第10話 約束
夕食の後は部屋から見えていた海岸沿いを少し散歩をしようと維花に誘われて、ホテルから遊歩道に降り手を繋いで歩いた。日は沈んだばかりでまだ少し明るさがあり、まばらにある街灯が歩道を照らしている。
曖昧な時間のせいか人影もまばらで、潮風を受けながら手の温もりで互いを感じつつゆったり歩く。
「立夏ちゃん。一年前、わたしが子供はいらないかって聞いたこと覚えている?」
一年前、維花と初めて体を繋いだ夜に、確かにそんな話をしたことを立夏は思い出す。
「はい」
「あの質問ね、結構本気で聞いてたんだ。あれで立夏ちゃんが子供が欲しいって言ったら手は出さないつもりだった。いずれ自分が捨てられる未来しかないから、踏み込んで傷を負うのが怖かったんだ」
そこまで思っての言葉だとは立夏は捉えていなかった。
自分たちの関係性上にそういう壁があるかもしれないという思いはあったが、まだ立夏はそこまで思い詰めたものもなく、あまり深く考えずに返事をした。
「すごく臆病だよね、わたし。恐がりなわたしのためにいつも頑張ってくれたのは立夏ちゃんだった」
「それは私が維花さんと一緒にいたかったからですよ」
「ありがとう。だからこれだけは、これだけはわたしから言おうと思って」
そこで区切って維花は歩みを止める。つられて手を繋いでいた立夏も立ち止まり維花に視線を移す。
「国仲立夏さん、わたしと生涯を共にしてください。楽に生きて行ける関係じゃないことはわかっているけど、わたしにできる精一杯であなたを守るつもりです。わたしは弱いところがいっぱいあるけど、二人でなら逃げなくていいんだってことも学んだから、これからもずっと一緒にいてください」
それは違えようのないプロポーズの言葉だった。
女同士で一緒に暮らしていればそれ以上の関係性はないと立夏は思っていたが、それでもはっきり意思を伝えたいという維花の思いに思わず胸に飛び込んだ。
「大好き。維花さん。私もあなたとずっといたいです。あなたの隣しかいたくないです」
「ほんとに? ほんとに後悔しない?」
「言い出したの維花さんですよ」
いつもの調子に戻った維花に立夏は笑みを見せる。
「だって、すごく緊張したし、断られたら死ぬかもしれないってどきどきしてたし」
今日は飲まないと言った維花を、夜のためにということかと勝手に解釈していたが、恐らく維花は素面でプロポーズするために飲まなかったのだろうと今更ながらに納得する。
「死なせません。私の大切な人なので」
維花も頷いて、立夏に顔を寄せてくる。唇を乗せるだけの優しいキスは、誓いの証であるかのようだった。
そして、その夜宣言通り維花は立夏を朝まで寝かせてくれなかった。
「立夏ちゃん大好き」
立夏を背後から抱き締めて耳元で囁かれるそれは、今日何度目か最早わからないものだった。
「維花さんとこういう関係になって、まだ一年って何か信じられないくらいですね。もうずっと一緒にいるみたいに感じます」
「初エッチの後、なかなか立夏ちゃんに触れられなくて淋しかったのを覚えてる」
「維花さん全然平気そうだったのに」
「そんなことないよ。立夏ちゃんいっぱいいっぱいだったから言い出せるわけないでしょ」
「今なら我慢しませんよね?」
「その方がお互いにいいってもう分かってるから。こうやって立夏ちゃんをぎゅーってしてるの好きだし」
「ぎゅーだけで済まないことの方が多いですよ」
「それは立夏ちゃんをそれだけ深く愛してるから」
維花の腕の中で立夏は強引に体を反転させ、そのまま維花の首筋に腕を回して距離を縮めると、維花の唇を奪う。
「私も世界で一番維花さんが好きです。ずっと一緒にいたいです」
「一緒にいよう。もう立夏ちゃんに捨てられてもくっついていくしかないって覚悟したから」
「捨てませんよ。そんなことしたら維花さん淋しくて死んじゃうと思うので」
「じゃあ最期まで面倒見て?」
甘い睦言に頷くと再び維花に唇を奪われ、そのまま舌を絡ませあって互いを探り合う。
この時間が永遠に続けばいい。
そんなことを思いながら立夏は維花の腕の中で朝を迎えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます