第7話 名は体を表さない
「あかりちゃんのお父さんと知り合いだったの?」
あかりちゃんを家に送り届けた帰り道、ぼくはお母さんに訊ねてみることにした。
「そうだよ」
「どんな関係? いつ知り合ったの?」
「どうしてそんなこと気になるの? 一応言っておくけど、私はお父さん一筋だからね」
「そういうことを訊いているんじゃないよ……」
「ははは、そうよね。『どんな関係』って別に普通の友達だけど。陽花里、ああ燈ちゃんのお母さんね。と、私、昔からとっても仲良くてね、それで陽花里が彼と付き合うことになって、間接的に仲良くなったっていう感じかな。ここ何年も疎遠になっちゃっていたけど」
「何で疎遠になっちゃったの?」
「一言では説明できないけど、色々あるのよ。強いて言うなら陽花里が亡くなってから、吉良くんが周りと距離を置くようになっちゃったからかな」
「あかりちゃんのお母さん……死んじゃったの……」
「うん、生まれつき体が弱くて、燈ちゃんを産むときに……ね。それから、吉良くん塞ぎこんじゃって。町の人たちとも距離を置くようになってしまったのね。昔から不器用でよく誤解されちゃう人だったけど。不器用なだけで、あととっても面倒くさい人だったんだけど、根は良い人なんだけどね~」
褒めているのか、けなしているのかわからない。
「そんなことがあって、関係が次第に薄れちゃって。吉良くん一人で大変だっただろに、私たち忙しさを言い訳にして何もサポートしてあげられなくて、本当に悪かったと思っている……。あなたがあかりちゃんの名前を言うまで、忘れていたくらいだもの……」
あかりちゃんのお父さんを見て、確かに怖いと思ってしまった自分がいる。
だけど、ぼくに笑顔を向けてくれたときわかった。
いい人だって。
「そうだったんだ……」
リビングの小さな仏壇に飾られていた写真はあかりちゃんのお母さんの写真だったのか……。
「これからもあかりちゃんを家に連れてきていい?」
「ええ、毎日でも連れて来なさいよ」
とお母さんは微笑んだ。
熱波が垂れ込む季節も終わり、町中の並木や山が橙色と赤色に染まり始める季節がやって来て、紅葉が散ると白い雪が降る。
季節は廻り、色々な思い出を作りながら短いようで長い、長いようで短い時間を共に過ごし、僕は小学校四年生になった。
二年前のあの日から、僕は積極的に燈ちゃんを家に招くようになった。
お母さんからも連れてこいと言われていたし、燈ちゃんのお父さんも了承の上だ。
燈ちゃんのお父さんが仕事から帰ってくる間、一人で待っているよりもいいに決まっている。
四年生になって色々なことを知った。
あかりちゃんの名前は燈の字であかりと読むらしいことも知った。
とっても珍しい名前だと思う。
かわいくて温かい名前だなと僕は思うけれど、燈ちゃんはどうやら自分の名前が気に入っていないようだった。
以前自分の名前の意味を調べるという宿題が出されたことがあるのだけど、そのとき燈ちゃんが言っていた。
「名前に火を入れるのは良くないんだって」
「どうしてなの?」
「古事記」
「古事記って日本の神話の?」
燈ちゃんはコクリとうなずいて、唐突に続ける。
「この日本はイザナギとイザナミっていう、二柱の神様が生み出したっていわれているの。イザナギとイザナミは沢山の神様を産んだんだけど、最後に生まれた、カグツチっていう火の神様を産んだとき、イザナミは火傷をしてしまうの。その火傷が原因でイザナミは命を落としてしまうんだって」
そう語る燈ちゃんの顔は無表情だけれど、悲しみに暮れているように見えた。
「イザナギはとても悲しんだ。そして悲しみは妻イザナミを殺したカグツチに向けられ、イザナギはカグツチを殺してしまうの。蓮くんはこの話どう思う?」
「どう思うって言われても……。ん~……酷い話だね……」
「自分の妻を殺されたんだよ」
「だからってそのカナズチ?」
「カグツチ」
「そうそのカグツチだってわざとやったんじゃないじゃないか。なのに殺しちゃうなんて……酷過ぎるよ。だけどその話と、燈ちゃんの名前にどんな関係があるのさ?」
「カグツチは火の神様なの。火の神様を産んでイザナミは死んじゃうんだよ……。私の……お母さんも……私を産むときに亡くなったんだよ……」
その話は知っているけれど、踏み込んではいけないと思って直接訊いたことはなかった。
燈ちゃんの口から、その話を聞くのは初めてだ。
「お父さんは私に火の付いた名前を付けたんだよ……。それがどういう意味かわかる……?」
どういう意味?
どういう意味なんだろう……。
燈ちゃんは色々なことを知っていて、僕が考えもしないことを思いつく。
ということは僕では気付かなくて、気にもしない些細なことも気になってしまうということ。
とても繊細な子。
僕は頭だけではなく体も捻って考えたけれど、とうとうわからなかった。
「つまり、自分の名前に火が付いているのが、気に入らないんだよね。そんなに気にすることないよ。僕もお母さんとお父さんに名前の由来を聞いたけど、別に深い意味はなかったって言っているよ。ただ響きがいいからって」
そんな軽い気持ちで子供の名前を決めるのもどうかと思うけど……。
「意外とそんなものだよ。
元気づけるつもりで言ったのだけど、燈ちゃんには余り効果がなかった。
「そうよね……」
どうして燈ちゃんが、悲しそうな顔をしていたのかもわからなかった。
昔からそうだったけれど、いつも燈ちゃんには影がある。
楽しいときほど、その影は顕著に表れる気がする。
修学旅行でテーマパークとか、観光名所に行ったときとか、友達と笑い合っているときとか、僕と遊んでいるときとか、楽しそうなのに悲しそうにも見えることがあった。
根本的な原因を解決しないことには駄目なんだ。
僕がどれだけ言葉で元気づけたって意味がない。
根本的な原因なのかはわからないけれど、燈ちゃんは自分の名前のことで悩んでいる。
なら、お父さんに直接訊けばいいのに……。
それは他人である僕だから言えることで、燈ちゃんの立場に立ってみればとても難しことなのだと思う。
何度も会って、本当は良い人だって知っているけど、燈ちゃんのお父さんは近寄りがたいというか、ちょっと怖いというか、悪い人ではないのだけど気軽に話しかけられる人ではない。
僕が名前の意味をお父さんから訊いてあげるよ、と言えれば良かったのだけど僕にはその勇気がなかった。
結局何の解決にもならないまま、燈ちゃんは当たり障りのない名前の由来を自分で考えて提出した――。
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