一度、深く息を吐いた。


 そして、僕は手元にある紙から逃げるように目を閉じた。




 その「進路希望調査表」から。

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