第7話 トラブル発生
無事リリースができたことにプロジェクト全体の緊張が解けたのも束の間、翌週末に想定していなかったトラブルが発生していた。
企業向けのシステムの場合、システムをほとんど使っていない土日に時間が掛かる処理を動かすことが多く、今回のシステムでも週次の集計処理が組み込まれていた。
その処理が予定通りの時間内に終わらないまま週明けを迎え、月曜日の朝出勤した多くのユーザがシステムを使いはじめたことで更に負荷が高まり、システムが応答しない状態になったのだ。結局システムを起動し直すことで暫定的に凌いだが、原因追及は必須だった。
維花は大丈夫だろうかと気にはなったものの、立夏は自分の作業を優先させる必要があり、原因調査を主導しているメンバーの指示に従って手を動かして行く。
遅くまで粘ったものの月曜日中に原因究明には至らず、翌日も原因調査は怪しいと思われるものを総当たりで続く。
その裏で顧客の上層部への現状報告や詫び入れという言葉がプロジェクトの中心メンバー同士の会話から漏れ聞こえ、維花の顔を盗み見るが無に近い表情で追い詰められていることを立夏に知らせる。
それでも何かをしたくて、立夏は缶コーヒーとチョコレートを仕入れて、維花のデスクに向かった。
「叶野さん、差し入れです」
「くにちゃん、有り難う」
キーボードを止めて、振り返った維花からはほんの少し香水の匂いが漂う。仕事の時しか維花がその香水をつけることはない。
公私の境がなくなりそうだからと、つきあい始めてから立夏はその範囲に踏み込むことを極力避けていた。だが今はその自分の中での決め事を破ってでも踏み込むしかない状況だった。
「まだ原因わからなさそうです」
「みたいね。まあこれだけ大きなシステムだから一つや二つこんな問題は起こるよ。みんなが頑張ってくれたのはわかってるし、誰が悪いって問題じゃないから」
「責任追及とかされるんですか?」
「今はまだそこまでにはなってないから心配しないで。今週中に何とか目処をつければ、大事にはならないと思ってるよ」
「原因追及頑張ります」
「まだ先は長いんだから、くにちゃんも頑張りすぎないようにね」
いつものように維花は仕事モードの笑顔を見せる。去り際、芯は笑っていない人の両肩に立夏は手を載せ、ぎゅっと肩を握りしめた。
「無理しないでください」
そう小声で呟くと立夏は自席に戻った。
その日の内に今回のトラブル原因に目星はつき、立夏たち作業メンバーは検証環境での再現に移っていた。
結局、立夏は終電に近い時間に帰り、維花もまたその少し後の終電で帰宅をするが互いに疲れ果てて、抱き合って眠るだけで精一杯だった。
プログラムの改修と再テストが完了したのは次の週末を迎えるぎりぎりの金曜日のことで、定時後にプログラムのリリースをして、土曜、日曜とメンバーを振り分けての監視体制を取ることが決まった。
立夏は日曜日だけの出勤で済んだが、維花はPMとしてどちらの日も休めず毎日出勤だった。
何かあったら謝りに行く必要があるからと休日出勤にも関わらず維花はスーツ姿で、維花にのし掛かる重圧とあまりにも無力な自分を再確認していた。
ただ、家で維花の帰りを迎える。傍で働いていてもそれしかできていない。維花を慰めようにも、自分も精一杯な上に下手に触れれば維花のバランスを崩してしまうのが怖かった。
翌週の月曜日をトラブルなく無事に迎えたことで事態は一気に終息に向かい、プロジェクト内の緊迫感もようやく解けていく。
その翌日には顧客への最終報告をすると立夏も聞いていて、昼前にプロジェクトの中心メンバーが一斉に戻ってくる。これで終わったとという安堵の声が上がる中で、祈るような気持ちで維花の顔を盗み見る。
駄目そうであれば無理矢理でも外に連れ出そう。立夏はそう決めていたが、維花の表情には疲れの色はあるものの緊張を解いていることがわかり、息を吐き出した。
最悪の事態は避けられたと見てよいだろうと。
よかった。
ここ数日家に帰っても二人の間にはほとんど会話はなかった。会話をする時間がなかったこともあるが、維花の緊張をどう解せばよいかもわからなく、ただ傍にいることしか立夏にはできなかったのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます