終わりのプロローグ

終わりのプロローグ

 今日も店は大繁盛している。

 朝早くに来て、仕込みを手伝い、漁から帰って来た疲れ切った漁師さんたちに一時のくつろぎを与えるのがこの店の役割。


 開店早々、第一波の波のようにお客様がなだれ込んできて、席が即座に埋まった。

 私はお水と温かい手拭いを即座に出して、注文を取る。 

 

「おー、陽花里ちゃん。今日も可愛いね」


 よく日焼けして小麦色になった漁師のおじさんがそう言ってくれたけれど、「おい! うちの娘を口説くんじゃねえ!」と厨房の方からおじさんの声が飛んで来た。


「おおこわ……。地獄耳おやじ……。陽花里ちゃんはみんなの陽花里ちゃんだろ! つまり俺の陽花里ちゃんでもあるんだ!」


「おまえみたいな飲んだくれの甲斐性なしに、陽花里を渡すかよ!」


 厨房と客席での口喧嘩。

 町の人たちとの距離が近いだけ、この店ではよくあること。

 だけど、ここまで聞こえるなら私が注文を取る必要ないような……。

 まあいっか。


「で、注文は何にします?」


「陽花里ちゃんのオススメなら何でもいいよ」


「あ、俺も陽花里ちゃんのオススメでお願い」


「それじゃあ、エビとカキフライの定食でいいですか。エビとカキの大きいのが入ったんです」


「おう、それで頼むよ」


 愛染堂は今日も朝からにぎやかで何より。

 お客さんをみんな帰しても、まだ忙しい時間は続く。

 昼の準備をしなければ。


 私は食器を洗い、食材の下ごしらえや、準備を手伝う。

 時刻は十一時を過ぎて、もうすぐまた第二波がやって来る時間だ。

 だいたい私の波浪警報は当たる、と思った矢先、人が津波のように店の中に押しかけてきた。


「いらっしゃいませ」


 人が流れ込んできても焦ってはいけない。

 一人ずつ、お冷と手拭いを出して、注文を取る。

 そして料理を運び、お会計を済ませる。

 どれだけ人が多かろうと、一つ一つ取り組めばさばけるのだ。


「いらっしゃいませ」


 新たに入って来たお客さんに、満席であることを知らせた。


「いいよいいよ。今暇だし何時間だって待つさ」


 いつも見る顔の漁師さんのとなりに、見知らぬ若い男性が仏頂面で立っていた。

 この町の人ではないように思う。


 昔から私には、この町の人か、そうでないかがわかってしまうという何の役にも立たない能力があった。

 観光かな、と思ったけれど、どうやら一か月ほど前からこの町で働いているらしかった。


 何か事情がありそうな雰囲気。

 名前は吉良というらしい。

 余り話さない人で、ちょっと怖そうな人だな……と思った。


 話しかけても愛想がないし……、眼つきが良い方ではないと思う。

 けれど、不思議と悪い人ではなさそうだな、ということはわかった。

 だって、食器をわざわざ持ってきてくれたから。


 そんなことくらいで良い人か、良くない人かの根拠にはならないのだろうけれど、動物好きに悪い人がいないというように、ちゃんと食器をかたずけてくれる人に悪い人はいない、と思いたい。


「美味しかったよ」


 照れ臭そうに吉良さんは言った。

 そうか、ただぶっきらぼうなだけなのか。

 吉良さんが店の敷居を出たとき、何故かこれだけは言わなければと思い、吉良さんの背中に声をかけていた。


「また来てくださいね」


 私は「また来てください」とは言わないようにしている。

 それでお客様に余計な気を遣わせて、負担をかけたくなかったから。

 だけど、今回だけは私の流儀に自分から背いてしまった。


「あ……その、食事を作るのがめんどくさいと思ったときとか……」


 私は慌てて、説明を追加した。

 ああ、何てこと言ってしまったんだ、私……。

 吉良さん困っているじゃないか……。


「ああ、まだしばらくはこの町にいるつもりだから、また来るよ」


 吉良さんは私の顔を見て、初めて笑顔を見せてくれた。


「お待ちしております」


 なんだ、不器用なだけでこんなに素敵な笑顔で笑えるんじゃないか――。



 END

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燈のひかり繋ぐあかりの町で ~私を愛して~ 物部がたり @113970

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