第一章 ぼくの幼年期
第1話 高台の燈り
夕日が水面に顔を沈めて行くときの橙色が好きだ。
とても深くて、純粋な橙色。
世界を染め上げる色。
悲しい気持ちになるのだけど、悲しい歌や物語を聴いたり読んだりしたくなるときがあるように、ぼくは砂浜に体育座りして一人でよく眺めていた。
お父さんには「そんなに若い内から感傷にふけるな」と言われるけれど、若くても感傷にふけりたいときがあるんだ。
地平線には、今日二回目の漁から返って来る船が小さく見えていた。
都心から離れた海に面した小さな町に古くならある、小さな食堂の長男として、ぼく
ぼくは自分の名前がそれほど好きではなかった。
何でって……蓮って女の子みたいな名前だから。
それに名字は愛染だから、余計に勘違いされる。
食堂の名前は何のもじりもなく『愛染堂』という名前。
以前までぼくのおじいちゃんが店を切り盛りしていたそうだけど、ぼくが生まれる前に亡くなってしまって、ぼくの両親が引き継ぐことになったらしい。
おじいちゃんは自分が死んだら店をたたんでくれ、と言っていたらしいけれど常連さんの応援と、お母さんとお父さんの決意もあり閉店の危機を免れた。
他の食堂がどうかはわからないけれど、うちの食堂は朝の方が賑わっていた。
早朝の漁から帰って来た漁師さんたちが、朝一番に押しかけてくるからだ。
海が近いこともあって、魚料理が多かったけれど、ちゃんと肉料理もある。
家が食堂で良かったことを一つ挙げるなら、普段から食べられる料理がとても美味しいことだ。
そして家が食堂で悪かったことを挙げるなら、旅行が殆どできないことだ。
食堂はほぼ年中無休で、それなりに地元のお客さんやたまに現れる観光客が立ち寄ってくれていたから休むことができなかった。
ほぼ、と言うのは病気とかそういう予期せぬ災難に遭ったときには休むから、ほぼだ。
まあ、そのおかげでぼくら家族が生きていけるわけだから、文句なんていえないのだけど。
だから、ぼくは殆どこの町を出たことがなかった。
ごくたまに車でちょっと遠くのショッピングセンターや、となり町に遊びに行くくらい。
なんか話が暗くなっちゃったけど、ぼくはこの町が嫌いではない。
正直に言って好きだ。
海は綺麗だし、ドラマや映画で見る大都会みたいにごちゃごちゃしていないし、みんな変な競争意識とかなくて、まったりしているから。
当然のことながら、小学生になったぼくは高台にある小学校に通うことになった。
毎日けっこうな斜面を重いランドセルを背負って上がるのは億劫だった。
夏は暑いし、冬は滑る。
どうして高台に造るかな、とみんな愚痴を言っているけど、津波とかそういうことを考えて大人たちも高台に造っているんだよね。
中学も小学校のすぐ近くにあって、地元の子供たちは大抵そこにエスカレーター式で流れる。
高校はこの町にないので、少し離れた町まで通うようになるらしいけどぼくにはまだ縁遠い話だ。
入学式が終わって浮足立っていた気分も収まり、クラスメイトの名前もほぼ覚えた。
まあ、幼稚園来の知り合いが殆どだから新しく覚える必要はなかったのだけど。
一年生は二クラスあって、一クラス二十四人いる。
二クラス合わせて、四十八人だ。
多いか少ないかはわからないけど、子供の数が減っているっていう話を聞くから、平均で見たら少ないのかもしれない。
だけど、ぼくからしたら十分多い。
一年生の勉強は一年生のぼくからしても簡単だった。
決してぼくが頭がいいからではなくて、すでに教えられていたから。
お母さんがひらがなとカタカナ、後簡単な漢字を幼稚園の頃から教えてくれていたし、算数の足し算と引き算も二桁、時間をかければ三桁の計算も暗算でできるくらいさ。
だから、一年生の頃は宿題そっちのけで放課後は友達と遊びほうけていた。
同じ一年生のクラスでもクラス分けされていたら、他クラスの子供とは接点がそれほどなくて、遊ぶのは毎回同じクラスの子供たちだった。
自然しかないこの町だけど小学校に上がったとたん、色々な楽しいことが増えた気がする。
自転車に乗れるようになると、冒険ごっこなる遊びや、色々な○○ごっこで遊んだり、海に行って泳いだり、波止場で釣りをしたり、海とは反対側にある山に入って虫を取ったり、ゲームで通信プレイしたり、ただ友達といるだけで一日があっという間に終わった。
どこにいても気の合う友達がいえれば、それなりに楽しく人間は暮らせるのだと一年生の頃に悟った。
そんなふうに、一年はあっという間に終わって、気が付けば二年生になっていた。
三月にクラス替えがされて、別クラスだった子と同じクラスになった。
子供の適応力は高いって言うけど、ごく自然に他クラスだった子とも打ち解けることができた。
クラス替えするまでは気が付かなかったけれど、替わった席に空席が一つあることを知ったのは、二年生になってからだった。
そのころは別に空席があっても気にすることはなかったのだけど。
そんなある日、体育の授業ですることになったドッチボールが、ぼくの運命を変えることになった。
次々に仲間が打ち取られて、数人がかりでぼく一人が狙われた。
前から、後ろから、横から、色々な方向から集中攻撃された。
速くてボールを取ることもできない。
だけどぼくは足が速い方で、逃げることは得意だったからボールはなかなか当たらない。
逃げながらチャンスをうかがっていると、前方の男子が投げたボールは真っすぐぼくの方に飛んで来たので、ぼくは逃げるのを堪えて受け止めることを決めた。
そのときだった。
風のいたずらか、それとも変化球を投げることができる男子だったのか、ボールは綺麗に上昇して、掴もうとしたぼくの両手をすっぽりすり抜け、顔面を直撃した。
顔面はセーフルールだったので、ぼくは(しめた)と思い、すかさずボールを投げ返そうとしたけれど、何故か体が思うように動かなかった。
目の前が真っ黒なのか、真っ白なのかわからなくなって……。
ぼくは気を失っていたことに気が付き、目覚めるとそこは保健室の白いベッドの上だった。
開けられた窓から爽やかな風が入り、白いレースカーテンがたなびいていた。
小学二年生のとき、ぼくは出会った。
白いレースカーテンを背にして、肩までの髪を風に流しながら、あどけない顔でぼくを心配そうに見ている少女、
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