第16話

「ええ。武様。ちょっと、ここで……」

「?」


 鬼姫は武に向いて、神鉄の刀を抜きました。


「よく見ていてください」


 そう言って、鬼姫が天空を向くと、武は驚きました。


 なんと、天が割れていました。

 ほんの一瞬のことだったのでしょう

 確かに鬼姫が刀を抜いた辺りからです。

 

 抜いた神鉄の刀は見事。空を裂き。天を裂いたのです。

 

 三つの月は有難いことに無事でした。薄暗がりの灰色の雲ぐもも綺麗に地平線まで一直線に割れていました。一本の天の傷が西から東へとありありと見て取れます。

まるで、天に線が入ったかのようです。

 

 恐ろしい技ですね。

 

 ですが、ここから天空の悲鳴が聞こえることもありませんでした。


「この技は居合い抜きより遥かに強力なのです。すぐに覚えられそうですか? 武様?」

「鬼姫さん……今のは?」

「幻の剣 三の太刀 鞘の内・空鳴り(さやのうち・からなり)です。なので、まったく音はしません」


 恐らくは、超超高速での居合い抜きなのですね。何せ抜刀した音もしないのですから……。

 震える手で武は雨の村雲の剣の鞘を握っています。

 ここへ来てから、私も、勿論武も驚きの連続ですね。


 しばらくしずかな町の中の魚人の往来に溶け込んでしまいそうな二人を見ていると、また驚きの出来事です。


 天空を数多の巨大な龍が飛び越えていきました。

 しばらくは、空はまんべんなく鱗で覆われることでしょう。

 龍の首はもはや遥か東の方で、後は尾が通り過ぎるのを待つだけとなりました。


 竜宮城は無事でしょうか?


 龍のここまでの接近を許してしまうとは、後は祈るだけとなりましょう。


 影武者にお願いしていた斥候は役には立たなかったようです。

竜王とは何ものなのでしょうか?

 夜の空の闇が、突然浅黒い青と緑になってしまったこの城下町で、東龍たち四海竜王が武の元へとやってきました。

 

「ち、近すぎる……!」

 西龍が叫びました。

「どう戦う。武よ……」


 東龍は武の方を見ました。その強い眼差しには恐怖は微塵もありません。ただただ驚きとこれからの楽しさを待つ子供心に似た精神が宿っているのみです。


 武は鬼姫に向き直り、お互い頷き合いました。

「幻の剣 三の太刀 空割り。今、すぐに習得しないといけないんだ……」

「武様ならきっと……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る