第二章 僕の少年期
第12話 分かれた道
通う道も場所もそれほど変わらないけれど、小学生と中学生ではやっぱり気持ちの持ちようとか、色々変わった。
何より変わったのは部活に入ったことだ。
別に強請ではないけれど、友達と先輩に誘われて入ることになった。
陸上競技部に。
運動神経が取りざたされるほど良い訳ではないけれど、小学生の頃からみんなとかけっこをすればそれなりに早かった。
運動会でも毎回三位には入れたし。
リレーのアンカーもしたことがある。
だから友達に誘われたのだろう。
断りきることができず、僕も部活というものに興味が少なからずあったから入ることにした。
その中で長距離部門を専門にやっている。
朝から晩まで練習漬けの日々。
うちの中学は全然強豪という訳ではないのだけど、それでもこんなに練習がきついのだから、強豪と呼ばれる学校の練習はどれほどきついのだろう……。
部活に入ってからはそれほど燈ちゃんと遊ぶことができなくなった。
部活のせいもあるのだが、中学に上がってから以前よりも体調を崩すことが多くなったのもある。
クラスも変わって、部活のため時間も合わず、だから週一二回話すのがやっとだった。
大抵本の話しや、勉強の話だけど燈ちゃんと話すのは楽しい。
話しをするために時間を作っていたけれど、県大会出場に向けてさらに練習が厳しくなり、週一話すのも難しくなってしまった……。
僕は辛く苦しいけれど練習を毎日頑張った。
そのためなのかわからないけれど、県大会でいいところまで行けた。
監督がいうには近年まれに見るいい選手がそろっており、頑張れば全国大会出場も夢ではないそうだ。
選手を乗せるのが上手い監督だ。
監督のその言葉で僕たちは更に練習に打ち込んだ。
土日も練習、夜も練習。
毎日十キロは走っていると思う。
全国を目指す人が毎日どれくらい走っているのかわからないけれど、僕からしたらこれでも頑張っている方だ。
だから燈ちゃんと顔を合わせる機会もめっきり減って、一週間に一度も顔を合わせないことすらあった。
そのかいもあって、そして仲間たちも毎日の練習を続けたおかげで、タイムはみるみるよくなっているから皮肉だ。
一年の頃はそうやって毎日部活に打ち込んだ。
そんな生活をしているから、燈ちゃんがまた入院していることを僕はずっと知らないでいた。
僕に知らされたのは、入院してから一週間以上も経ってからのことだ。
僕は練習を休み町の病院に急ぐ。
「燈ちゃん……! だ、大丈夫……。ごめん知らなかったんだ」
元気がちょっとないようだったけれど、殆ど様子が変わっていなくて僕は安心した。
久しぶりに見る燈ちゃんはちょっと大人びて見える。
「いいのよ。私が知らせないでっておばさんたちに言っていたの」
「な、何でそんなこと……」
「練習あるでしょ」
「練習なんて……!」
僕は大きくなりすぎた声を慌てて落とした。
以前と違い、相部屋には他の患者さんたちもいた。
「私のせいで練習できなくなっちゃったら、それの方が嫌なの……。全国大会出場が決まったって話聞いたよ。すごいじゃん」
「うん……」
練習の成果かわからないけれど、全国大会出場権を勝ち取っていた。
全国の猛者と戦えば木っ端みじんに打ち砕かれるだろうけれど、僕たちの中学がここまで行けたのは快挙だった。
市役所には垂れ幕がされているほどだ。
「私は大丈夫だから、気にしないで。体調もだいぶよくなったからもうすぐ退院できるの。だから気にしないで練習して。ね」
「けど……」
「私のためにも。お願い」
「わかった……。じゃあ調子が良ければ試合、観に来てくれるかな」
「うん。観に行く」
燈ちゃんの後押しもあって、僕たちは全国大会出場に向け練習を続けた。
いいところを見せるために、僕は今まで以上に練習に打ち込んだ。
今までも練習は頑張っていたけれど、もうアスリート並みに僕は頑張った。
そうして大会当日を迎えた。
練習を頑張った。
ベストの状態にキープしている。
大きな競技場で沢山の観客が観に来ていた。
僕の両親も仕事を休んでくれて、観に来てくれた。
僕は試合前、観客席を探していたのだけど、燈ちゃんの姿は結局見つからなかった。
でも観客の中に燈ちゃんも来てくれているのだ。
そう思うと緊張がほぐれる。
競技開始時間が近づき、選手たちは滑走路につく。
場内の熱気が最高潮に達し、戦いの火ぶたが切られた。
バン!
一斉に選手たちはスタートする。
五千メートル走。
始めは周りの選手たちに合わせてレースの様子を見る。
早い人は一足先に進んでいるけれど、僕はいつも後半から仕掛けるタイプだった。
後半まで体力を温存して、最後にスプリントをかける。
走っていると自分の体がただ走るためだけの機械のように思えてくる。
体の感覚が無くなって、何か見えない力に引っ張られている感じ。
自転車のペダルは回り始めれば勝手に動いてくれるように、無感覚の足が前に進む。
レースもいよいよラスト二周を残すだけとなる。
観客席からの歓声が最高潮に達した。
今だ。
僕は温存していた力を振り絞って塊から飛び出した。
一気に数人を抜き去り、あと七人抜けば一位になる。
目の前に一位が見えている。
最後の一周を知らせる鐘の音が鳴り響く。
最後の力を振り絞っているけれど、それは僕だけではないのだ。
他の選手たちも僕と同じように体力を温存していたのは当然。
追い抜くどころかこのままでは追い抜かされる……。
もうこれ以上体力が残っていない。
今でも限界を超えているのだ。
もう何も考えることができなかった。
周りの景色が溶けて真っ白になり、自分が走る道が一本の糸で繋がれているような不思議な感覚に陥った。
自分の呼吸の音や心臓の鼓動がゆっくり聴こえて、観客一人一人の歓声の言葉を聞き分けることができる。
観客が他の選手の応援をしている。
その時だった。
聞こえるはずのない声が耳元で聞こえた気がした。
「蓮くん! あとちょっとお! 頑張れえええ!」
燈ちゃんの声だ。
普通に考えて遠く離れた客席の観客の声や、顔なんて識別できるはずがないのに、僕にはできた。
観客席で大声を張り上げている燈ちゃんを僕は見つけた。
こんなに大勢の人がひしめき合っているのに、燈ちゃんの姿だけが浮かび上がっていて、真っすぐに目に入ったのだ。
そんな超常現象があるのだろうか、いや実際に僕は今体験している。
とおの昔に体力は底を尽きていたはずなのに、力がどこからともなく湧いてきた。
僕の力の泉は枯れてはいなかった!
「蓮くんッ! 行けええええええッ!」
大声を出すのも辛いはずなのに……。
僕のために。
湧きあがる力のすべてを出し尽くして、気が付いたときには試合が終わっていた。
今まで燈ちゃんの声しか聞こえていなかった僕の耳に、大勢の観客の歓声がいっせいに飛び込んで来た。
タイムは自己ベストを大きく更新していた。
順位は五位。
全国大会初出場で五位だ。
これが今の僕の実力。
やったよ。
やったよみんな、やったよ燈ちゃん!
三位までには入れなかったけれど、それでも全国で五位だ。
初出場で五位に入った。
仲間たちが僕に駆け寄り、「よく頑張った!」「すごいぞ!」ともみくちゃにされながら褒められた。
それからすぐに記者を名乗る人たちが僕の元にやって来て、色々な質問をされた。
普通なら僕みたいな人は注目されないのだろうけれど、初出場だということで注目を集めたらしい。
「最後、急に伸びたね。体力を温存していたの?」
そう質問されたので僕は答えた。
「応援が僕に力をくれたんです」
僕は観客席にいる燈ちゃんに手を振った――。
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