第12話
そうですね。水淼の大龍退治は城下町のどこからでも見えたのでしょう。あんな凄い大技とあっては、皆の気を引くことは当たり前だったのでしょう。この場合は特に女性ですね。
夜空に浮かぶ三つの月の中央に、一際大きな流れ星が落ちています。外はもう真っ暗でう。薄屋の喧騒は夜通し賑やかでした。
東龍はこともなく酒を飲んでいます。
東龍にとっては恋人候補は100人はいるので、あまりやきもちは焼かないのでしょうか? いえいえ、武には麻生がいることを知っているのです。
「凄い技ね。何て名前の技なの?」
ミンリンは傍へ来て武の顔を覗くように言いました。
「え?! ああ……。幻の剣っていうんだ」
武は極度の集中から戻りました。お茶と団子を楽しんでいます。
「へえ……。ねえ、その技で水晶宮の竜王と戦ってくれるのよね」
「ああ。そうだけど」
武はまたもやたじたじです。
優等生なのに何故だか褒められ慣れていないのでしょう。
「やったわー! でも、3千年くらい生きてきたけど初めて見る技よ。海が無くなっちゃうんだもんね。ねえ、当然、師匠はいるのよね?」
「ああ……」
ミンリンが盆をそのままで武の隣の席に座ると、東龍がミンリンの肩に勢いよく抱きつきました。ミンリンはそれを軽くあしらっています。いつものことなのでしょう。
「ねえ、どんな人なの。その師匠って? きっと、あなたよりも数段強いのよね」
「ああ。鬼姫さんっていうんだ。当然、俺よりも強いさ」
武はお茶で口に含んだ団子を押し流して、はにかんだ。
南龍は黙々と食べていました。
周りの魚人たちも武には麻生がいることを十分に知っています。知らないのは、いや、知っていても変わらない態度なのは女性だけのようですね。
いつの時代でもどんな場所でも武は女性に好かれます。
そういえば、ここ薄屋には女性もいます。辺りを見回すと皆、武を見つめていました。
「へえー」
武は思うところがあるのか、ミンリンに聞きました。
「あ、竜王はどんな姿なのかなあ。ミンリンさんは見たことはありますか?」
ミンリンも東龍、南龍、周りの魚人たちも皆、瞬時に沈黙しました。
「へ? 俺、何かマズイこと聞いた……? ミンリンさんでいいんですよね?」
「武よ……。四海竜王も乙姫様も皆、竜王の姿を見たことはないんだ……」
武は一瞬、総毛立ち激しくブルっと武者震いをしました。
それを見逃さなかった東龍も酷く引き締まった顔になりました。勿論、南龍もです。
「なんだかなあ……凄く……いや、竜王は想像を遥かに超えた強さの持ち主のように……直観だけど……俺は思う……」
「ほんとだな……」
東龍もゆっくりと頷きました。
歴戦の勇者の武が言うのです。本当のことなのでしょう。
再び沈黙が包み込んだ薄屋の店の奥から、店主が手を滑らせ徳利がコトリと倒れました。
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