第14話 当たって砕けた

 僕は高校の寮に入るために家を出た。

 そして燈ちゃんは手術をするために入院した。

 正直言って、燈ちゃんの決意は僕の比ではない。


 どのような手術なのかは知らないけれど、心臓の手術なのだからメスを入れることは確実だ。

 考えるだけで寒気がする……。

 燈ちゃんのために僕ができることは何もない。


 ただ祈るだけだ。

 気休めでしかないけれど、僕は成功、健康祈願で有名な神社に行って、神様に拝んでお守りを買って来た。

 とても可愛いお守りで、デフォルメされた龍が刺繍されているやつだ。


 リアル寄りの龍と、デフォルメ龍があったけれど、迷った末僕はデフォルメ龍を買った。

 男の僕からしたらリアル寄りのカッコいい龍の方が良いけど、自分を女子に置き換えると、デフォルメの方が良い気がする。


 これなら、女の子に渡しても嫌がられない、と思う……。

 家を離れる前日、燈ちゃんに恐る恐るお守りを渡すと喜んでくれた。

 リアル龍を買っていなくてよかった、ホント……。

 

「これくらいしかできなくてごめんね」


「十分よ。わざわざ買ってきてくれてありがとう。これで絶対に成功すること間違いなし」


 燈ちゃんが一番不安なはずなのに、まるで僕を励ますように優しく言ってくれた。

 次に会うときは、手術が終わった後だ。

 

 家を出るのはもっと先のことだと思っていたけれど、案外早くやってきてしまった。

 友達や家族、燈ちゃんには滅多に会えなくなってしまうけれど、電話やメールでやり取りできるから、今のところホームシックにはなっていない。


 入ってすぐ気さくに話しかけて来てくれる、同じ陸上部の名鳥なとり俊介しゅんすけという友達ができたこともホームシックにならない要因だったと思う。


 運動神経がよく、気も利いて、イケメン、そして爽やか。

 中学時代から女子にモテたという。

 納得だ。


 大都会というわけではないけれど、自然と町並みが僕のいた町に似ていて、丁度良く調和している。

 陸上部が強いだけあってグラウンドは大きい。

 そして陸上の名門だけあって、練習は中学のころと比べ物にならないほどきつかった。


 だけど自分が自主的にやっていた練習を入れれば、ほぼつり合いが取れる計算なので何とかついて行くことはできた。

 練習と勉強に明け暮れていた。

 そして、数か月が過ぎ、無事手術が成功したという連絡が寄せられた。

 

 こんなに嬉しいことは生まれて初めてかってくらい嬉しかった。

 万に一つも失敗することはないと信じていたけれど、成功したと知らされたときはどれほど安堵したことか、例えようがないほどだ。

 この高揚した気分に乗じて――。


「告白しようと思う」


 と、思ったのは僕ではなく、名鳥くんだ。

 

「名鳥くん好きな人がいたんだ。てっきりもう誰かと付き合っているのだと思ったよ。中学の頃からモテてたって話聞いたから」


「だれかれ構わず付き合うような男じゃないぞ、俺は。中学のころから好きだった子がいるんだ……。だけどなかなか想いを伝えることができなくて……」


「ああ、わかるよ……」


「蓮も好きな子いるのか?」


「まあ……。だから名鳥くんのその決意尊敬するよ。頑張って。応援するから。で、いつ告白するの?」


「今日の放課後、校舎裏の桜の樹の下で待っているって書いて、上履き入れに手紙を入れてある」


「上履き入れに手紙を入れるって方法まだ健在なんだ」


 僕は時計を見た。


「放課後って……もうすぐじゃん」


「そうだ。だから俺は今すっごく緊張している」


「だろうね」


「昔から男に興味ないって感じの子だから。中学時代も何人もの男子に告白されていたらしいけど、みんな撃沈さ」


「だけど、名鳥くんなら断られないと思うけどね」


「本当か……? 俺のどこがいい? その根拠はどこから来る? 俺の良いところを挙げてみてくれよ」


「どこがって……。優しいよね」


「それ、他にとる所がない人に言う誉め言葉じゃん……」


 こんなめんどくさい男だったのか……。


「爽やか、カッコいい、運動神経がいい、勉強もそれなりにできる。えーっと……あとは……正義感が強い。だから大丈夫さ」


「そ、そうか……」


「ああ」


「ありがとう。その言葉でちょっと自信出てきた。そろそろ行ってくる」


「ああ、グットラック!」


「グットラックって、一緒に付いて来てくれよ。離れたところで見ててくれるだけでいいから。見られていると思うだけで、気が引き締まるもんだろ。頼むよ。待っている時間気がどうにかなってしまいそうなんだ」


 というわけで僕は桜の樹が立ち並ぶ校舎裏の物陰から、名鳥くんの勇姿を見守ることにした。

 のだが……そのを見守っているのは僕だけではなかった。

 

 物陰や建物の窓ガラス越し、二階から、大勢の人たちが見守っている。

 もうこんなに話が広まっているのか……。

 名鳥くんの人気がうかがい知れる。


 そして名鳥くんが言っていた時間丁度に、風に桜と長い髪をなびかせて、文学少女のような一人の女子生徒が姿をあらわした。

 遠目にみても綺麗な人だとわかるほどに美人だ。


 もしこの告白に成功すれば美男美女のカップルが誕生するのか。

 見守っている場の空気がざわついた。

 女子たちはジェラシーを、男子たちは羨みのオーラを噴出させている。

 こ、これは成功しても、とんでもないことになるのではないか……。

 

「咲村! 突然呼び出して悪い……」


 声は遠いがギリギリ聞こえる。

 見ているこっちがドキドキしてきた。

 映画やドラマでは何度も見たことあるような場面だけど、リアルで見るのはそういえば初めてだ。


「いえ」


「呼び出したのは……その……」


 異性にモテるのに、こういうシチュエーションには慣れていないんだな。


「呼び出したのは……つ、伝えたいことがあって……」


「はい」


「俺と付き合わないか……!」


 言った、言ったぞ!

 だが名鳥くんの一世一代の告白は予想外の展開になった。


「ごめんなさい」


 ええええええ……。

 そうか、そうだよな……。

 彼のような男でも、断られる場合もあるんだよな……。

 その場を盗み見していた人たちは負のオーラが瞬く間に消える。


「お気持ちは嬉しいのですが、今は誰とも付き合う気はありません。お気持ちだけありがたくいただきます」


「あ……そ、そうか……。うん……そうだよな……。ごめんな……突然おかしなこと言い出して……」


 名鳥くんの背中に落ち武者が憑依したかのように見えて、声に覇気がなくなった。

 

「名鳥くんだから断ったのではなく、今は誰とも付き合う気はないからです。ごめんなさい。これからも仲のいい友達として付き合ってくれますか?」


 こういうのに疎いからわからないけれど、告白して振られたあとも仲のいい友達として付き合えるものなのだろうか……?

 もしそうなら希望の持てる話だな、と僕は思う。


「ああ。今回のことは何もなかった。俺たちはこれからも仲のいい友達だ」


 爽やかに言ってはいるが、名鳥くんの背中は哀愁に満ち満ちている。

 強がっているんだろうな……。


「はい。私たちは仲のいい友達です」


 想像していたよりもあっさりと終わってしまった。

 学校一二を争うイケメンと名高い名鳥くんが、咲村さんという女子生徒に振られたというニュースは光の速さで学校中に知れ渡ることになり、翌日はその話題で持ち切りだった。

 女子たちは安心して、男子たちも喜んだ。


「ま、まあ……そんなこともあるさ……」


 大丈夫と言った手前、僕も決まり悪い。

 

「だから落ち込まないで……」


「ん? 別に落ち込んじゃいねえよ」


 予想以上に名鳥くんは爽やかだった。


「確かに断られたときは落ち込んだけどスッキリした。ずっと想いを伝えられずにうじうじして、結局伝えられないままだったらこれから先後悔していたと思うし。これで踏ん切りがついたよ」


 こういうねちねち女々しくないところが女子だけでなく、男子からも好かれる要因なのだろう。

 本当にしないで後悔するより、して後悔した方がいいのだろうな。

 燈ちゃんから諭されているのに、僕は変われない。


「これで陸上の練習だけに打ち込める」


 その日から名鳥くんは、何かに憑かれたみたいに青春を陸上に捧げることになる。

 口では強がっていても、やっぱり辛くないわけないんだよな。


 名鳥くんは振られてしまったけれど、咲村さんとは友達として以前と同じように交流をもてているのが救いか。

 友達の友達は友達という経緯で、僕も咲村さんとその友達の河井かわいさんたちと交流を持つようになったのだった――。

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