第17話 繋がる想いと、これからと
「違くないよ」
「違うんだよ。もとは蓮くんが引っ込み思案だった私を引っ張ってくれたから、あのとき蓮くんの背中を押すことができたんだよ。今の私があるのは蓮くんのおかげなの。昔から私暗くて、引っ込み思案だったでしょ?」
否定できなくて、僕は例えは悪いけれど被告人のように黙秘した。
「自分でも暗いな、って思っていたの。そんな自分を変えたかったの。だけど、自分ではどうすることもできなかったの。そんなとき蓮くんが保健室に担ぎ込まれて来て」
「ああ、確かドッチボールしててボールが顔に。確かそうだったね。それが初めての出会いだったっけ?」
「蓮くんは知らないと思うけど、私は蓮くんのことを一年の時から見ていたんだよ」
「そうだったの」
「うん。保健室の窓からいつも楽しそうに友達と遊んでいる蓮くんがうらやましいな、すごいなって思いながら」
「そうだったんだ。まったく気付かなかった」
「それでね。私いじわるい気持ちになっちゃって、私はみんなと遊ぶことできないのに、何であの子たちは楽しそうにしているの……。痛い目に遭えって心の中で思ってった」
「そ、そうだったんだ……へぇ……」
「引くでしょ……」
「そんなことないけど」
「で、そう思っていたら、本当に保健室に担ぎ込まれてくるんだもん。呪いって本当にあるのかな?」
「ないない……。きっと偶然、まぐれさ……。そんな非科学的なことあるわけないだろ。ハハハハ……」
そうは言ったけれど僕は内心、燈ちゃんに恨まれるようなことをしない決意を自分に科した。
「だけどそのときは本当に私が呪ったせいで、蓮くんが痛い目に遭ったんだって思って、謝ろうと思った。だけどなかなか言い出せなくて……」
「それであのとき、いきなり謝られたのか。今になってやっと伏線回収された気分」
「そうしていると蓮くんが話かけてくれて……。私の名前を呼んでくれた。それがすごく嬉しくて、誰も私のことなんて知らないと思っていたから。そのとき蓮くんと仲良くなりたいと思った」
素っ気なく見えたけれど、そんなことを思ってくれていたのか。
僕もだよ。
僕も君と仲良くなりたいと思ったんだ。
「だけど、人と話すことなんて殆どなくて、何を話していいのかわからなくなって、とにかく謝ろうと思ったけど、そんな酷いことを思う子だと思われたら仲良くなってくれるはずもないし……。そうこうしていたら、もう下校時間になっちゃったの。せっかくのチャンスを逃して、もう駄目だって……」
起動哀楽する燈ちゃんの横顔は何時間だって見ていられると思う。
「自分で現状を良くしようとか、運命を切り開く度胸も勇気も行動力も私にはなかった。自分から誰かに話しかけて仲良くなろうともしない、できない。私みたいな受け身で自分では何も行動を起こさない子は嫌われるって、わかっていたけれど、それでも動けないの。自分で運命を切り開く力がない弱い子……」
運命を切り開くことは本当に難しいのだと僕は思っている。
自分で運命を切り開ける人ばかりなら、この世から自殺はなくなると思うから。
「そんなとき、蓮くんはまた保健室に来てくれた。こんなうじうじ面倒くさい子に話しかけてくれた。外の世界に連れ出してくれた。私がどれだけ嬉しかったかわかる? 言葉では言い表せないほど、本当に嬉しかったんだよ。本当に本当に嬉しかった」
燈ちゃんは頬を桜色に染めて、僕の眼を真っすぐに見た。
燈ちゃんがこれほど僕の眼を真っすぐ見つめてくれたのは、今思えば初めてのことだった。
恥ずかしいとか、そんな感情は想起せずに僕は燈ちゃんの眼に吸い寄せられていた。
「助けを求めている人は、『助けて』って言えないものだから。偽善でも何でもいい、誰かが手を差し伸べてくれるだけで、一歩が踏み出せる力を与えられると思うの。私みたいな子がもし近くにいたら、蓮くんが私にしてくれたように手を引っ張って、光の下に連れ出してあげたい。少しの勇気を出すことができれば、私でも誰かを引っ張ることができるかもしれない」
「できる、誰だって少しの勇気で誰かを助けることが絶対にできるよ」
「これだけは言わせて欲しい、ずっと言いたかったこと、私の手を引っ張ってくれてありがとう。勇気をくれてありがとう」
僕も言わなければ。
君にずっと言いたかったことがあるんだ。
名鳥くんは当たって砕けたじゃないか(砕けたくはないけれど……)。
このまま言わなければ一生後悔するぞ。
呼吸が速くなる。
心臓がバクバク鳴って、僕を急かしている。
手が汗ばんで、額を汗が流れた。
逃げるな、逃げるな、逃げるな、逃げるな!
言え、言え、言え、言え、言え、言えええ!
「燈ちゃん! ずっと昔から、燈ちゃんのこと――」
そのとき、「ねえ、見て!」と燈ちゃんは明後日の方向を指さした。
なんていうタイミングなんだ……。
もう少し空気を読んでくれ……リスよ……。
リスがドングリを拾っていた。
「まだいたんだね」
「うん……いたんだね……」
「どうしたの、嬉しそうに聞こえないけど?」
「いや、そんなことないよ。嬉しいに決まってるじゃん」
「あのときのリスの子供なのかな?」
「そうかもしれないね」
「だとしたらすごいと思わない。系譜は昔から、そしてこれからも繋がっていく。当たり前のことだけど、とてもすごいと思わない」
燈ちゃんは昔リスを見たときと同じ顔をしていた。
顔は大人びても、笑顔はまだ子供っぽい。
きっと僕もまだまだ子供っぽい笑顔で笑うのだろうな。
「うん、上手く言えないけど、とっても凄いことだと思うよ」
結局不甲斐ない僕は、燈ちゃんに秘めたる想いを伝えることができぬまま、帰ることになった。
またいつでも伝えられる。
時間はこれからも沢山あるのだから。
そう思っていた僕は後悔することになる。
時間なんてなかったのだ。
あのとき、想いを伝えていれば、あんなことにはならなかったかもしれない、と。
僕たちがリスを見た日から半年後、燈ちゃんは自殺未遂で入院した――。
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